愛媛県では、なぜヘルメット着用が浸透しているのか?
今年7月の警察庁による全国調査で、各都道府県における自転車利用時のヘルメット着用率が発表されました。全国平均は13%ですが、1位の愛媛県は約70%とヘルメットをしている人のほうが多数派という驚きの結果に。
昨年に続く2年連続の1位ですが、愛媛県ではなぜこんなにもヘルメット着用が浸透しているのか?その謎に迫りました。
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■愛媛県はなぜヘルメット大国に?
新卒で『週刊プレイボーイ』に配属された新人編集者のサエキです。愛媛県で生まれ育った私が東京で感じるカルチャーショック。そのひとつが、自転車に乗っている人のヘルメット着用率の低さです。
地元だとほとんどの学生が、大人でもかなりの人数がヘルメットを着けているのに、東京だと着けている人のほうが珍しい。
東京って不思議な場所だなぁとぼんやり思っていると、ヘルメットに関するニュースを発見。なんと愛媛県のヘルメット着用率は全国でもぶっちぎり1位で、2位の大分県を21ポイントも引き離しているではありませんか!
驚きだったのは愛媛県以外のヘルメット着用率の低さです。最下位の大阪府では、5.5%とヘルメットをしている人を見つけるのが難しいくらいの結果に。なぜ愛媛県のヘルメット着用率だけがぶっちぎりで高いのか?その理由を知るため、愛媛県庁を取材しました。
まず取材に応じてくれたのは、愛媛県庁消防防災安全課の萩山 誠さん。
なぜ愛媛県のヘルメット着用率はこんなにも高いんですか?
「一番大きな理由は、高校生の通学時のヘルメット着用が2015年から17年にかけて義務化されたことにあります。愛媛県に来てもらうと、ヘルメットを着けずに自転車を漕いでいる制服姿の高校生はまず見かけないと思います。なので、若者世代が着用率を底上げしてくれているといえます。
他県に先駆けてヘルメットの着用を義務化した背景には、14年に2件起きた自転車乗車中の高校生の死亡事故があります。この痛ましい事故を受けて、保護者や学校関係者からヘルメット着用の必要性について多数の声が上がった結果、県を挙げて高校生のヘルメット着用義務化に向けて動きました。
なお、義務化にあたっては県教育委員会が中心になって教育振興会の協力を得て、県立高校の全生徒にヘルメットの無償配布を行ないました」
全員に配布って、ものすごいお金と手間がかかりそうですね......。無償での配布になった背景には何があったんですか?
「ヘルメットは安いものではないので家庭の負担軽減を図りたかったのと、着用の浸透を大幅に進めるのも目的でした。もともと着用している人が少ない中、一気に着用を広げるには無償配布の必要があるという結論に至りました。
そして当然のことですが、高校生に着用を義務づけるからには県庁の職員もヘルメットを着用するようにしていきました。
最初は県庁内でもヘルメットに抵抗がある人もいたと思いますが、定期的に着用調査を行なって、着用していない職員にはその場で指導するなどして職員が県民の模範となるように取り組んできました。今では県庁の職員で自転車通勤時にヘルメットを着けていない人はいないと思います」
高校生以外の県民に着用を呼びかけるために、どのような施策を取っていますか?
「交通安全教室やフィールドワークを実施して、県民の交通安全への意識を高める活動をしています。自転車に限っていうと、ヘルメット着用を呼びかけるためのチラシを作製して配っています。
ほかには、消防防災安全課主催で交通安全に関するCMコンテスト『えひめ自転車交通安全CMコンテスト』を開催しています。県民から手作りのCMの企画案を募り、優秀作品は愛媛の地方局である南海放送で実際にCMとして放送されます。
昨年の同コンテストで『大人もヘルメットをかぶろう』部門特別賞を受賞した作品は、高校生を含む子供世代が大人にヘルメット着用を呼びかける動画でした。
私たちは最終的な目標としてヘルメット着用率を100%にして、できるだけ自転車乗車時の事故によるケガを減らしていければと考えています。そのために、大人世代の着用率をさらに上げていくことを中期的な目標にしています」
子供世代から大人世代への呼びかけは効果がありそうですね。
愛媛では子供世代と比べて大人世代がヘルメット着用を怠りがち。CMを通して大人世代にも着用を呼びかけています(提供/愛媛県庁消防防災安全課)
■愛媛の自転車文化のルーツは台湾にある
愛媛県庁には、自転車に関する課が独立して設置されています。その自転車新文化推進課の石丸正雄さんにも話を聞きました。
推進課では具体的に何を担当しているのでしょうか?
「しまなみ海道でのサイクリングを中心とした、愛媛県の産業としての自転車新文化推進を担当しています。
そもそも愛媛県は自転車に対する認識が他県と比べて少し違うんです。私たちは自転車を買い物や通学通勤のための移動手段としてだけではなく、利用者に『健康・生きがい・友情』をもたらしてくれるものだと考えています。これらすべてをまとめて、『自転車新文化』と位置づけています。
この考えは、現職の中村時広知事が就任した10年に、愛媛と広島を結ぶしまなみ海道の魅力を世界に発信しようとしたことに始まります。その活動の一環として、知事は台湾の世界最大級の自転車メーカーであるジャイアント社の劉 金標会長(当時)と面談しました。
知事が会長にしまなみ海道を活用して地域を活性化したいと相談したとき、会長が『地域活性化を目的にすると失敗する。まず、自転車そのものの魅力を伝えないとうまくいかない』と語り、それに知事が感銘を受けたことをきっかけに愛媛県の自転車新文化事業は始まりました。
つまり、地域の活性化を最初の目的にするのではなく、自転車文化を県民に広めていく中で結果として地域が活性化するようにしていくこと。これが、愛媛県の自転車新文化推進施策の中心にあります。
その施策には自転車の安全利用も当然含まれており、全県的にヘルメット着用を呼びかけるようになっていきました。そして13年にはヘルメット着用を努力義務とする条例を制定、その後高校生の死亡事故を受けてさらにヘルメットの着用は広がっていくことになります」
■成長を続けるサイクリング文化
愛媛では何年もかけてヘルメット着用のための基盤が整えられていたんですね。しまなみ海道は、その後どのように発展しましたか?
「劉会長がしまなみ海道を訪れてサイクリングした際、『まさにサイクリングパラダイスだ』と発言し、それが国際的にも話題になりました。
また、県知事や県議会議員がしまなみ海道をサイクリングするイベントを実施して、県のトップから自転車の楽しさを県民に伝える活動をしました。その後14年には『第1回サイクリングしまなみ』という大規模な大会を開き、多くの県民に参加してもらっています。
この大会のおかげでしまなみ海道はサイクリストの聖地として認知されるようになり、愛媛県は世界にも認められるサイクリングランドになりました。最近ではしまなみ海道を走る人の多くが海外からの観光客になっていて、県の産業として大きな力を持っていると感じます」
サイクリストなら誰もが知るしまなみ海道。コロナ禍が落ち着き、多くの外国人観光客がサイクリングを楽しんでいます(提供/サイクリングしまなみ実行委員会)
台湾との交流が愛媛の自転車文化を大きく成長させたんですね。ほかにはどのようなイベントを?
「愛媛県が旗振り役をして、四国4県をサイクリングで一周するイベントを開催しています。同イベントでは、一定期間内に四国を一周できたら完走賞とメダルが贈られます。現時点では約5000人がエントリーしていて、完走者はすでに2000人を超えているほど盛り上がっていますよ。
このような大きなイベントのほかにも、自転車産業をブランド化するための取り組みを多く行なっています。例えば『愛媛サイクリングの日』を設けて県内で一斉に自転車に関するイベントを開いて、子供向けの自転車スクールなどを行なっています。
また、車道や歩道とは別に自転車が走行するための道を設置するなど、県民が自転車文化を楽しく、かつ安全に享受できる街づくりを目指しています。その一環として県を挙げてヘルメット着用を呼びかけた結果が、今年7月の69.3%という高い着用率に表れたんだと思います」
新人編集サエキが地元愛媛で当たり前だと思っていたヘルメット。他県の人も見習って、日本がヘルメット大国になってほしいです!
イラスト/福田嗣朗
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