「歯医者に行ったら歯が悪くなった」“年に1回の歯科検診”思わぬ落とし穴

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「歯医者に行ったら歯が悪くなった」“年に1回の歯科検診”思わぬ落とし穴

11月15日(金) 8:52

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2025年から始まる「 国民皆歯科検診 」を知っていますか?

これは全国民が年に1回歯科検診を受けられるようになる制度です。この検診費用を国が負担してくれるというもので、お金をかけずに歯科医院が利用できるのだとお得感を感じた方もいるのではないでしょうか。歯医者から見ても患者さんが多く訪れるチャンスだと感じられるかもしれません。

みんなにとって“良いことづくし”だと思われがちな国民皆歯科検診ですが、じつは「逆に歯の寿命を縮めてしまうのではないか?」「歯がない人を増やしてしまう恐れがある」と不安の声もあがっています。

今回の記事が、制度施行の際にみなさんが正しく利用できるヒントとなればと思います。

“年に1回歯医者の検診に行けば良い”という認識になるのは間違い

国は年に1回の検診費用を負担してくれますが、“年に1回検診を受けていれば良い”という発表はしていません。

年に1回むし歯を見つけて片っ端から治療のみを行い、また翌年も新たなむし歯を見つけて治療して……の繰り返しでは、歯はどんどんダメージを受けていき、ゆくゆくは歯を失ってしまうことになるでしょう。

また、歯周病に罹っている人が、1年に1回しか検診を受けないようではどんどん進行していくばかりで、歯はいつの間にか抜けてしまうはず。

こうした結果を迎えた患者さんたちは、こう思うはずです。

1年に1回決められた検診を受けていたのに、歯医者に行ったせいで歯が悪くなった

このような患者さんが日本に増えていくのはとても悲しいことです。

私たち歯科医師はスクリーニング感覚でこの検診をとらえています。まだ詳細な発表はないものの、おそらく通常の診療で行う精密な検査は項目に含まれないと考えられます。そうした場合、もう一度しっかりと検査を行い、詳細なお口の情報を患者と共有したいと考えます。

むし歯や歯周病というのは、「結果」です。未来を考えるのであれば、治療よりも結果に辿り着くまでの「過程」で何がいけなかったのか問題を見つけることが重要だと思います。

さらっとした検診とその治療だけでは、表面的な解決だけを重視する流れが生まれてくるのではないか。そんな不安要素を抱えているのです。

むし歯の早期発見・早期治療の流れが「悪い結果」をもたらす恐れも

むし歯は初期の段階であれば積極的な「予防策」を練ることで進行を抑制し、経過を観察するものです。

しかし、患者さんとしては、せっかく歯医者に来てむし歯を見つけたのだから、来年また来る頃には結局進行しているかもしれないから、といった理由で治療してしまいたいと考えるはずです。

歯科医院によっては、検診で見つけたむし歯は全て治療しましょうと提案があることも考えられます。

検診では、どうしても「今あるむし歯」に焦点が当てられます。どんどんむし歯を見つけてどんどん治療を行う。確かに、治療を行わなければならないむし歯はしっかりと治療を行わなければいけません。

とはいえ、初期のむし歯を早期に治療することは、その歯の寿命を縮めてしまう行為です。経過観察の意味合いを「ただの放置」に変えてしまう恐れがあるので、結果としてその歯の寿命を縮めてしまうのに他ならない行為なのです。

本来であれば今あるむし歯に向き合った上で、これからのむし歯をどう予防していくかということに焦点を向けなければならないものの、国民皆歯科検診のみでは難しいものと予想されます。歯科医院と患者自身が、どれだけ予防に対して知識と理解があるかが問われてくる施策でもあると私は考えるのですが、今の日本のデンタルIQはまだ他の先進国と比較して高いと言えるものではないと思います。

こうした”むし歯治療の洪水時代”が到来することは被せ物、入れ歯もどんどん増やす原因となり、結果的に歯がない人を増やしてしまう恐れもあるのです。

歯周病の正しい理解を得るか、年に一度の歯石取りの快感を得るのか

歯周病は今や国民病であり、毎日歯周病の患者さんで歯科医院の予約は溢れていると言っても過言ではありません。歯医者に行くことが億劫だった人が、国民皆歯科検診をきっかけに歯科医院に行き、自分のお口の中の状況を正確に理解して、歯周病に関する事柄を正しく理解して治療に臨めるようになる。患者さんの意識が変わって、歯科医院としっかりと協力関係を結べるなどの行動変容が起きたとしたら、国民皆歯科健診は成功と言えると思います。

しかし、検診結果をあまり理解しないまま、歯石の除去のみを受け、また来年も検診を受けた際に歯石を除去しようと思って帰ったとしたら、これは大失敗です。

むし歯や歯周病は、お口の中の歯周病菌を減らし、どれだけ歯周病の進行を止められるかが重要となります。1年に1回の検診と歯石除去だけでは、毎年歯医者さんに自分の歯周病がどれだけ進行したのかを見せに行っているだけです。

歯周病は進行抑制のために、症状や進行程度に応じた間隔で検診、治療を受けなければならないため1年に1回のみの来院では進行抑制や改善は期待できません。

“その場しのぎ”では意味がない

国が補償してくれる範囲というのはまだ詳細に発表されていません。私たちが予防を行う際には、様々な検査を時間と費用をかけてしっかりと行った上で、その結果リスクとなる事柄を理解してもらい、長期的に改善と維持をしていくものです。

1年に1回、さらっとした検診とその場しのぎの治療を行うことでは患者のお口の健康を責任を持って守ることはできません。もし、患者さんが1年に1回の検診とその治療のみで来院されたとしたら、最初から患者さんのお口の健康を維持するという責任を果たせないことがわかっているのに、受け入れてしまっていいのだろうかという疑問もあります。しかし、1億人以上もの人がいれば、それだけ沢山の生活、考え方や価値観が存在しているものです。

これは歯医者のエゴだと感じる人もいるでしょう。

1年に1回のさらっとした検診と“その場しのぎ”の治療では責任を負えないと感じる歯科医院は、国民皆歯科検診は行いたくないと拒否をするかもしれませんし、どんどん検診で疾患を見つけてすべてのむし歯を治療したいと感じる歯科医院は、積極的に集客を行うかもしれません。

患者さんにとって、歯科医院の選択が今よりも難しいものとなることが考えられます。

国民皆歯科検診の正しい利用法とは?

私は国が歯科に対して積極的な考えを示しているのはとても良いことだと思います。

しかし正直なところ、内容はしっかりと考えたものにしてほしいなと感じています。歯科医師を含む国民の間違った理解を生み出しかねないからです。

そして、こうした施策が行われる今だからこそ、国民のみなさんもしっかりと歯科について学ばなければなりません。

かかりつけの歯科医院は、できることならば国民皆歯科検診が始まる前に見つけておくのが得策です。定期的なお口の管理を信頼のおける歯科医院で行っている中で、1年に1度国が負担してくれる検診をどう活用するか、その歯科医師としっかりと相談をして考えることで、間違った理解、間違った治療を生み出すリスクは限りなく減るはず。

そうすることで、国民皆歯科検診は国民の声で、全ての人が平等に質の高い予防医療を受けられる最善のものに進化していけるのではないかと思います。

みなさんの身体の管理者はみなさん自身です。自分の健康のために必要な手段を学び、自分で健康行動を選択することが生涯自分らしく生きていけることに繋がります。国民皆歯科検診が始まる前に、自分の歯やお口にとっていちばん重要なことは何なのか、それを守るためにはどんな選択を自分はすべきかをぜひ今一度考えてみてください。

<文/野尻真里>

【野尻真里】
一般診療と訪問診療を行いながら、予防歯科の啓発・普及に取り組んでいる歯科医師です。「一生涯、生まれ持った自分の歯で健康にかつ笑顔で暮らせる社会の実現」を目標にメディアで発信をしています。X(旧Twitter):@nojirimari

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