2023年度セザール賞で最多12部門ノミネートを果たし、本国フランスで観客動員100万人越えのスマッシュヒットを記録した『動物界』が公開中だ。人間がさまざまな動物に変異する奇病が蔓延している近未来を舞台に、人種差別、移民、ルッキズム、感染症など現代的なテーマを内包したスリラーとなっている。監督と脚本を務めたのは、2014年のデビュー作『Les Combattants(英題:Love at First Fight)』で数々の賞に輝いた新鋭トマ・カイエ。PRESS HORRORでは、批評家、観客の両方から称賛を受けた才気の源に迫るためインタビュー取材を行った。
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■「さまざまな解釈ができる、詩情的な映画を目指しました」
近未来、人類は原因不明の突然変異によって、徐々に身体が動物と化していくパンデミックに見舞われていた。“新生物”はその凶暴性ゆえに施設で隔離されており、フランソワ(ロマン・デュリス)の妻ラナ(フローレンス・デレツ)もその一人だった。しかしある日、移送中の事故によって、彼らは野に放たれる。フランソワは16 歳の息子エミール(ポール・キルシェ)と共にラナの行方を必死に探すが、次第にエミールの身体に変化が出始める。人間と新生物の分断が激化するなかで親子が下す決断とは。
——人が動物に変化する可能性がある世界という設定には驚きました。この設定はどこからやってきたのでしょうか?
「私が教鞭を執っていた映画学校の生徒、ポーリン・ムニエが書いた脚本が元になっています。でも、当初の設定はまったく違っていて、人間と動物のハイブリッドが狼男のように変身するといったものでした。そこで私は、もっとリアリズムを持たせてみたらどうか?と考えたんです。ゆっくりと時間をかけて変化させ、科学的にも説得力があるようにね」
——本作は動物に変化する物語でしたが、私自身が思春期に感じた身体の変化や、いま感じている老いと同じように受け止めることができました。さらにはマイノリティや移民たちが日々感じている違和感や差別もテーマにあるように思えます。
「ええ。普遍的な身体の変化についてのテーマを孕んでいることはご指摘のとおりです。でも、私が気をつけたのは、“閉じたメタファー”にしないことでした。つまり、一つの受け取り方しかできない作品にはしたくなかったんです。観客がさまざまな解釈ができる“オープンなメタファー”を描きたかった。いわば詩情的な映画とでも言いましょうか。さまざまなテーマを自然に感じてもらえたのならうれしいですね」
■「ポール・キルシェは、演出する必要がないほどエミールそのものでした」
——本作の“動物化”していくキャラクターは“動物”になることで、自己を再発見し、生き方を見つめ直しているかのようですね。
「自己発見は私の永遠のテーマです。試練や他者との関係を通して、本当の自分を発見する。英語圏ではComing of Ageといいます。本作でもそれを中心のテーマとして描きました。主人公エミールが自分を受け容れ、成長し、親離れする。逆に父親は子の成長を見届けるといったものになっているんです」
——その点で、エミールを演じたポール・キルシェの演技はすばらしかったですね。
「彼には一年間、獣を演じるための呼吸や身体表現の訓練を受けてもらいました。おかげで、撮影に入るころには、彼のなかの“素材”が、もはやエミールになっていたんです。私が演出する必要がないほどでした。私は変異というものは元々、人それぞれにあったものが表面化すると考えています。『動物界』の撮影を通して、ポールは彼なりの“内なる獣”を解放したといえるでしょう」
——鳥のフィックスを演じたトム・メルシェはいかがでしたか?
「トムにもポールと同じ訓練をしてもらいました。彼の場合はさらに“鳴く”演技があります。これはバード・シンガーに師事して伝授してもらったものです。バード・シンガーは耳慣れない職業だと思いますが、フランスには動物の鳴き声を活用した声楽を生業とする職業があるんです。これは豆知識になるのですが、鳥の声は息を吐くのではなく吸いながら出すんです。声楽ではよく使われる技法ですが、普段はそんな声の出し方はしませんよね。だから彼はすっかり入れ込んでしまって、撮影のあいだ人間の言葉をまったく使いませんでした。私にも鳥語でしか話してくれなかったくらいです(笑)」
——フィックスの飛行訓練をエミールが手助けする場面が非常に印象的です。
「鳥は飛ばないと生きていけないですよね。でも、飛ぶためには大変な訓練が必要になります。聞くところによると、負荷が高すぎて心臓発作を起こして死んでしまう鳥もいるそうです。そんな危険な訓練をエミールが自分の持てる水泳や腕力を使って手助けする。そして友情を築いていく。とても美しいシーンです。あの沼地は2人のユートピアなんです」
■「解剖学の見知から、キャストの身体に一番似合う動物をチョイスしました」
——“動物化”というとおぞましい姿を連想させますが、本作の動物たちは美しいですね。
「彼らの造形にはとても時間がかかりました。撮影の2年前、脚本執筆中の時点から取りかかっています。まず漫画家と一緒にデッサン描いて、次に人体解剖学の人々とセッションし、最後にデザイナーに仕上げしてもらうという感じです。さらに解剖学の見知から、キャストの身体に一番似合う動物をチョイスしています。そうすることでリアリティを引きだそうと考えたのです。リアリティがあることによって、キャラクター自身の苦しみや悲しみを表現することができますから。
また“美しさ”を重視した理由に“夢の生物”という観点があります。つまり人間との共生が考えられるような容姿ですね。“美しさ”と“リアリズム”が最優先事項でした。この2つを重視することで各々のキャラクターに観客の共感を引き起こそうと考えたのです」
——本作はあえて明確な結末を描かない“オープンエンディング”でした。私の感覚なのですが、実は別エンディングが存在したのでは?
「イエスであり、ノーでもあります。一年後のエピソードも準備はしていました。人間界と動物界が壁で遮断されて、互いに思い合う人々が壁を見つめ合うといったものです。でも、オープンエンドを選びました。というのは、エミールと父の関係が最初と最後のシーンで対になっているからです。そうすることで親子関係の成長が顕著になるし、非常に映画的だと思ったからです」
——監督が動物化してしまったら、なにになると思いますか?
「シカですね。シカは一匹でも群れでも生きられますし、毎年ツノが生え代わる“変異”が楽しめますからね(笑)」
取材・文/氏家 譲寿(ナマニク)
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