近江八幡、築100年近く現役の西洋デザイン名建築の宝庫!建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの作品を建築ライターが巡ってみた

(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

近江八幡、築100年近く現役の西洋デザイン名建築の宝庫!建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの作品を建築ライターが巡ってみた

11月8日(金) 7:00

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特定のエリアに、全国的に名が知れた建築家が設計した建物が多く立っていることはそうあることではありません。それも100年近くも使われ続けているというならなおさら。
滋賀県近江八幡市は、1905年にアメリカから来日し、日本で数多くの建築を設計した建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズが拠点とした街で、多くの建築が現役で使われ続けています。全国にファンの多いヴォーリズの建築を街の資産として受け継ぎ、市民や観光客が憩うという動きが広がっています。

細やかな気遣いが光るヴォーリズ建築

ヴォーリズ建築の魅力は、使い手のことを考え抜いた結果生まれた独自のデザインでしょう。採光・通風のための大きなガラス窓や、ベッドを用いた寝室、システムキッチンなど、現代では当たり前となった近代的なライフスタイルをいち早く設計に取り入れていました。それも、アメリカの建築がそうなっているから、という単純な考えからではありません。正規の建築教育を受けずに独学で建築の設計を手掛けるようになったヴォーリズは、当時の建築デザインの潮流だけでなく、日本人の生活もよく観察し、健康的に生活するための理想的な建築を追求していきました。


ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880年~1964年)の肖像。1941年に帰化し、一柳米来留(ひとつやなぎ・めれる)と名乗った(画像提供/公益財団法人近江兄弟社)

近江八幡市内の広場に設けられたヴォーリズの銅像
近江八幡市内の広場に設けられたヴォーリズの銅像(写真撮影/筆者)

近江八幡市に残るハイド記念館(1931年竣工)。2003年まで幼稚園舎として使用されていた。縦に長い窓が特徴的
近江八幡市に残るハイド記念館(1931年竣工)。2003年まで幼稚園舎として使用されていた。縦に長い窓が特徴的(写真撮影/筆者)

ハイド記念館の体育館。両サイドに加えステージにも窓が設けられ、明るい空間が実現されている
ハイド記念館の体育館。両サイドに加えステージにも窓が設けられ、明るい空間が実現されている(写真撮影/筆者)

ヴォーリズの活動の根底には、キリスト教への篤い信仰があります。教師として近江八幡に赴任したヴォーリズは、その後、一信徒の立場で伝道活動を開始。その資金を賄うために建築設計事務所を立ち上げ、外用薬(近江兄弟社メンターム)の輸入販売を手掛けるなど多岐にわたる事業を展開していきます。事業は成功を収めますが、私腹を肥やすことなくその利益は教会や学校、病院の設立など社会貢献のために使われました。こうしたヴォーリズの姿勢はキリスト教信者か否かにかかわらず広く尊敬を集め、建築とともにその精神が今も近江八幡に深く根付いています。

ハイド記念館展示室。ヴォーリズの来歴が、建築に対する考え方とともに展示されている
ハイド記念館展示室。ヴォーリズの来歴が、建築に対する考え方とともに展示されている(写真撮影/筆者)

実際にヴォーリズ建築を見て歩くと、今見ても新鮮に映る細やかな工夫にあふれています。
近江八幡のヴォーリズ建築探訪の拠点となるヴォーリズ記念館は、すぐ近くに立つハイド記念館(旧幼稚園舎)の教員のための宿舎として建てられた住宅です。外から見ると不自然な位置に開けられた窓は、ここで暮らす人の健康を考え設けられたもの。様式建築の影響が強かった当時、外観デザインのまとまりの良さが優先されていたことを鑑みるとささやかながら常識破りのデザインです。

玄関周りや窓の開閉機構など、人の手が触れる箇所ほど手の込んだデザインが考えられているのもヴォーリズ建築の特徴です。一般化して広く普及することはありませんでしたが、使い手ひとりひとりに合わせて丁寧に検討を重ねた様子が伝わってくるデザインが、今でも人びとに愛される所以なのかもしれません。

ヴォーリズ記念館外観。大小さまざまな大きさの窓が左右非対称の位置に配置されている
ヴォーリズ記念館外観。大小さまざまな大きさの窓が左右非対称の位置に配置されている(写真撮影/筆者)

ヴォーリズ記念館の玄関部分。右手のベンチは靴の脱ぎ履きのために設置されたもの。座面の下が下足入れになっており、背もたれは腰掛けやすいよう斜めの形状
ヴォーリズ記念館の玄関部分。右手のベンチは靴の脱ぎ履きのために設置されたもの。座面の下が下足入れになっており、背もたれは腰掛けやすいよう斜めの形状(写真撮影/筆者)

「三方よし」の合言葉で知られる近江商人の町である近江八幡には、町人が使用していた町家が数多く残されています。また江戸時代に水路として整備された八幡堀は、水郷巡りが人気を集め、河岸にはレストランやカフェなど観光客向けの飲食店も立ち並び、まち歩きのスポットとして観光客を集めています。

近江八幡市内に残る町家の保存活用を手がけてきた近江八幡まちや倶楽部では、空き家となっていたヴォーリズ設計の邸宅、ウォーターハウス記念館の活用を引き受けることになります。ウォーターハウス記念館はヴォーリズと共に伝道活動を行った米国人ウォーターハウスの住宅として建てられました。一棟貸しの宿泊施設として宿泊可能なほか、ヴォーリズゆかりの料理を振る舞うランチ会なども企画し、ヴォーリズ建築を広く知ってもらう機会を提供しています。

また近江八幡まちや倶楽部では今年、ウォーターハウス記念館からヴォーリズ記念館まで合わせて9棟のヴォーリズ建築を歩いて回るスマホアプリ版のオーディオガイドをリリースしました。近江八幡市に点在するヴォーリズ建築を巡るツアーとして、年2回開催される特別ツアーや申込制の観光ボランティアによるガイドなどがある一方、個人で自由に見て歩くための情報提供はこれまで十分に進んでいなかったそう。より気軽に体験できるオーディオガイド(スマートフォンアプリ)を通じて近江八幡の町を楽しんでもらいたいという思いから、開発を行ったそうです。記念のフォトカードなどが同梱され1650円で現地で販売。収益の一部を保全活動に充てているとのこと。

堀めぐりのできるお掘。堀沿いには飲食店など観光客向けのお店が点在する
堀めぐりのできるお掘。堀沿いには飲食店など観光客向けのお店が点在する(写真撮影/筆者)

1877年に建てられた擬洋風建築、白雲館などヴォーリズ建築以外にも見所が多い。左端に映る飛び出し坊やの発祥は東近江で、滋賀にはバリエーションが多いとか
1877年に建てられた擬洋風建築、白雲館などヴォーリズ建築以外にも見所が多い。左端に映る飛び出し坊やの発祥は東近江で、滋賀にはバリエーションが多いとか(写真撮影/筆者)

古い町並みが残る町人街。町家を改修したカフェや土産物屋などもあり、散策が楽しめる
古い町並みが残る町人街。町家を改修したカフェや土産物屋などもあり、散策が楽しめる(写真撮影/筆者)

まちや倶楽部が管理するウォーターハウス記念館。中央の煙突と玄関のサンルームが外観のアクセントになっている
まちや倶楽部が管理するウォーターハウス記念館。中央の煙突と玄関のサンルームが外観のアクセントになっている(写真撮影/筆者)

まちや倶楽部の宮村利典(みやむら・としのり)さん。右手の模型はウォーターハウス記念館を含む3件のヴォーリズ建築(いずれも現存)が連続して立つ様子が再現されたもの
まちや倶楽部の宮村利典(みやむら・としのり)さん。右手の模型はウォーターハウス記念館を含む3件のヴォーリズ建築(いずれも現存)が連続して立つ様子が再現されたもの(写真撮影/筆者)

現在は一棟貸しの宿泊施設として提供されているウォーターハウス記念館の寝室。ヴォーリズ建築のエッセンスが詰まった住宅を体験できる
現在は一棟貸しの宿泊施設として提供されているウォーターハウス記念館の寝室。ヴォーリズ建築のエッセンスが詰まった住宅を体験できる(写真撮影/筆者)

ルート途上に立つ近江八幡教会。現役の教会として使用されている
ルート途上に立つ近江八幡教会。現役の教会として使用されている(写真撮影/筆者)

オーディオガイド「cocokiku」の画面。アプリを立ち上げておくと、位置情報を読み取り該当の音声が流れる仕様
オーディオガイド「cocokiku」の画面。アプリを立ち上げておくと、位置情報を読み取り該当の音声が流れる仕様(提供/近江八幡まちや倶楽部)

市民が保存に立ち上がった、旧郵便局

ヴォーリズ記念館やハイド記念館、ウォーターハウス記念館などはヴォーリズが携わっていた事業を受け継ぎ使用されているものですが、ヴォーリズの事業とは関わりのないところで、市民の力で守られているヴォーリズ建築もあります。

それが旧八幡郵便局です。この建物は、空き家となり廃屋同然で放置されていたものを有志の市民が立ち上げた一粒の会が保存し、現在は市民や観光客が見学できるよう無料で開放されています。また会議やイベント等でも借りることができます(※貸館規定により貸館料要)。

旧八幡郵便局外観。西洋的なデザインが、日本の技術によってつくられている。1921年竣工
旧八幡郵便局外観。西洋的なデザインが、日本の技術によってつくられている。1921年竣工(写真撮影/筆者)

郵便局だった名残をそのまま残す館内。カウンター越しにエントランス方向を見る
郵便局だった名残をそのまま残す館内。カウンター越しにエントランス方向を見る(写真撮影/筆者)

大きく開けられたトップライトが特徴的な1階ホール。左手奥ではカフェを営業している
大きく開けられたトップライトが特徴的な1階ホール。左手奥ではカフェを営業している(写真撮影/筆者)

2階貸スペース、現在は資料整理のため一時休貸。部分的に天井が張り替えられるなど、地道な修繕作業が進められている
2階貸スペース、現在は資料整理のため一時休貸。部分的に天井が張り替えられるなど、地道な修繕作業が進められている(写真撮影/筆者)

一粒の会が活動を開始したのは今から27、8年前のこと。当時はまだヴォーリズの名もあまり知られておらず、全国でヴォーリズ建築の取り壊しが相次いでいたそうです。放置されていた旧八幡郵便局も例に漏れず解体の話がもちあがります。この愛らしい建築が失われるのは惜しいと感じた市民の方々が声を上げ、保存のための取り組みを開始。助成や寄付も受け、建物の所有者もメンバーに加わり、荒廃していた建物の再生に着手しました。改修にあたり、建物を調査するなかで度々増改築が行われていたことがわかったそう。どの部分がヴォーリズの設計した部分なのか判然としなかったものの、あくまで「今ヴォーリズが生きていたらこのようにしたいのではないか」とデザインの意図を汲み取りながら、現在の使い方に合う生きた建物になるように改修を進めているそうです。会長を務める一級建築士の伴政憲(ばん・まさのり)さんは言います。

「ヴォーリズさんの建築からはそこに込められた思いがよく伝わってきます。当時の常識で考えるととんでもないようなデザインが詰まっていて、物事の根本から突き詰めて考える姿勢は現代の我々にとっても勉強になります。通風や採光の考え方もそうですし、井戸を使うのが当然だった時代に水道を通すなど、使い勝手や衛生面を徹底して追求していました。この郵便局はだれでも無料で立ち寄れる場所として開放しています。こんな建築家がいたんだということを知っていただくことで、見る人がなにか得られるものがあるといいなと思っています」

建築業界内での評価が高い建築物の取り壊しが検討される際、地元の建築関係者が中心となって保存運動が組織されることは多々あります。しかし所有権の問題や経済的理由により、取り壊しの帰結となることがほとんど。ここでの活動は、個人の熱意が自分たちにとって大切なものを守る道筋をつくった事例として、建築保存に限らず学べるものがあるのではないでしょうか。

市内のヴォーリズ建築を見て歩くツアーは春秋の2回、近江八幡観光物産協会の主催で開催されており、見学可能なヴォーリズ建築の情報も公開されています。また、ご紹介したオーディオガイドは近江八幡駅前の観光案内所などで販売されています。京都から電車で約40分の近江八幡に残るヴォーリズ建築を訪ねてみてはいかがでしょうか。

●見学情報
(一社)近江八幡観光物産協会

●取材協力
公益財団法人近江兄弟社
まちや倶楽部
学校法人ヴォーリズ学園(ハイド記念館)
特定非営利活動法人ヴォーリズ建築保存再生運動一粒の会


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