ポン・ジュノ監督の助監督も務めた『さがす』(22)、ドラマシリーズ「ガンニバル」の片山慎三監督の最新作となる『雨の中の慾情』(11月29日公開)。「ねじ式」、「無能の人」で知られる漫画家、つげ義春のシュルレアリスム作品を原作とする本作は、とある町で出会った2人の男と1人の女のめくるめく運命を描いた幻想的なラブストーリーだ。売れない漫画家の義男(成田凌)は、大家の尾弥次(竹中直人)から知り合いの引っ越しの手伝いを頼まれ、小説家志望の伊守(森田剛)と共に手伝いに向かう。そこで出会った美しい未亡人、福子(中村映里子)に心奪われるが、それからほどなくして恋人同士となった伊守と福子が義男の家に滞在することになる。
【写真を見る】大雨の中ずぶ濡れになりながら一糸まとわぬ姿に…体当たりの演技で、片山監督の世界観を体現した成田凌
昭和初期を感じさせるレトロな街並みを舞台に、ヒューマンドラマ、サスペンス、アクション、ロマンスと縦横無尽にジャンルを跨いで展開していく本作で、福子を一途に想い続ける義男に扮した成田。本稿では、作品の世界観に応えるように演技の幅を広げていく俳優、成田凌の歩みを振り返っていく。
■ヒロインを翻弄するイマドキ男子や女性に振り回されるダメ男など、等身大の若者を妙演!
2014年のフジテレビオリジナルドラマ「FLASHBACK」で俳優デビューした成田は、映画、ドラマ、ミュージックビデオとコンスタントに出演作を積み重ねてきた。そして『ビブリア古書堂の事件手帖』(18)、『スマホを落としただけなのに』(18)による第42回日本アカデミー賞新人賞受賞を経て迎えたのが、2019年の公開ラッシュだ。
『チワワちゃん』、『翔んで埼玉』、『愛がなんだ』、『さよならくちびる』、『天気の子』、『人間失格 太宰治と3人の女たち』、『カツベン!』と、まさに“成田凌祭”ともいうべき7本もの出演作がこの年に相次ぎ公開されたが、なかでも今泉力哉監督作『愛がなんだ』は、成田の演技力の高さを強く印象付けた作品だといえるだろう。この作品は角田光代の同名恋愛小説を映画化したもので、28歳のOL、テルコ(岸井ゆきの)が仕事や友人関係を失いながらもひと目惚れした相手に執着し続ける姿を追う。成田が扮したのはテルコを翻弄するマモル役で、体の関係を持ちながらもその先には進もうとしない不誠実なイマドキ男子を等身大に演じた。
そして門脇麦、寛一郎、玉城ティナ、吉田志織、村上虹郎と共演した『チワワちゃん』では、東京湾でバラバラ殺人事件の被害者として発見された人気モデルのチワワちゃん(吉田)の元彼として登場。「ヘルタースケルター」、「リバーズ・エッジ」の岡崎京子による同名コミックを原作とするこの作品は、マスコット的存在であったチワワちゃんの死を偲ぶため、久しぶりに仲間たちが集まるというストーリー。しかし、パリピだった彼らはチワワちゃんの本名すら知らなかったことが発覚する…という、現代社会の希薄な人間関係について考えさせられる一作となっている。仲間たちと青春を謳歌しながらも、なにを考えているのかわからないヨシダを成田は見事に体現した。
同じく門脇との共演作『さよならくちびる』は、インディーズの音楽シーンで活躍する人気ギター・デュオ「ハルレオ」が、最後に解散することが決まっている波乱含みの全国ツアーを巡っていく様子を映した音楽ロードムービー。門脇と小松菜奈がダブル主演でハル(門脇)とレオ(小松)に扮し、秦基博とあいみょんが提供した主題歌&挿入歌を歌って実際にCDデビューを果たしたことでも話題となった作品だ。成田が演じたのは「ハルレオ」のローディ兼マネージャーのシマ。ハルとレオに振り回されながらも、音楽への情熱を持ち続けるダメ男を好演した。
■独特な役柄でも、勉強や特訓によって見事に自分のものにする成田
ファッションモデルとして芸能活動をスタートさせた成田は、これまで現代の若者を象徴するかのような役柄を数多く演じているが、大正~昭和を舞台とする周防正行監督作『カツベン!』はまた違った成田の魅力を味わえる作品だ。物語は幼い俊太郎が活動写真小屋に忍び込んで無声映画を盗み観るエピソードから幕開けする。そして窃盗集団の一味から逃げ延び、活動弁士=カツベンになる夢を叶えようとする俊太郎(成田)が、恋にトラブルにと大奮闘する姿が描かれていく。
俊太郎とヒロインの配役にあたってはオーディションが行われ、それぞれ100名を超えるライバルがいるなか成田と黒島結菜が抜擢されたが、 彼はこのオーディションのために、現役の活動弁士である坂本頼光の映像などを観て勉強し臨んだという。そして無声映画の登場人物にセリフを与え、物語の解説をするカツベン役を演じるにあたり、半年間の猛特訓の末にその独特の口上もマスター。コミカルな演技も披露し、この作品をサイレント全盛時代を彷彿とさせるドバタコメディへと昇華させた成田は、毎日映画コンクールで主演男優賞を受賞している。
■どこまでも一途な浮気調査員から、数学ひと筋の恋愛下手な予備校講師まで…変幻自在な演技で観客の心をわしづかみに
また、彼の役者としての新たな一面を見せたという意味では、『窮鼠はチーズの夢を見る』(20)にも心揺さぶられた。行定勲監督が水城せとなの同名コミックおよび「俎上の鯉は二度跳ねる」を基に実写化したこの作品は、生涯忘れられない相手となった男性同士の恋愛模様をつづった狂おしい恋物語。学生時代から受け身の恋愛を繰り返してきた主人公の大伴恭一(大倉忠義)は、7年ぶりに再会した大学時代の後輩である今ヶ瀬渉(成田)から突然愛を告白され、運命の歯車が動きだす。初めて出会ってから8年もの間、恭一のことを想い続けてきた渉の一途な愛を、成田は恭一を見つめるつぶらな瞳の力強さで表現。嫉妬や葛藤しながらも、どうしようもなく恭一に惹かれていることが伝わるそのせつない演技にキュンキュンさせられた。
一方で、清原果耶とダブル主演を務めた『まともじゃないのは君も一緒』(21)の、人付き合いが苦手でコミュニケーションがうまくとれない予備校講師の大野役はある意味衝撃的だった。数学ひと筋の人生で“普通の結婚”を夢見る大野と、そんな大野に普通の恋愛を教えようとする女子高生の香住(清原)。成田はこの作品でイケメンなのにかなり残念な大野を見事に形成しつつ、後半になるに従いカッコよく見えてくるという離れ業のキャラクター造形を披露。また、予想外のキャラクターという点では、松井大悟監督が自身で手掛けた舞台を映画化した『くれなずめ』(21)も同様で、大切な仲間と過ごすくだらなくも最高に幸せな時間の愛おしさを教えてくれる監督の実体験を基にしたこの作品において、成田は大きな秘密を抱える優柔不断だが心優しい主人公の吉尾に温もりを与えている。
■『雨の中の慾情』では、まるで別人かのような様々な表情で観る者を魅了する
最新作『雨の中の慾情』で成田は、ある時は感情を見せない淡々とした口調で不穏な空気を創り出し、またある時は駆け引きのできない実直な“恋する青年”の顔をのぞかせて…と、目まぐるしく移り変わる世界観の中で生きる主人公の義男を体現。衝撃的な冒頭シーンから、漫画家としての本能が触発されたある種の幻想的なシーン、そして暑い夜の濃厚なラブシーンまで幅広く対応可能な役者としての抽斗(ひきだし)の多さには驚くばかりで、スクリーンから目が離せない。
出演にあたり、成田は「片山監督の作品は生半可な気持ちで参加できない」と言いつつ、「俳優として挑戦すべき作品だった」と語っている。劇中、「相変わらずいい顔するよな、義男くんは」という、義男の複雑な気持ちが漏れ出た顔を揶揄するセリフがあるが、言葉でなく表情を使ったコミュニケーションで観客に感情移入させる彼の演技は秀逸だ。
男女3人の欲望と思惑が複雑に絡み合い、関係性が刻々と変容していく本作において、片山監督が紡ぐ独創的な世界に呼応しつつ、義男の心象風景を見事に描きだした成田。物語が展開していくにつれ自らもまた演技を拡張させていく、その無尽蔵な役者としてのふり幅を劇場で堪能してほしい。
文/足立美由紀
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