【メイクする手がプルプル震えて...】11月8日、国立代々木第一体育館。GPシリーズ・NHK杯女子シングルのショートプログラム(SP)で最後の演技者だった。世界女王の降臨だ。
NHK杯SPで首位発進した坂本花織
坂本花織(24歳/シスメックス)は、きらきらと輝く赤い衣装を身にまとい、氷上で大観衆を虜にした。とにかく雄大で、疾走感のある演技だった。本人は「6割程度」と未完成であることを強調するが、他と一線を画している。
「一個一個を丁寧にできたかなって思います。(演技後の)不安はあまりなく、あとは人が決めるスポーツなので、どう評価されるか、楽しみでしたが......(点数が)予想を上回ったので、少しびっくりしました」
そう語る坂本は、78.93点を叩き出して首位に立った。今シーズン、世界最高得点の更新だ。彼女はどこまで進化を遂げるのか?
「会場入り前から緊張して、メイクするのに支障が出るくらいでした。左のアイライナーを引けないくらい、手がプルプルと震えて」
演技後、坂本は明るい声で言っている。全日本選手権3連覇、世界選手権3連覇、GPファイナル女王でも、そこまで不安があるものなのか。
「NHK杯ならではの緊張感もありますが......今まではやってきたことができるか、という不安で。今年はまだ、その段階までいっていなくて。いつもの世界選手権では90%の自信があるんですけど、今は60%くらい。どこまでできるか、試しているという緊張感ですね」
彼女は冷静に自身を見つめているが、その誠実さが彼女に女王の輝きを与えるのだろう。
「練習でしっかりできると、もう少しいいクオリティ(の演技)をできるはず。今日はひとつの基準になるかなって」
【思い描く姿と現実の差がなくなってきた】坂本は『天使の復活/天使の死』のプログラムに自然に入り込んでいる。
タンゴのリズムに情愛が浮かび上がると、得意のダブルアクセルを完璧に降りた。バイオリンが奏でる音に体を揺らしながら、高難度の3回転ルッツも着氷。ふたつのスピンはレベル3で、喝采を浴びる。スピード感が高まり、3回転フリップ+3回転トーループでは11.96点という高得点を叩き出した。
「今日はルッツが、自分のなかではいいのが跳べました。(プログラムの)真んなかにスピンがふたつ続くんですが、曲のテンポが速くなると、(回る)数が足りないってことがあるんですが、今日は落ち着いてできました」
そしてハイレベルなステップもやり遂げ、圧巻の出来だった。フィニッシュポーズをしたあと、自らを称えるように頷いていた。
「最初、ステップはメリハリをつけているはずが、自分が思い描いている姿と実際の映像の姿の差がありました。暴れ回っているというか、バタバタと手足を振り回している感じで(笑)。『花織、こんなつもりじゃないねんけどな』って思っていました。それがパートごとの練習で、思い描いている姿と実際の姿の差はなくなってきて。練習を積み、だいぶ思っているように動けているのかなって思います」
坂本は、自らをスケーターとして別次元に導くことができる。その調整力は傑出。多彩な曲を表現する力にもつながっている。
【壷井達也の演技を力に変えて】そしてもうひとつ、彼女は練習から試合までのプロセスで仲間の力も取り込める。個人スポーツのフィギュアスケートで、それは特筆すべき異能だ。
「今日は、一緒に練習してきたタッちゃん(壷井達也)がすごい演技(SP3位)をしたので、自分も精一杯やらなきゃって気持ちになりました。会場についた時は、日本人選手(で男子シングルSPは1、2、3位独占)が残っていたので、いろんな人にパワーをもらって。緊張していたはずが、会場入り後は集中になって切り替えられたと思います」
壷井が何度となく曲をかけ、4回転サルコウを降りられるようになった。それを本番で成功させたことで、坂本も激しく感情を揺さぶられたという。
「映像を見ながら泣きそうになったんですが、泣けへん!って。せっかくメイクしたあとだったので(笑)。でも抑えきれなくて、真下に涙を垂らして......」
周りと共鳴できる彼女のパワーは無尽蔵だ。
「昨シーズンまでは世界選手権3連覇が目標でした。今季は4連覇よりも、来シーズンの(2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ)オリンピックに向けたシーズンと捉えています。今シーズンの1試合1試合が来年に響いてくるので、今は2シーズンをつなげてひと括りにし、取り組んでいるところです。最終の目標はオリンピックだと思っているので」
11月9日、フリー。坂本はミュージカル『シカゴ』より『オール・ザット・ジャズ』を滑る。
「見ている方が乗れる曲だと思うので。みなさんに乗ってもらって、自分もそれに乗れるように」
坂本は最終滑走だ。
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