11月11日(月) 7:00
2024年7月から兵庫県神戸市とJR西日本が連携して取り組んでいる「団地まるごと駅マエ化プロジェクト」。これは郊外団地の「駅からちょっと遠い」問題を、住宅と移動手段をセットにしたプランで解決を図る実証実験。具体的には、神戸市が指定する住宅に入居すれば、JR西日本の通勤定期券と電動マイクロモビリティのシェアサービスの利用クーポン券が手に入る仕組み。駅から住まいの距離が縮まることで、郊外団地の暮らし方に変化が生まれそうな気配だ。
団地の空き家を抑制するきっかけづくりに実証実験の舞台となるのは、神戸市の都心から西へ約15kmに位置し、神戸市垂水区と明石市にまたがる明舞(めいまい)団地。なだらかな丘陵地に集合住宅が立ち並び、その規模は南北約3km、東西約1kmにも及ぶ。多くの人が最寄駅のJR朝霧駅からバスを利用するものの、住む場所によっては、徒歩の場合、アップダウンのある道のりを20分以上歩く必要がある。
入居が開始されたのは1964(昭和39)年。世は高度成長期で、全国各地において大規模団地の開発ラッシュが起こった時期と重なる。国勢調査によると、ピーク時の1975(昭和50)年には同団地の人口は3万人以上を誇ったものの、高齢化や生活様式の変化により、2015(平成27)年には約2万人余に減少。現在社会問題として議論されつつある、団地の高齢化と空き家の増加は明舞団地も例外ではない。
今回のプロジェクトはその問題解決の糸口として期待されている。事の始まりは2023年、神戸市建築住宅局政策課とJR西日本との情報交換を兼ねた打ち合わせの席。駅からちょっと遠い郊外団地の活性化を目指す神戸市と、JR沿線の魅力発信を狙うJR西日本の両者の思いが一致し、話はトントン拍子で進んだ。そこに“街じゅうを「駅前化」するインフラをつくる”をミッションに掲げる、電動マイクロモビリティのシェアサービス(LUUP(ループ))を提供している株式会社Luupも加わり、三者によるプロジェクトが動き出した。
明舞団地の一角にある神戸市が運営する賃貸住宅「シティハイツ狩口」はJR朝霧駅から徒歩約10分。このプロジェクトに参加する場合、まずはここに入居するのが条件だ。対象となるのは2024年7月1日から2025年1月1日に新規入居する若年ファミリー世帯(夫婦年齢合計80歳以下または未就学児のいる世帯)となる。
その後、「こうべぐらし応援補助金『住みかえーる』」に申請し、同補助金の交付決定後「団地まるごと駅マエ化プロジェクト専用フォーム」から申し込むことになる。一連の申請作業を終えると、JR西日本の定期券とLUUPの利用クーポンが手元に届く流れだ。
シティハイツ狩口はエレベーターがない5階建てながら、間取りは3LDKで家賃73000円。子育てに十分な間取りである上に、仲介手数料・礼金・更新料が無料。しかも新婚・子育て・多子世帯のいずれかの場合は月額家賃が2割減免される。上階にあるフローリング13.4畳のLDKに面したバルコニーからは明石海峡が望め、ちょっとしたリゾート気分も味わえるのが嬉しい。
特典となるJR西日本の定期券は、明石駅~三ノ宮駅間の記名式ICOCA通勤定期券6カ月分・愛称「きっかけエリアパス」。この区間内にある駅なら自由に乗降が可能なため、最寄駅の朝霧駅以外でも利用可能。これまで降り立つことのなかった駅で降りて、沿線の魅力を再発見することもできそうだ。
また電動キックボードと電動アシスト自転車のシェアリングサービスLUUPは、朝霧駅や明舞団地周辺に合計40台停車可能な、12ヶ所のポートを設置済み。ポート間の乗り捨てが可能で、坂の上にある集合住宅と朝霧駅間を必要以上の体力を消耗せず好きな時に移動できる。本来なら利用ごとに基本料金50円と1分毎に15円必要だが、同プロジェクトに参加すれば最大10分×100回分のクーポンが手に入る。
「現時点(2024年9月)ではプロジェクト開始以降における新規入居者はいませんが、シティハイツ狩口を住み替え候補に検討している方はいるようです」と語るのは神戸市建築住宅局政策課の高見大地(たかみ・だいち)さん。入居の対象期間が7月から翌1月が引越しのオフシーズンに当たるというのも、反応の鈍さの原因の一つと考えられる。一方で「データを見るとLUUPの利用は比較的活発なようです」と少なからず手応えを感じているようだ。実際に朝霧駅前周辺ではさっそうとLUUPに乗ってやってくる住民の姿を見かけた。
高見さんらはこのプロジェクトを周知しようと、9月にはLUUPの試乗会も実施。朝霧駅まで移動に30分かかる明舞団地の離れたエリアからでも、このLUUPを利用すれば約10分でたどり着く。電動キックボードに苦手意識があるという場合は電動アシスト自転車もある。利用者が増えればポートも数も増やしていくことも検討しているようだ。
「この団地は交通の便が悪い場所もあるので、住人の方が外出するきっかけにはなると思います。ただ、若い人は問題なく利用できる人が多いようですが、(LUUPは)足腰の弱い高齢者の人にはどうかな、という印象はあります」と語るのはめいまい保健室の山本裕子(やまもと・ゆうこ)さん。2016年から周辺住民の健康や生活の悩みを、誰もが相談できる同室を運営する。
子育て世代の相談も対象としているものの、実際は高齢者への対応が業務の中心という山本さん。同団地の高齢化に伴うさまざまな問題を数多く見聞きしてきた。その上で「今は若い世代が経済的に子どもを育てにくい状況。そこで彼らを惹きつける魅力やお得感をもっと発信して、彼らがこの団地に移り住んでくれることに期待しています」と思いを述べる。なお、LUUPでは将来的に、ご高齢の方も乗ることができる新しいモビリティの導入を目指している。
「この団地で生まれ育ち、今も活動している身としては、ぜひ盛り上がってほしい」と語るのは株式会社フロッグハウスの清水大介(しみず・だいすけ)さん。古くなった団地の一室を買い取り、数多くのリノベーションを手掛けている。取材も明舞団地の一室で現在進行中の施工現場で行った。
「分譲の場合、築年数が経ってしまった団地は、間取りの古さやエレベーターがないことから非常に安く売り出されます。しかし外部の修繕や共用部の窓やドアの交換等の管理が行き届いているものもあり、断熱工事や内部の配管の更新、さらに間取りを若者向けにするなどすれば、コスパよく住むことができます」。団地をハード面から見てきた清水さんだけに、住居としての団地の魅力を独自の視点で語る。ハード面での団地の魅力は賃貸でも同じことが言えるだろう。
「『団地』と聞いただけで、選択肢から外す若い人も多いですが、住居としてしっかり評価してもらいたいですね。それに明舞団地は計画的に開発されているから、学校や医療機関も揃っている。しかも海に近く自然もある。まだまだポテンシャルを秘めた街ですよ」と故郷の明舞団地について太鼓判を押す。
高齢化や空き家の増加と「ちょっと遠い」という移動の問題が絡み合い、一筋縄ではなかなか解決できそうにない郊外団地の現状。その解決へと導くひとつのヒントとなり得るのが今回の「団地まるごと駅マエ化プロジェクト」だろう。若い世代にとっては、神戸の中心地へもほど近く、風光明媚で快適な住環境を手にする絶好の機会といえる。機会があれば参加者の声も拾い上げてみたい。
ちなみにこの取り組みは、何かを新たに建設するまちづくりではなく、今すぐできるシンプルなアイディアを加え解決していく考え方や他業者を巻き込んだフットワークが評価され、2024年度のグッドデザイン賞を受賞した。これを受け、今後他のエリアでも同じような取り組みが広がっていく契機になるかもしれない。
●取材協力
神戸市「
団地まるごと駅マエ化プロジェクト
」
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