最近の日本は、どこに行っても外国人観光客だらけ。お金を落としてくれるのはありがたいけど、渋滞や騒音、マナー違反など数々の問題も起こっている。でも、こういった「オーバーツーリズム」は、ヨーロッパなどでは日本より先に問題視されていたそう。海外の事例を参考に、日本のオーバーツーリズム対策を考える!
■オーバーツーリズム=過度の観光地化
ご存じのとおり、世界は今、空前の「日本旅行ブーム」だ。
日本政府観光局(JNTO)がまとめた2024年8月の訪日外国人数は293万3000人と、前年同月比で36%増、コロナ禍前の2019年同月比でも16.4%増となり、7ヵ月連続で同月過去最高を記録している。
その最大の立役者は円安と、そして値上がり傾向にあるとはいえ諸外国に比べまだまだ安い物価水準が演出する"安い日本"であることは間違いないだろう。
2022年初頭には1ドル=115円前後だった為替相場は、わずか2年半ほどで同150円前後に下落。ドルベースで考えれば「あらゆるものが25%オフ」になったわけだから、当然といえば当然だ。
そしてその一方で、ここまでの訪日外国人観光客の急増により生まれた問題が、毎日のように報道されている。
山梨県富士河口湖町では、富士山を背景にした"映え写真"が撮れるローソンに観光客が殺到。無秩序な道路の横断、私有地への無断立ち入り、ゴミのポイ捨てなどが問題となり、同町は写真が撮れないよう、目隠しの黒幕を張るなどの対策に追われた。
コンビニ越しに富士山を望む構図が外国人観光客に人気となった山梨県富士河口湖町
観光客が殺到して住民の苦情が相次ぎ、今年5月に同町が最終手段として「目隠し」設置に踏み切ることに。当初は黒色だったが、7月に周囲の景観に合わせて茶色になった。現在はすっかり落ち着いたため、撤去された
京都市では市民の足となっている市営バスが外国人観光客の移動に使われ、市民が不自由を強いられるという状況が長く続いている。
外国人観光客の主要入出国ルートのひとつとなっている関西国際空港でも、大阪市の中心部、梅田からのリムジンバスが大混雑。時間帯によっては30分待ち、1時間待ちが当たり前になっている。
また外国人観光客による"ふらちな振る舞い"も課題視されている。
東京都渋谷区や新宿区では、開放感を味わいたい外国人観光客による路上飲酒が当たり前の光景に。横浜市内のコンビニ・ミニストップでは、「外国人によるたばこの窃盗事件があった」として、夜間の外国人向けのたばこ販売を取りやめるという掲示を行ない、後に「不適切」として撤去する騒動に発展した。
直近の例では、チリ人姉妹のインスタグラマーが神社の鳥居で懸垂をするなどの動画を投稿し、多くの非難の声が上がった。
「このような『過度の観光地化によって、地域住民の生活環境や観光客の観光体験に悪影響を与える状態』を、オーバーツーリズムといいます。これは日本だけに限らず、世界各地の著名な観光地の多くが直面してきた課題です」
そう語るのは、立教大学観光学部准教授の西川亮氏だ。
「オーバーツーリズムは2010年代後半から、バルセロナ(スペイン)、ベネチア、ローマ(共にイタリア)、ドブロブニク(クロアチア)、ハルシュタット(オーストリア)などの都市で発生してきました。
観光というのは、外部から人が来て、食事や買い物、宿泊にお金を使ってくれることで、地域の経済の活性化に役立つだけでなく、異文化の交流という目に見えないメリットをもたらしてくれます。しかしオーバーツーリズムは、そうしたメリット以上に市民生活などへの悪影響が生まれるため、放ってはおけない状態なのです」
■世界の観光地でも問題大量発生!
海外の都市では、どんな問題が発生したのだろうか。
「例えばベネチアでは、クルーズ船で来訪する観光客が問題となりました。その巨体が街並みには似つかわしくないことに加え、クルーズ船の観光客は、日中は街中を散策しますが、夜は船に戻ってしまいます。
そのため、街中の混雑を引き起こす一方で、経済への効果は限定的だったのです。また、クルーズ船を利用しない観光客も増加したことが、住宅の『民泊化』を引き起こし、既存のアパートの家賃が急騰、地元住民は住み続けることが困難になりました。
ローマではスペイン広場で映画『ローマの休日』をまねて階段に座りジェラートを食べる観光客があふれ、通行もままならない上、ゴミを散らかし、美観を損ねる状態になりました」
なるほど。となると、なんらかの対策が必要だが......。
「当然、こうした課題に直面した各都市、地域は対応に頭を悩ませることになります。具体的な対策として挙げられるのは、観光客の時間的・空間的な分散に向けた施策、つまり近隣の別の観光地へ誘導したり、時期や時間をずらしての来訪を促すような働きかけです。
しかし観光客の多く、例えば10人いたら8、9人は特定の時期や時間に特定の場所に行きたいという思いがあるため、これがなかなか簡単ではないんです。
また来訪者の抑制のための宿泊施設の規制は、陸続きであれば近隣地域に宿を取ることで骨抜きにされちゃいますし、観光地にとっても宿泊という要素がなくなるので、経済への効果が限定的になってしまうというデメリットがあります」
やはり諸外国も、日本と同じ悩みを抱えていたわけだ。
「富士河口湖町のローソンの問題に似た例では、先ほど挙げたハルシュタットが同様の取り組みを行ないました。ハルシュタットは山沿いの村で、アニメに出てきそうな美しい山々に抱かれた街並みが美しい"映えスポット"です。
ここも、同じ撮影ポイントに観光客が殺到したため、目隠しの柵を設置したんです。しかしあまりにも不評で、数日で撤去することになってしまいました」
オーストリアのハルシュタットは、ディズニー映画『アナと雪の女王』のモデルになったと噂される美しい村
しかし、観光客の自撮りが増えすぎたため、柵が設置される事態に。不評のために数日で撤去されたという
となると、なかなか有効な対策はない?
「わずかな成功例のひとつは、ドブロブニクのケースです。アドリア海に面したリゾートとして知られるこの街の課題は、ベネチアと同じく大型クルーズ船の来港でした。
多いときには1日5、6隻のクルーズ船が来港し、街は観光客であふれてしまっていたのです。そこで街は行政指導を行ない、来港を1日2隻までに絞りました。
ただこれは、主たるターゲットが船に限定されていたからできたことであって、一般化するのはなかなか難しいと思います」
もちろん、こうした過度の観光客の来訪が地元民のネガティブな行動を引き起こすケースも少なくないという。
「同じくオーバーツーリズムに悩むバルセロナでは、地元住民が物価の高騰に抗議するため、観光客に水鉄砲で水を浴びせるという抗議活動を行ない、世界的なニュースとなりました。
ただ、こうした行動は、その街の評判を落とすことにもなります。それでも観光客が減ればいいという考え方もありますが、一方で観光の持つ経済振興や異文化との交流というプラスの面も同時に捨て去ることになる。難しい問題です。またこれが過熱すると、レイシズム(人種差別)にもつながりかねません」
■一極集中から分散型の観光地へ
では日本は、このオーバーツーリズム問題にどう対応すればいいのだろうか。
「宿泊税を徴収するなど、金銭的なハードルをつくることもできますが、行動の抑止力としては弱いと思います。地道な活動ではありますが、有名な観光地以外でも地域住民と共に各地域が魅力を掘り起こしていき、先に述べた空間や時間の分散を粘り強く進めるしかないと思います。
その取り組みを現在行なっているのが、京都府です。京都府の観光はどうしても京都市内およびその周辺の神社仏閣に集中していますが、これに対し『海の京都』『森の京都』『お茶の京都』をテーマに、京都が内包する別の魅力を訴えようと、地域資源を発掘してPRしています。
このように一極集中している所を減らして観光需要を広いエリアに分散させれば、オーバーツーリズムを防ぎつつ、観光の持つ経済振興と異文化交流を享受することができると思います」
京都府は日本海に面する京都府北部地域を「海の京都」として、京都市内に比肩する国際競争力を持つ観光圏とすることを目指している。写真は「日本三景」のひとつである宮津市の天橋立
「常世の浜」とも呼ばれる夕日の名所、京丹後市網野町の夕日ヶ浦
でもそうした「別の魅力」を探すのは大変では?
「実はそうした場所を探すに当たっては、外国人観光客の視点は重要だと思います。富士山は日本人にとってある意味"当たり前にある山"ですが、日本のシンボルとして外国人をあれだけ集めるようになると考えていた人は多くないでしょう。
またコンビニと富士山を組み合わせた写真がウケるというのも、日本人にはなかった視点です。そうした外国人の目を通して私たちが知った日本の魅力を生かせば、観光客の分散化に役立つのではないかと思います」
でも、英語が苦手だったりして、外国人観光客とコミュニケーションを取ることにハードルを感じる人も多いですよね......。
「外国人と会話できるようにしたいと、地域で英会話教室を始めた観光地もあります。こういう『国際化』は良いことですし、対話による相互理解の促進は必要不可欠だと思います。日本はこれまで、国内の観光需要で各観光地が潤ってきました。
インバウンドが増えた現在でも、日本国内での旅行消費の8割弱は日本人観光客によって支えられています。これは諸外国ではあまり例のないことです。
ただそのことが、"外国人慣れしていない観光地"をつくってしまった。日本人同士なら明文化しなくても"あうんの呼吸"でなんとかなるところが、外国人相手だとそうではない。よけいな摩擦を生まないためにも、ルールは明文化する時期に来ていると思います。ある部分、日本の良さは失われてしまうかもしれませんが」
■外国資本による観光地の"乗っ取り"
そうした取り組みがなく、オーバーツーリズムによる諸問題をそのまま放置し続けると、観光地はどうなってしまうのだろう?
「観光客向けの地域へと加速していくと考えられます。日本には実際に地域の生活者にはまったく縁のない『外国人観光客向けのテーマパーク』になっている観光地もあります。そして、観光客が外国人になるだけでなく、観光客を受け入れる側が外国人になっていくということも起こりえます」
なんと......具体的にはどこで起こっているのだろうか。
「日本において最も外国人向けの開発が進んでいるのは、たびたび話題になる北海道のニセコ地域です。
ニセコには英語の看板があふれ、まるで日本ではないかのような街並みとなっており、外国人旅行者に向けたきめ細かなサービスが用意されています。そのため外国人旅行者はまったくストレスなく、日本の上質な雪でのスキーやスノボを楽しむことができます」
それはそれでいいことのように思えるが?
「ただ、ニセコがこうなった背景には、早い時期から外国の資本が入り、外国人の経営による外国人向けの宿泊施設やレストラン、各種サービス業が営まれていたことを忘れてはいけません。つまり外国人観光客が日本に来て使ったお金が外資により回収され、地域への経済効果が限定的になってしまうのです。
実際、オーバーツーリズムが進んだ海外では、地域の商店街が『観光客が好きそうなお土産物を並べる店』『観光客受けするレストラン』に取って代わり、もともとあった地域のコミュニティや文化が消え去ってしまっている所があります。
こうしたことが外資によって行なわれると、もともと住んでいた人にとっては暮らしにくい土地になり、地域のコミュニティが破壊され、空洞化してしまうのです。
ヨーロッパのスイスやデンマーク、アジアではインドやタイ、フィリピンなどといった国とは違い、日本では外資による土地の取得に制限が課せられていないこともあり、こうした事態が急速に進むことも考えられます。日本の有名観光地が"ニセコ化"しないよう、対策をきちんと取るべき時期に来ていると思います」
日本観光がそんな不幸な終着点に行き着くことがないよう、行政には先手先手の対応が求められる。
●立教大学観光学部准教授西川亮(にしかわ・りょう)
1985年生まれ、東京都出身。東京大学工学部都市工学科、同大学大学院工学系研究科都市工学専攻修士課程修了後、(公財)日本交通公社に研究員として勤務。2018年に博士(工学)取得後、立教大学観光学部助教を経て、2021年から現職。専門は観光まちづくりや観光政策、都市計画。主な著書に『観光地経営の視点と実践』(丸善出版、共著)、『ポスト・オーバーツーリズム』(学芸出版社、共著)、『都市を学ぶ人のためのキーワード事典』(学芸出版社、共著)など
取材・文/植村祐介画像/PIXTA時事通信社
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