白黒のサイレント映画『ブランカニエベス』(12)で注目を集めたスペインの鬼才、パブロ・ベルヘル監督。その最新作『ロボット・ドリームズ』(公開中)では初めてアニメーション映画に挑戦した。主人公はニューヨークで一人暮らしをしているドッグ。友だちがいないドッグは通信販売でロボットを購入する。ドッグとロボットはすぐに仲良くなって、どこに行くにも一緒。ところが、海に遊びに行ったことでロボットが錆びついて動けなくなり、さらに思わぬトラブルが重なってロボットは行方不明になってしまう。果たして2人は再会することができるのか?ベルヘルはセリフを一切使わずにドッグとロボットの友情の行方を描きだしていく。
【写真を見る】アース・ウィンド&ファイアーの「セプテンバー」が彩るドッグとロボットの友情
■アース・ウィンド&ファイアーの「セプテンバー」が重要な楽曲として登場
原作はグラフティノベルで、ベルヘルは独自に肉付けをして映画的な奥行きを生みだしている。例えば、『オズの魔法使』(39)や『サイコ』(60)、『マンハッタン』(79)など様々な映画にオマージュを捧げたシーンが盛り込まれているところは、『ブランカニエベス』を「サイレント映画へのラヴレターとして撮った」というベルヘルの映画愛と遊び心が感じられる。
アニメーションの表現にはディズニーから高畑勲まで様々な作家からの影響を感じさせるが、そんななかで重要な役割を果たしているのがアース・ウィンド&ファイアーの「セプテンバー」だ。映画では仲良くなったドッグとロボットが曲に合わせて公園で踊るシーンが丁寧に撮られていて、ベルヘルは観客に曲をしっかりと聞かせている。
■離ればなれとなったドッグとロボットの心情を「セプテンバー」が表現
アメリカのR&Bバンド、アース・ウィンド&ファイアーが1978年に発表した「セプテンバー」は、世界的に大ヒットした彼らの代表作。そのファンキーでポップなサウンドは、当時ブームだったディスコで人気を呼んだ。ベルヘルはドッグとロボットのテーマソングになるような曲を探して、ふと頭に浮かんだのがこの「セプテンバー」だった。
「セプテンバー」は「Do You Remember?(覚えているかい?)」というフレーズから始まって、恋人と9月に出会って楽しく踊り明かした日のことが回想される。『ロボット・ドリームズ』は月ごとに物語が展開して、ロボットが海で動けなくなるのが9月。離ればなれになったあと、なかなか出会えないロボットとドッグの相手を思う気持ちがどんなふうに変化していくのか。それが重要なところであり、大切な人との出会いや楽しかった日々を思いだす「セプテンバー」の歌詞が、物語が進むに連れて大きな意味を持ち始める。セリフがない映画だけに、歌詞がドッグやロボットの心情を表現しているようだ。
■映画を観終わったあと、「セプテンバー」への印象も変わるはず
初めて付き合った恋人や学生時代の友だちなど、様々な事情でいまは会わなくなってしまったけれど、彼らと過ごした楽しい時間をふと思いだす、というのは誰もが経験していること。だからこそ、なかなか再会できないドッグとロボットのすれ違いに人生を感じたりもする。また、劇中にはオリジナルだけでなく、ピアニストのペーテル・ベンツェ、本作の音楽を担当したアルフォンソ・デ・ヴィラロンガによるアレンジ曲も使用され、それぞれの場面に寄り添い彩っていく。そして、映画を観終わったあとには「セプテンバー」が踊れる曲から泣ける曲へと変わっている。
それくらい「セプテンバー」は、本作にとって重要な曲だ。しかも、歌詞に「覚えているかい?9月21日の夜のことを」という一節があるが、その日は偶然にもベルヘルの娘の誕生日だった。「セプテンバー」が『ロボット・ドリームズ』に使われるのは運命だったのかもしれない。
文/村尾泰郎
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