朝ドラことNHK総合の連続テレビ小説『おむすび』の記録的低視聴率が続いている。
11月7日放送の第29回が終了した時点での世帯視聴率の平均値は13.94%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。前々作『ブギウギ』の同じ第29回までの平均値は同16.0%、前作『虎に翼』は同16.2%だった。
『おむすび』の低視聴率は全国的なこと。特に落ち込んでいる札幌地区は同1日放送の第25回が同10.7%。同じ日の午前8時からテレビ朝日系列の北海道テレビが放送した『羽鳥慎一モーニングショー』は同10.8%なので、わずかながらだが下回ってしまった。国民的ドラマとしては珍事である。
朝ドラを観る層=50代以上の女性も男性も『おむすび』離れ
年代別、性別の個人視聴率を見ると、低視聴率を招いている要因が一目で分かる。どの層の個人視聴率もダウンしているが、最も朝ドラを観る50代以上の女性視聴者数が『虎に翼』より2~3割も減っている。2番目に視聴者数が多い男性の50代以上も2~3割少なくなってしまった。
50代以上の女性はおよそ5人に1人以上が朝ドラを観ている。同じく男性は約5~6人に1人が視聴する。そのうち2~3割が消えてしまったのだからダメージは大きい。
F1層と呼ばれる20歳から34歳の女性視聴者はもともと朝ドラをあまり観ていない。100人に1.5人程度。子育てや仕事が忙しいからだ。F2層と呼ばれる34歳から49歳の女性視聴者で朝ドラを観ているのは約5人に1人。
この年代の男性視聴者数は女性の約2~3分の1である。若い層の個人視聴率も『虎に翼』より落ちているが、なんといっても痛いのは50代以上の離脱なのだ。
なぜ、50代以上の多くが離れてしまったのか。テンポの悪さを指摘する声をよく聞く。それも理由の1つに違いない。NHKのドラマ関係者はそれより大きな要因として、「家族の姿、主人公の米田結(橋本環奈)と家族の関係性の描写が薄い」と指摘する。
朝ドラが家族を描くわけ
朝ドラは時代設定もテーマも作品によってバラバラだが、序盤で家族1人ひとりの姿、主人公と家族の関係性を詳しく描く点では一致している。『おしん』(1983年度)の時代の前からずっと続くセオリーだ。
そうすると、大半の視聴者が家族との暮らしを経験しているから、親近感を抱かせやすい。『ブギウギ』のように歌劇を描こうが、『虎に翼』のように法律を持ち出そうが、家族の存在によって物語に普遍性が生まれる。観る側の性別や年齢を問わず、家族は共通言語なのである。
また、家族を詳しく描くことにより、ホームドラマの色合いが強くなって、やはり視聴者を惹きつけやすくなる。ホームドラマは今も昔も国内外で人気。家族の関係自体が1つのドラマだからである。
さらに、子役編の有無を問わず、序盤の主人公は例外なく若い。人間的に未成熟。主人公中心で物語を進めようとすると、どうしても話が拙(つたな)くなる。それを補うのが家族の存在なのだ。それも家族の描写が薄いと難しくなる。さらに、家族を細かく描くと、主人公の将来の人物像もある程度、浮かび上がるのだ。
『ブギウギ』『虎に翼』での家族描写
近作はどうだったのか。『ブギウギ』の主人公・福来スズ子(趣里)は第20回の時点で、自分が香川県の名士で既に亡くなった治郎丸菊三郎の娘だと教えられる。第21回で実母が次郎丸家の元女中・西野キヌ(中越典子)だということも知った。20歳のときだった。
スズ子は強いショックを受けるが、お調子者の父親・花田梅吉(柳葉敏郎)ときっぷのいい母親・ツヤ(水川あさみ)には話さず、2人への慈しみと感謝を強める。この作品の序盤はスズ子が12歳で入団した梅丸少女劇団(USK)と家族のことしか描かれていないと言っても過言ではない。
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『虎に翼』は主人公・猪爪寅子(伊藤 沙莉)が第1回、第2回で不満げにお見合いに臨み、それを叱る母親・はる(石田ゆり子)の保守性と厳しさが浮かび上がった。逆に庇(かば)った父親・直言(岡部たかし)のやさしさや寛容性が浮かび上がった。
第4回ではるは法律家を志した寅子に対し、自分が女学校へ行かせてもらえなかったこと、家業に役立つ政略結婚をさせられそうになったことを明かす。ここで作品側ははるの生育歴を自然な形で視聴者側に伝えたのである。はるは寅子の法律家志望に猛反対していた。
しかし、第5回で東京地裁判事・桂場等一郎(松山ケンイチ)が寅子の法律家志望を侮辱すると、はるは憤怒。寅子が法律家を目指すことを許す。この時点で寅子の負けず嫌いがはるから受け継がれたことが分かった。
直言の気性と生育歴は第20回からの「共和事件」のエピソードに織り交ぜられていた。エリート銀行員だが、優柔不断。けれど、誰にでも親切。この作品の序盤もほとんどが家族と明律大学女子法科、明律大学法学部の描写に費やされた。
『おむすび』母の生育歴が不明で分からないことが多い
『おむすび』はどうかというと、家族に不明点がまだ多い。たとえば、米田結の母親・愛子(麻生久美子)の気性と生育歴である。
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第10回、深夜徘徊で警察に補導されたハギャレン(博多ギャル連合)の真島瑠梨(みりちゃむ)の身元引受人になったことなどで、愛子がやたら物わかりのいい人だということは分かった。
第14回で愛子は義母の佳代(宮崎美子)に対し、ハギャレンが白眼視されることについて「外見で判断されちゃうからね。私がそうだったし」と漏らす。佳代は「名古屋の元スケバンやもんね」と応えた。その言葉に愛子は「やめてよ、そんな昔の話」と照れる。
元スケバンだと子供の行動にも寛容になるという考え方は短絡的過ぎると思うが、それはともかく、愛子がどうしてスケバンになったのかがまだ分からない。
生育歴が不明のままだと気性や行動パターンもはっきりと見えてこない。阪神・淡路大震災のあと、結の父親・聖人(北村有起哉)の故郷である福岡・糸島に躊躇(ちゅうちょ)なく移住できた胸の内も分からない。
愛子の気性が詳らかにならないと、その血を受け継ぎ、育てられた結の人間性も分かりにくい。まだある。生真面目でやや神経質な聖人と大らかでサバサバしている愛子はどうして結ばれたのか。
『おむすび』独特の肩透かしエピソードに時間を費やしている
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家族を描き切れていないのはほかのことの描写に時間が費やされているから。書道、野球、ギャル、パラパラ。ほかにも『おむすび』独特の肩透かしエピソードである。
まず第17回、姉・歩(仲里依紗)が若き日の敵である天神乙女会の明日香から勝負を挑まれた。決闘を思わせた。しかし次の第18回で分かった勝負の中身はラーメンの大食い対決だった。
第27回、歩の付き人を名乗る佐々木佑馬(一ノ瀬ワタル)が米田家にやって来る。「歩さんは大女優」なのだという。福岡には東京と同じく7つのテレビ局があるから、本当に大女優であるなら家族が気付かぬはずがない。釈然としない話だった。
大女優のエピソードは第30回まで延々と引っ張られたが、オチはカラオケの映像に登場する女優だった。そのままカラオケ大会となり、歩とハギャレンのメンバーらが浜崎あゆみ(46)の『Boys & Girls』(1999年)を熱唱するシーンが描かれた。平成青春グラフティと謳(うた)っているので、このシーンをつくりたかったのだろう。
NHK前会長・前田氏がねらった若者ウケだったが…
『おむすび』は昨年1月に退任したNHK前会長・前田晃伸氏(79・元みずほフィナンシャルグループ社長)の在任中に企画された。
前田氏は常時12%前後の視聴率を誇っていた健康情報番組『ガッテン!』や『バラエティー生活笑百科』など中高年に愛された番組を2022年度末で打ち切ったといわれる人物。一方で、同4月には平日午後10時45分から同11時半は10~20代を狙った若年層ターゲットゾーンにした。前田氏は若い視聴者の獲得に躍起(やっき)になっていた。
若者のテレビ離れが深刻なことに前田氏は危機感を抱いていたのである。『おむすび』にも前田氏の意向が反映されたのではないか。そう考えると、ほかの仕事と掛け持ちになるにもかかわらず、主に若者に人気の橋本を主演に起用したのもうなずける。
ギャルやパラパラなど50代以上があまり好みそうにない要素をふんだんに採り入れたのも腑(ふ)に落ちる。序盤で家族を細かく描くというセオリーを踏襲しなかった件もそうだ。はじめから50代以上は強く意識していなかったのではないか。
不思議とあまり知られていないが、昨年10月からNHKは多くの学生に対し、受信料の支払いを免除している。たとえば親元から離れて暮らし、扶養されている学生、奨学金を受給している学生らである。これも前田氏の若者対策だ。
ただし、残念ながら『おむすび』は若い層の視聴率も低迷している。
<文/高堀冬彦>
【高堀冬彦】
放送コラムニスト/ジャーナリスト1964年生まれ。スポーツニッポン新聞社の文化部専門委員(放送記者クラブ)、『サンデー毎日』編集次長などを経て独立。月刊誌『GALAC』(放送批評懇談会発行)前編集委員。現在は『デイリー新潮』『婦人公論jP』『JBPRESS』『日刊SPA!』などに執筆中
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