バンコクといえば『深夜特急』、そして『深夜特急』と言えばパッポンストリート
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第79話
タイのマヒドン大学からの依頼を受けて、G2P-Japanの2023年海外ツアー第3弾を企画することになった。バンコクの喧騒の中で、たまたま耳にした台湾のバンドと、筆者が好きな日本のバンドについて滔々(とうとう)と語る。
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■今年2度目、通算3度目のバンコク
香港国際空港からバンコクのスワンナプーム国際空港までの飛行時間は2時間半ほどだった。半年前、2023年の夏に訪れて以来(12話)、3度目のタイ・バンコクである。空港を歩くと、周囲から香るにおいが、ハッカクのそれからナンプラーのそれに変わったことに気づく。
それにしても、東京、香港、バンコクと、すべての場所で気候が違う。スーツケースの半分が、ここではまったく無用な、東京で来ていたダウンジャケットやセーターで埋まってしまっている。
東京、香港、バンコクと、すべて気温が違う
ホテルのチェックインを済ませ、汗を流すためにプールでひと泳ぎし、夕食である。ここで手元に『深夜特急』(沢木耕太郎・著)があれば、それを参考に練り歩いてみたくもなるところだったが、残念ながらそれは叶わない。しかし、『深夜特急』の受け売りなのか、ほかに由来があったかまでは覚えていないが、「バンコクと言えばパッポンストリート」というフレーズだけは頭に残っていた。Google Mapsで調べてみると、滞在するホテルから徒歩圏内である。せっかくだし、とりあえずそこまで足を運んでみることにした。
■パッポンストリートとDSPSとスーパーカー香港ではナイトマーケットに足を運ぶタイミングがなかったこともあり、熱気あふれる熱帯の空気は、気分を昂揚させた。エビのサテー(串焼き)と瓶のチャーンビールを屋台で買う。路面に並ぶテーブルに座りながらサテーを食べ、辺りを眺めながらビールを飲んだ。
パッポンストリートの喧騒の中でビールを飲みながら、いつものクセでX(旧Twitter)をザッピングしていると、不意に、「なんとスーパーカーに憧れて結成されたという逸話を持つ台湾のバンドのこの曲が、めちゃくちゃ良い。」というポスト(ツイート)を見つけた。
そのときに見つけたX(旧Twitter)のスクショ。出所/「HOLIDAY! RECORDS おすすめ音楽紹介 & CD屋(@holiday_distro)」のポストより
参考まで「スーパーカー」とは、青森出身の4人組のバンドである。余談だが、このスーパーカーに、この連載コラムでも何度か出てきたことがある「くるり」や、福岡出身の「ナンバーガール」というバンドを加えて「97年の世代」と呼ばれたりしている。2000年代前半のJ-POP/ROCKを語る上で、重要なシーンを形作ってきた世代であり、スーパーカーはそのひとつのピースであると思っている。
「97年の世代」の中でもスーパーカーは、私の中で重要なウエイトを占めていたバンドであり、私が京都での大学院生時代によく聴いていたバンドのひとつだった。くるりとは違い、この歳になって「スーパーカーを聴きたい」というシチュエーションになることはなぜかほとんどなく(2005年に解散しているので、そこで私の記憶も途絶えているからかもしれない)、記憶からすっぽり抜け落ちていた。そしてまさかそれが、バンコクのパッポンストリートで呼び起こされるとは思いもしなかった。
で、先ほどのポストで見つけたのは、「DSPS」という台湾のバンドの「Unconsious」という曲だった。AirPodsを持たずに出てきてしまっていたので、パッポンストリートの喧騒の中で、iPhoneからそのまま音を鳴らして、左耳にそれをあてて聴いた。
イントロのギターリフがもう、往年のスーパーカーのそれである。懐かしい。
スーパーカーの3枚目のアルバム『Futurama』に、B&Voのフルカワミキが歌う「FAIRWAY」という曲がある。デビューアルバム『スリーアウトチェンジ』の頃の曲調で「FAIRWAY」を歌っているような、そんなにおいがする曲だった。
さらに、何を歌っているかわからない中国語(台湾語?)のヴォーカルが、後期のスーパーカー(というかVo&Gの中村弘二、通称「ナカコー」)っぽい。不思議なメタ的ともいえるノスタルジーを覚えながらそれを聴いた。良い曲なので、機会があればぜひ聴いてみてください。
タワレコやHMVに出かけて、視聴ブースでいろいろなCDをザッピングするような機会や時間も今はない。何より不惑を過ぎた身としては、ふとしたことをきっかけに新しい音楽に触れられる機会は、それだけで嬉しいものである。ある香港の夜、アジアン・カンフー・ジェネレーションの曲によって、20年近く前の台湾の夜の喧騒が想起された(78話)。
それと同じように、これで私の中で、バンコクのパッポンストリートの喧騒とスーパーカーが、この台湾のバンドによって紐づけられた感じもして、それはそれでちょっとしたラッキーな気持ちでホテルへと戻った。
■3年半前の記憶をなぞる初めてバンコクを訪れたのは、2020年の2月下旬。そのときと同じホテルに滞在した。当時はまさに、「新型コロナパンデミック前夜」という時期だった。ある国際学会への参加のための訪泰(「泰」とは、漢字一文字でタイのこと)だったが、学会場にはいかにも仮設という感じのサーモグラフィーが設置されていた。不織布マスクをつけてまで熱帯の屋外を出歩く気にもならず、ずっとホテルの部屋にこもって、エイズウイルスについての論文を書いていた。
食事もほとんどルームサービスで済ませ、新型コロナウイルスの流行拡大を伝えるBBCのニュースを眺めていた。当時は、日本が新型コロナ感染の世界的ホットスポットのひとつで、東京の路上の様子を生中継で映していた。その帰路、羽田空港に着陸する飛行機の窓からは、ダイヤモンド・プリンセス号の姿が見えたような記憶がある。
2020年2月下旬に滞在した時に見ていたBBC
パッポンストリートからホテルに戻った私は、当時と同じことをしてみた。当時の記憶をなぞるように、ルームサービスでガパオライスを頼む。それを食べながら、そしてコンビニで買ったチャーンビールを飲みながら、テレビでBBCのニュースを眺める。テレビからは、新型コロナのニュースの代わりに、イスラエル・ガザ地区のニュースが流れていた。
■半年ぶりの再会からの研究打ち合わせさて、今回の用務であるが、前回、2023年7月の訪問(12話)の後、マヒドン大学から、「12月に熱帯医学の国際学会をバンコクで主催するので、日本のイケてる若手のウイルス学者と一緒に、ワークショップを開催してほしい」という依頼を受けた。今回は、それを受けての訪泰である。せっかくの機会なので、これをG2P-Japanの東南アジアでのネットワーキングの機会に活かしてしてみようと思い、G2P-Japanの2023年海外ツアー第3弾を企画したのである(ちなみに、海外ツアー第1弾と第2弾の目的地はどちらもヨーロッパ。39~41話を参照)。今回の同行メンバーはふたり。年始に一緒にフランス・パリのパスツール研究所に突撃した北海道大学のM(40話)と、同じく北海道大学のFの研究室に在籍するTである。
翌日、研究集会の会場で、MとTと合流する。マヒドン大学で准教授をしているSさんとも、半年ぶりに再会した。Sさんは、前回の訪泰をホストしてくれた、日本語ベラベラのタイ人である(12話)。ワークショップをソツなくこなし、夜はウェルカムレセプション。シンハービールを飲みながら談笑したり、地元の参加者と交流したりした。
最終日には、MとTとSさんと連れ立って、4人でサイアム地区まで足を伸ばし、そこのフードコートで一緒にランチを食べた。シーフードたっぷりのトムヤムヌードルはとてもおいしかった。
(左)本場のトムヤムヌードル。おいしい。(右)左から、G2P-JapanのM、Sさん、G2P-JapanのT、私
それから学会場に戻り、今回の大きな目的でもある、マヒドン大学のみなさんとの共同研究の打ち合わせに臨む。G2P-Japanの面々やSさんをも交えた研究打ち合わせは首尾よく進んだ。MやTのネットワーキングもそれぞれいい感じに進んだようで、これからの共同研究の展開に期待が持てるものとなった。
打ち合わせの後、バンコクの夕べの中、「FULLMOON」というプーケットのクラフトビールを飲みながらしばし談笑した。陽が落ちると涼しい風が吹いて、バンコクの夜はこれからという空気が流れ始めていた。
フルムーン(FULLMOON)というクラフトビール。おいしい
しかし私は、翌早朝の便で帰国するため、この日の夜は、スワンナプーム国際空港に併設されたホテルに宿泊する予定になっていた。みんなに見送られながら、電車でひとり、空港へと向かう。
■バンコクの夜景の車窓から空港に向かう電車の席につくと、思いがけずどっと疲れが出た。
――これでようやく、2023年の海外出張も終わる。12月14日、気づけば2023年も残すところ半月ほどとなった。
今年もいろいろなことがあったなあ、などと、じわじわと疲労感の広がる頭でぼーっと思い返したりしてみたりする。ふと思い出し、パッポンストリートで見つけた台湾のバンドDSPSの、『時間的産物』というアルバムを聴きながらひと息をついた。
疲労感を伴いながらシートに身を任せ、バンコクの夜景がゆったりと流れる車窓を尻目に、AirPodsから流れるDSPSを聴いていると、今度は不意に、スーパーカーの「LAST SCENE」(作詞:石渡淳治作曲:中村弘二2004年)という曲のプロモーションビデオのイントロが頭に浮かんできた。
ジ・エンドを素通りしたステージ
客はもう眠っている
夢のようなストーリー
羽根のようなダンス・ステップ
夜のとばりの中、ゆったりと多摩川を渡る電車が走るシーンから始まるこの曲のプロモーションビデオは、疲労感とある種の達成感に満ちた感覚とよくマッチした。
文・写真/佐藤 佳
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