11月15日(金) 19:35
今年の話題作が、満を持して刊行された。主人公は会社員で、21歳の望月美琴(もちづきみこと)。おっとりとした性格の彼女だが、昼時になると様子が一変。育ち盛りの男子が使いそうなサイズの自炊弁当を取り出し、びっしり詰まった白飯と、濃厚な味付けの鶏の照焼にマヨネーズをたっぷりかけたものを、ひたすらにかっくらう。その総カロリー、実に1775kcal。
......と、書いているだけでこちらが胸やけを起こしそうな量と味付けだが、もちづきさんはあっという間に平らげる。その後、飛びそうになった意識をなんとか引き止めた彼女は、心配する同僚たちに笑顔で答えながら、内心でこうつぶやく。「あぶないあぶない血糖値上がりすぎて"至ってしまう"ところだった...」と。つまりもちづきさんにとって、ドカ食いは快楽の手段であり、結果としてたどりつく酩酊の境地なのだ。
作品のジャンルは「食(グルメ)」で「ギャグ」のはずだが、読後の体感はむしろ「ホラー」に近い。本作は隔月刊誌の『ヤングアニマルZERO』で掲載されたのち、web上での無料公開がきっかけとなって、SNS上で爆発的な反響を呼んだ。これまでのグルメマンガとは異なる切り口に、ギャグでは済ましきれない食欲の狂気、そして可愛い絵柄という三つ巴のギャップが、抗いがたい魅力となって読み手を包みこむ。
ちなみにもちづきさんは、自分の食べっぷりが身体に悪いことを自覚している。だから時に量を調整するし、健康的な食材で自炊もする。周りの目も、体重も、その年頃の人間としてちゃんと気にしては取り繕おうともする。それでも彼女の食欲は、そんな努力や気遣いをものともしない。
たとえば健康診断の前夜。残業で夕飯を摂り損ねた彼女は、会社の机に溜め込んだお菓子を食べて一息つく。むろん、そんな量で我慢できるもちづきさんではない。自分のことをよく知る彼女は、このまま帰宅すると道中の誘惑に負け、医師に怒られることを予感する。前年と同じ愚を犯すわけにいかない彼女が選んだ道は、なんと「自らを縛って会社のロッカーに閉じ込める」というものだった。
そこまで考え努力をしても、もちづきさんを待ち受けるのは暴走する食欲だ。ある瞬間まではまっとうで常識人とも言えるのに、一線を越えた後の行動は、凡人の想像をはるかに超えてくる。だからこそ最終的に「至り」続けるほど食べ、幸福に酔いしれるもちづきさんを、笑う以上に応援する気持ちで、見守りたくすらなってくる。
なお翌朝、彼女は無事に健康診断を受けられたのか。その結果は単行本でお確かめあれ。
(田中香織)