「16年ぶりに筆を執った」現役女医の作品が、満場一致で新人文学賞受賞。どんな人物か、本人を直撃

山口未桜さん

「16年ぶりに筆を執った」現役女医の作品が、満場一致で新人文学賞受賞。どんな人物か、本人を直撃

11月8日(金) 15:51

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東京創元社が主催する鮎川哲也賞は、毎年多くの応募作品が集まる新人文学賞だ。第34回にあたる今年、審査員が満場一致で選出した『禁忌の子』は、医療をテーマにした本格ミステリー作品。

何と言っても冒頭から引き込まれる。救急医・武田の元に搬送されてきた身元不明の溺死体「キュウキュウ十二」の顔は、周囲の誰もが息を飲むほど、武田と瓜二つであった。物言わぬ亡骸は、誰なのか、なぜ死んでしまったのか、武田との関係性は――何も答えてはくれない。旧友で同僚医師の城崎とともに調査に乗り出した武田は、この事件の背景に巨大な何かがあることを知っていく。

著者であり現役の医師である山口未桜さんに取材を行い、本作が完成するまでの道程、作品に込めた思いを聞いた。

高校卒業以来、16年ぶりに筆を執った

――拝読して、現役の医師が医療をテーマに描くことの迫力、そして真実が解明されていくに従って高揚していくところに感銘を受けました。一方で、非常に流麗な文章にも驚かされました。

山口未桜(以下、山口): ありがとうございます。私は最終的に医学部へ進学しましたが、もともと小説が大好きで、作家になりたくて。友人に誘われたのをきっかけに、高校の3年間は文芸部に所属していたんです。誘った当時の部長に聞いてみたら、私がよく休み時間に読書をしているのをみて、勧誘することにしたそうです。書かせたら書ける人なんじゃないかと思った、と(笑)。高校時代はいろんなジャンルの小説を書きました。日常における推理ものやホラーなんかにも挑戦しましたね。今回、コロナ禍や出産・育児を経て、高校卒業以来、実に16年ぶりに筆を執ることになりました。こうして受賞できたことを嬉しく思います。

現実と作品がリンクする点は?

――山口さんは医師であると同時に、私生活ではお子さんを育てるお母さんです。そして、『禁忌の子』はまさに親と子の物語ですよね。そうした観点から、現実と作品がどうリンクするか教えてください。

山口: 私は日々、一般消化器内科医として勤務しています。特に胆膵分野(肝臓、胆嚢、胆管、膵臓などの消化器系臓器)を専門としているため、緊急手術やがんの緩和ケアを行う場面も多々あります。そうしたなかで、ままならない出会いや別れを経験します。一種の無常観とでもいうような死生観が自然と形成されてきたと感じます。

一方で、出産・育児は私を母親にしてくれました。そのときに感じるのは、親から子どもへの愛情はもちろんですが、子どもから親に向かう愛情も確実にあるということです。そうしたものが、これまでの自分の未熟な部分をクリアにしてくれたという感覚もあります。ままならなさでいえば、育児のなかにもそれを感じることはありますが、それは喜びに繋がっている点が特徴的です。

本作は、一介の医師が突然巻き込まれていく、自分のルーツの話でもあります。そうした「ままならなさ」と抱えて誰もが生きているのではないかと私は思っています。

意識的に執筆した「亡くなっている人物のストーリー」

――日々、生命の現場に立つ山口さんだからこそミステリー作品に落とし込める“生命”があると思います。山口さんは、生命をどのように捉えていますか?

山口: 非常に難しい質問ですね。一言でいえば不思議、でしょうか。脆弱さがあるかと思えば、たくましさがあったりもする。思わぬ場面で生命の力強さに触れることがしばしばあります。ただ、最後はどんな方も必ずお亡くなりになる。死が不可避であることは万人に共通しています。誕生から死までのほんの一瞬のなかに、いろいろなドラマを秘めているのが人生だなと感じますね。

――人生のドラマという観点でいうと、『禁忌の子』はそれぞれの登場人物が奥行きのあるドラマを抱えていますよね。特に注目したのが、女性です。本作は主人公・武田医師と探偵役・城崎医師が男性で、男性目線で物語が進んでいくものの、複雑な事情を抱えた女性が多く登場するのも印象的でした。

山口: そうですね、その点を読み解いてもらえたのは嬉しいです(笑)。この点は意識的に執筆したつもりです。生きている人物だけではなく、亡くなっている人物のストーリーが根幹の部分に絡まるように書きました。『ファミリーヒストリー』(NHK総合)が好きなんです。故人であっても、必ず目を見張るようなドラマがある。誰もが不十分ななかで、自分の人生を生きています。そしてドラマがある人物ほど、ものを多く語ることなく隠している。その陰影が滲むような作品になっているとすれば、嬉しいですね。

今後もミステリー作品を書いていきたい

――本作は山口さんの医師としての専門分野ではない知識が必要になるところも多く、そうした意味でも執筆に苦労する場面もあったのではないかと推察します。執筆中、どんなことに苦労しましたか?

山口: そうですね、さまざまな文献を検索して読みました。登場人物のモデルは特定の誰かではなく、主人公の武田も「いい人なんだけど、ちょっと抜けているところがある育ちのいい子」という設定で書いています。これまで割合に努力した結果を順当に享受してきた武田の、思いも寄らないことばかりが起きる。そのなかで、彼も成長していく。思い通りにはいかないけれど、それでも生きていくのが人生ですよね。執筆においては解決編はのめり込むように書いて、主観的には駆け抜けた思いです。反対に執筆が苦しかったのは第4章で、半分くらい涙を浮かべながら書いていましたね。

――今後、山口さんが実現したい作品のテイストなどがあれば、伺いたいです。

山口: とりあえず、ミステリー作品を3本は書きたいと思っています。私のバックボーンは医療ですが、単に医療の知識だけで押し切るような作品ではなく、医師として臨床に携わるなかで感じた問題意識を本格ミステリーの形に落とし込んでやっていきたいと考えています。人間ドラマをミステリーのフレームに入れて見せていくことが、私の持ち味ではないかと思っています。本を読んだあと、読者に衝撃を与えることはもちろんですが、そのあとに一筋の希望もまたみえるような作品を作っていきたいですね。

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ミステリーのトリックに高度な医療の知識や技術を駆使したものはしばしばあり、珍しくはない。殺人事件という極限状態のなかで、人が生きるうえでの根源的な問いや欲求をなお問いかけるもの。そしてひとりの人間が生きて死ぬ間にこしらえた、いくつもの不思議を紐解いていくこと。謎は時間とともに風化していくからこそ、それに抗う諦めの悪い優しき人間たちのドラマが光り輝く。山口未桜さんが魂で書き殴る脆弱でたくましい「人間」の奥底を、今後もみていきたい。

<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

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