ホンダF1・折原伸太郎 インタビュー前編(全2回)
2023年シーズン、ホンダのパワーユニット(PU)を搭載するレッドブルは22戦中21勝と、F1の歴史を塗り替える圧倒的な強さを発揮し、タイトルを独占した。しかし、今季はライバル勢の猛追もあり、ドライバーズ選手権はマックス・フェルスタッペンがチャンピオン争いをリードしているものの、コンストラクターズ選手権ではマクラーレンやフェラーリと接戦が続く。ホンダF1の現場責任者を務める折原伸太郎・トラックサイドゼネラルマネージャーは、現状をどう見ているのか。F1カメラマンの熱田護氏が11月頭のブラジルGPで直撃インタビューを行なった。
ホンダF1の折原伸太郎・トラックサイドゼネラルマネージャー
【ドキドキ・ヒリヒリする2024年シーズン】
ーー2024年シーズンも残り数戦となりましたが、ホンダの現状を教えてください。
折原伸太郎(以下同)
2023年シーズンのいい流れを引き継いで、出だしはけっこう好調だったのですが、ここに来て非常に厳しい戦いになっています。PU自体の問題ではないですが、トラブルが出ていますし、相対的に競争が激しくなっていますので、昨年よりは信頼性に関するマージンを削って走っているという状況にあります。
それくらいしないとチャンピオンシップは勝てないと我々ホンダ側もレッドブル側も思っています。昨シーズンは別に手を抜いていたわけではありませんが、車体の競争力が高かったので、チャンピオンシップを獲得するには、PUとしては信頼性を重視して確実にゴールすることが優先でした。
今季はガラッと状況が変わりまして、マージンをどんどん削ってパフォーマンスを絞り出さないと勝てない。もしくはすぐに順位が落ちてしまうので、我々に求められる要求値が一段と厳しくなっていますね。
ーー信頼性のマージンを削ることでなにかPU側で問題は発生しましたか?
今のところは起こってないですね。
ーーでは、もっといけるんじゃないですか?
いや、それは......やりすぎると本当にトラブルが出てしまいます。チーム側はけっこうイケイケどんどんで「もっとここのマージンを削れるんじゃないか」と言ってきますが、実情をよく知らないから言ってくるんですよね(笑)。
そこの見極めをドキドキしながらも楽しんでやっています。トラックサイドゼネラルマネージャーとして関わって2シーズン目ですが、今が一番ヒリヒリしながら戦っています。
ーーホンダはレッドブルと2019年からパートナーシップを組んでいますが、一番攻めているシーズンではないですか?
2021年シーズンにメルセデスのルイス・ハミルトン選手とチャンピオンを争っている時に近いですね。あの時も相当、信頼性のマージンを削ってやっていましたが、争いが厳しくなるとどうしてもそうなります。
ーーコンストラクターズ選手権を競い合うメルセデスとフェラーリのPUについてはどう見ていますか?
パワーに関してはそれほど変わっていないように感じますが、エネルギーの使い方に関していろいろ工夫しているように感じます。その点について、昨年は明らかにホンダが優勢だったところを、今年はコースによっては明らかにライバルとの差が詰まってきています。
【ホンダPU供給の舞台裏】
ーー今シーズン、ホンダはレッドブルとともにビザ・キャッシュアップRB(VCARB)にもPUを供給しています。両チームのPUに仕様の違いはありますか?
ホンダが供給するPUは基本的に一緒です。逆にチームごとに仕様を変えてしまうと、確認事項が増えてしまうので、そういうことはしていません。
たとえば、自分たちのマシンに理想的なエンジンハーネス(配線)の取り回しに変えてほしいとチームがリクエストしてくることがあります。でもそれをやってしまうと、ふたつの仕様を設定することになるので、スペアエンジンを共有できなくなりますので、オペレーションとしてよくない。
また、テストの時は本来パフォーマンスを上げることが目的ですが、仕様がふたつあると信頼性や機能確認などに時間を割かれ、性能を上げることに注力できなくなってしまう。そういったことを総合的に考えると、チームの要望を聞くよりは、お互いに話し合ってひとつの仕様にしたほうがホンダとしてもいいし、PUのパフォーマンスが上がれば結果的にチームとしてもいい。そういう形で了承してもらっています。
ホンダのPUを搭載するレッドブルのマシン
ーーそれでも車体は各チームのオリジナルです。たとえば、ラジエーターの配置などはチームによって異なりますので、サーキットによっては、「こっちのチームは冷えるけど、こっちのチームはあまり冷えない」というケースもあるんじゃないですか?
そうですね。ホンダとしては基本的に、シーズンの頭に「これだけの冷却能力を要求します」と言って両チームにまったく同じ数値を出します。それをもとにチームは仕様を決めるのですが、実際にマシンを走らせてみると、冷え方に違いが出ることもたしかにあります。
そういう時は、カウルの開口部をもっと広げて空気を取り入れて冷やしてほしいと伝えます。でもチームとしては開口部が大きければ大きいほど空力性能が低下してラップタイムも落ちてくるので、それはやりたくない。
PU側は当然、水温や油温を下げたほうがパフォーマンスは向上するのですが、どこまで温度を許容して走らせるか。それは状況を見て決めていきますが、これ以上は絶対にダメ、信頼性を確保できないという温度はあるので、そういう時は開口部を広くして走ってもらいます。
【独立性の高いレッドブルチーム】
ーーやっぱりレッドブルはVCARBよりも精度は高いというイメージがありますが......。
まあ、そうですね(笑)。基本的にはどちらもそんなに外れませんが、実際に走ってみると、予想値と全然違うということがあります。すごく高い温度で走って、緊急的にカウルを開けて走るケースもありますね。
そういう判断をする際にも、チームのキャラクターがあります。レッドブルはファクトリーからのサポートが手厚いので、チーム側がファクトリーと相談して、開けるか閉めるかの判断はまずは自分たちでして、そのあとにホンダに対して「これでいいか」と確認する。問題がなければ、我々も「そうだね」と答えて、作業を進めるケースが多いです。
対してVCARBは、より早い段階からホンダに意見を求め、ホンダとより密接にコミュニケーションを取りながら決めていくことが多い。つまりチームとしての独立性はレッドブルのほうが高いと言えるでしょうね。
ーーということは、レッドブルよりもVCARBに対してのほうがホンダとしてやるべきことが多いんですね。
そうなりますね。会話の密度が高いとも言えますが、より現場での対応力が求められるとも言えますね(笑)。レッドブルは事前にしっかりと準備してきている。プランを事前に何パターンか用意していますので、たくさんの会話をしなくても「こうしようか」「そうだね」という感じで済んでしまいます。
VCARBは事前に準備してきたシミュレーションのデータが外れた場合、現場で一緒にデータを見ながら「どうしようか」と相談することが多いですね。
つづく
【プロフィール】
折原伸太郎おりはら・しんたろう
1977年、東京生まれ。ホンダF1第2期活動(1983〜1992年)でのマクラーレン・ホンダの活躍を目の当たりにしてF1の世界に憧れ、大阪市立大学工学部機械工学科で学び、2003年にホンダ入社。市販車用エンジンの開発に携わったあと、ホンダ第4期F1プロジェクトに参画。イギリスの前線基地の立ち上げ、国内でのパワーユニット開発にあたり、2023年からトラックサイドゼネラルマネージャーを務める。
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