【写真】ヒロイン(ビビアン・ソン)の手によって片眉を剃られしまうアータイ(ダニエル・ホン)
台湾のネット小説家としてデビューし、現在は脚本家・映画監督としても活躍するギデンズ・コー(九把刀)は、自身の小説を原作とした青春映画『あの頃、君を追いかけた(那些年, 我們一起追的女孩)』でよく知られている。2011年に公開された同作は、台湾で社会現象とも言えるほどの人気ぶりを見せ、2018年には日本でもリメイクされた。元乃木坂46の齋藤飛鳥がヒロインを演じたことも記憶に新しい。
そんなギデンズ・コー監督の最新作『ミス・シャンプー(原題:請問、還有哪裡需要加強)』が、現在Netflixで配信されている。マフィアの一員であるアータイが、敵から逃れるために駆け込んだ美容室。そこで働くシャンプー係の女性・アーフェンと恋に落ちるというシンプルなストーリーだが、アータイの子分や敵対するマフィア軍団、アーフェンの家族や推している野球選手までもが巻き込まれていくという、笑いあり涙ありのドタバタ任侠ラブコメディだ。
本作は、2023年の台北映画祭の開幕作に選出された。日本では2023年の東京映画祭で上映され、その後わずか2週間でNetflixでの配信がスタート。話題の最新作を自宅で気軽に視聴できるのは嬉しい。
■映画初主演の ”春風” 、ほか愛嬌のある個性的なキャラクター
本作の主演を務めたのは、台湾発のスリーピースヒップホップグループ「玖壹壹(ナインワンワン)」のダニエル・ホン(洪瑜鴻)だ。玖壹壹といえば、一度聴いたら耳から離れない中毒性に富んだヒットナンバーを続々リリースしているラップユニットで、本作では主題歌も担当している。 ”春風” という愛称で知られるダニエルは本作が長編映画の初主演となったが、個性的なキャラクターのアータイを見事に演じきり、台湾のアカデミー賞とも称される「金馬奨」で新人男優賞にノミネートされた。
ワイルドな強面ながらも、ヒロインの手によってクレイジーなヘアスタイルにされたり、片眉を剃られたりとひどい目に遭うアータイ。それでも恋のときめきに踊らされる愛嬌たっぷりの主人公は、普段からミュージックビデオでコミカルな姿を見せるダニエルにぴったりの役柄だったと言えるだろう。
見習い美容師であるヒロインのアーフェンを演じたのは、2015年公開の台湾映画『私たちの時代(原題:我的少女時代)』で脚光を浴びた、女優のビビアン・ソン(宋芸樺)。ビビアンは監督の前作『赤い糸 輪廻のひみつ(原題:月老)』でもヒロインを務めているが、本作ではこれまでの出演作とはひと味違う、下ネタにも動じないオープンではつらつとした女性を演じた。
さらに、同じく『赤い糸〜』で主演を務めたクー・チェンドン(柯震東)がアータイと同じマフィアに所属する相棒役を務める。
ギデンズの前作で主演を務めた二人が揃って出演しているわけで、本作のあちこちに『赤い糸〜』のオマージュが散りばめられているのも納得だ。関連作品のファンを喜ばせる粋な演出に、ギデンズ監督のサービス精神を感じた。
■得意のおふざけが凝縮。下ネタもバイオレンスもアクセル全開!
さて、先に伝えておきたいのだが、本作は下ネタや流血シーンも多いゆえ、万人におすすめするのは少し難しい。しかし盲目的な純愛や仲間との結託を、性や暴力を通して表現するのはギデンズ作品の真骨頂とも言える。
代表作である『あの頃、君を追いかけた』にもあった中学生男子的なノリが苦手な人もいるかもしれないが、どうか真面目に捉えすぎず、子どもの悪ふざけを笑って許すようなおおらかな気持ちで観てほしい。
登場人物たちが言葉を交わさずに目だけで会話をするシーン(セリフは字幕で表示される)や、初めてアーフェンの部屋を訪れるアータイを家族が制するシーンはまるでギャグ漫画のような展開で、最高に ”くだらない” 。これは褒め言葉で、くだらないから最高なのだ。なにも難しいことを考えずに楽しめるとも言えるし、ストレートなコメディ作品だと油断した分、敵マフィアとの衝突や、恋する二人の心のすれ違いという展開がいっそう切なく突き刺さる。
筆者は、前作『赤い糸〜』が日本公開された際に監督への単独インタビューを行っているが、その際、ジョークの多いシーンについて監督は以下のように話していた。
ーー 『「なんでこのシーンを入れたのか?」「このシーンは本当にいるのか?」と製作の過程で議論になることはありました。(中略)人によっては低レベルでくだらないと感じるかもしれないけど、僕はあのシーンを映像化しないと、自分自身が作品をリスペクトしていないことになると感じたんですよ。』
本作も前作同様、ギデンズの小説が原作となっている。おふざけ満載の演出はギデンズの小説ファンが彼の作品に期待するところでもあり、それを忠実に映像化することは、彼の誠意とも言えるのかもしれない。
■こんな展開あり!? 賛否両論の演出で魅せるラスト
本作を観て、筆者が最初に抱いたのは「ああ、エンタメってこうでなきゃ!」という爽快感だ。笑いに富んだ前半に反して、後半、アーフェンとアータイの恋物語は切ない結末へ向かっていく。しかし最後まで視聴すれば「こんなことしてもいいの?」という驚きのエンディングにきっと唖然とするだろう。
さらに度肝を抜かれるのはエンドクレジットで、ここにもおもわずニヤついてしまうような仕掛けがあるわけだが、真面目に解説すれば、こうした演出にも賛否両論あるのかもしれない。
しかし ”ハチャメチャ” とも少し違う、愛のあるエンディングに、先述の ”ファンサービス” 同様、監督の人柄と優しさを感じた。映画作品の常識にとらわれないことに挑戦できるのは、彼が純粋に人を楽しませることが大好きだからなのだろう。「エンタメは、楽しくなくっちゃ意味がない」と言わんばかりのエンディング。鑑賞後に押し寄せる多幸感を、こんなにも存分に味わえる作品は類を見ない。
「もっと楽しませられないか」「もっとできることはないか」ーー
監督はこの作品を制作しながらそう考えていたに違いない。本作の原題は『請問、還有哪裡需要加強』、これは日本語で「他にかゆいところはございませんか?」の意だ。
ギデンズ・コー監督の遊び心が存分に詰め込まれた『ミス・シャンプー』。
鑑賞直後、なんだか監督の声が聞こえたような気がした。
”請問、還有哪裡需要加強?(他にかゆいところはございませんか?)”
文/田中 伶
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