【写真】ドラマ『WAVE MAKERS~選挙の人々~』主演のシェ・インシュエン(謝盈萱)
■なぜ台湾人は選挙に熱い?
10月27日に投票が行われた第50回衆議院議員選挙の投票率は、総務省の発表によると53.85%。なんと戦後3番目の低さだったという。SNSでは「投票に行こう!」というフレーズを頻繁に見かけたが、残念なことに、投票権をもつ人の約2人に1人しか選挙に参加していないのだ。2012年(第46回)以来の12年間、投票率は50%台の推移を続けている。
今年2月、台湾で実施された中華民国総統選挙(台湾総統選)は日本のメディアでも大きな話題を呼んだ。民主進歩党(民進党)の頼清徳が初当選を飾ったこの選挙の投票率は、驚くべきことに71.86%。しかも、不在者投票や在外投票、期日前投票などの制度がなく、戸籍のある本籍地で投票しなければならないというハードルの高さにもかかわらずである。選挙のために台湾人は本籍地を目指して一斉に移動し、なかには海外に暮らす人もこのタイミングで帰国するというのだから、「投票行って外食するんだ」どころの話ではない。
なぜ台湾人は選挙にここまで熱心なのか?そのリアルと舞台裏を、ときにシビアに、ときにコミカルに描いたドラマがある。『WAVE MAKERS~選挙の人々~』は、選挙活動という“波”に候補者を乗せてゆく政党広報チームの視点で、総統選までの10ヶ月を丹念に掘り下げていくシリーズだ。
■「選挙の人々」の群像劇
政治家一族の娘、ウォン・ウェンファン(シェ・インシュエン)は、暴力疑惑のために議員再選を逃し、「公正党」の広報部副主任兼報道官となった。来たる総統選では、党代表のリン・ユエチェン(ライ・ペイシャ)を勝利に導くため、広報部主任のチェン・チアチン(ホアン・ジエンウェイ)、若手メンバーのチャン・ヤーチン(ワン・ジン)らとともに戦略を練り、数々の課題に対処しなければならない。
敵対する与党の「人民党」からは、立法院の院長(※国会議長)を務めるチャオ・チャンツ(ダイ・リーレン)が副総統として立候補していた。元大学教授のチャンツにとって、ヤーチンは以前の教え子。ところが、二人には公にできない関係性があって……。
公正党と人民党の対立の軸となるのは、主に環境問題や汚職疑惑、移民問題、死刑制度の是非などだ。両党は選挙活動を有利に進めるべく、それぞれの話題でお互いを出し抜き、牽制し、ときには妨害する。政党同士のスリリングな攻防が軽やかなタッチで描かれるが、舞台が政党広報部とあって、YouTubeやSNSにおける選挙広報のありかた、インフルエンサーとのコラボレーションの功罪、フェイクニュース/デマといった現代ならではの問題も巧みに織り込まれているのがポイントだ。
本作はハードな政治劇ではなく、公正党・人民党の職員と、彼女/彼らをとりまく周囲の日常をいくつもの視点から描き出す「お仕事群像劇」である。広報部の副主任であるウェンファンには、政治家である父との確執や、同性愛者としての葛藤がある。主任のチアチンは、多忙な仕事と家庭の両立がうまくいかずに悩んでいる。仕事で結果を出したいヤーチンには、男性同僚からのセクシャル・ハラスメントと、恩師チャンツとの過去がのしかかる。
巧みなのは、彼女/彼らの物語もまた、候補者や党同士の対立とは異なるかたちで、「選挙」というイベントへ集約されてゆくところだ。政界の性別格差、世代間で広がる価値観のギャップ、個人のセクシュアリティ、プライベートのスキャンダル、職場のセクハラ問題と解決の難しさ……。個人の苦しみとは国民の苦しみであり、したがって政治の問題だ。登場人物たちの切実な問題は、あらゆる理由とともに「政治」に巻き込まれ、さらなる葛藤を生み出すことになる。
■民主主義への讃歌
言わずもがな、理想を語るだけでは成立しないのが政治の世界だ。もうひとつのポイントは、本作がきれいごとを語って視聴者の溜飲を下げるようなストーリーではないことである。「本当のことだけ言って当選できればいいが……」と頭を抱える人物も出てくるように、問題を解決し、理想を実現するためには真実と嘘を分けることができない。もしかすると、正義と悪を明確に分けることさえできないのかもしれない。
公私と真偽、善悪が複雑にからみあう政治の動きと人間模様は、さながらお祭りや音楽フェスのような盛り上がりを見せる選挙の投開票日へとドラマティックになだれ込んでゆく。必ずしもクリーンなだけではない世界で、よりよい政治をどのように目指すのか。「賛成」と「反対」で分断されてしまいがちな社会を、いかに今よりも改善していくのか?
ドラマのなかで明確に意識されているのは、かつての中国国民党による独裁政治の歴史だ。1949年に戒厳令が敷かれたあと、1987年までの38年間、台湾の民衆は激しい弾圧を受けた。暴力と粛清による恐怖政治で人々の言論が制限されたことは、映画『流麻溝十五号』のコラムにも記したとおりだが、台湾の人々には「民主主義は当たり前に与えられるものでも、努力せず存続できるものでもない」という価値観がまだ残っているのだろう。
民主主義は難しい、けれどもだからこそ尊い。その姿勢は、登場人物の姿にも、本作で描かれる選挙への熱狂と歓喜にも見ることができる。リアリティある社会問題をいくつも重ね合わせ、解決することの難しさをあぶり出しながら、「だから選挙は大事なのだ」と語りかけるストーリーテリングには、社会的なメッセージやせりふだけが先行するような作品とはひと味もふた味もちがった鋭さと厚みがある。
脚本は台湾の人気劇作家ジエン・イーリンと、自身も選挙スタッフを務めた経験をもつ作家のイエンシージー。監督は『悪との距離』(2019年)や『茶金 ゴールドリーフ』(2021年)、映画『疫起/エピデミック』(2023年)の俊英リン・ジュンヤンが務めた。
なによりも最大の魅力は、シリアスでハードな選挙の表裏を、プロフェッショナルの日常を描いた「お仕事モノ」として、あるいはラブストーリーとして、サスペンスとして、ホームドラマとして、まぎれもないエンターテインメントに昇華したこと。語り口のうまさに引き込まれるうち、台湾だけでなく、この世界の“今”をとらえたテーマが観る者に突き刺さってくる。台湾屈指のベテラン・若手たちが混合した俳優陣のアンサンブルもじっくりと堪能してほしい。
ちなみに本作は現実の台湾社会にも変化をもたらし、劇中のヤーチンと同様、過去にハラスメントの被害を受けた女性たちが当時の加害者を告発する「台湾版“#MeToo”」のきっかけともなった。グレーな世界から目をそらさないドラマではあるが、全編にわたり、「人の苦痛を黙認しない」「不正を許さない」という態度を打ち出したことの結果がここには確かにあらわれている。
文/稲垣貴俊
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