低視聴率で苦しむ『おむすび』だが、見どころは“本来の姿”を取り戻した橋本環奈にアリ

連続テレビ小説 おむすび Part1 (1) NHKドラマ・ガイド/NHK出版

低視聴率で苦しむ『おむすび』だが、見どころは“本来の姿”を取り戻した橋本環奈にアリ

11月8日(金) 8:53

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こういう橋本環奈を待っていたんだ!と、芸もなくひとりつぶやいてみる。『おむすび』(NHK総合)の不評続きに対して、どうせ闇雲にいってるだけだろう?

いや違うんだよ。こういう橋本環奈とは、生身の姿で画面上に存在する橋本環奈のことである。数々の実写化作品に出演する過程で生身の彼女が消耗していた。でもここにきて、再び彼女は本来の姿を取り戻した。

だから不評だろうとなんだろうと、橋本環奈主演作としての『おむすび』はそれなりの価値がある作品だと思うのだ。イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、加賀谷健が、橋本環奈の過去作を振り返りながら解説する。

前作が面白かったからといって……

『おむすび』1週間分の平均視聴率が12%台となり、朝ドラ歴代ワーストを更新するんじゃないか云々と、メディアがいたずらに騒いでいる。でも視聴率とは製作サイドの関心事に過ぎず、作品を見る側の純粋な気持ちが必ずしも反映された民意ではない。それから前作『虎に翼』があまりにも面白かったからといって、単純な比較論もそろそろやめにしたい。

まったく曇りない目で『おむすび』をまっすぐまなざす。するとこれが案外というか、普通に面白い。別に逆張りではない。映像処理があまりに的確だった前半部に対してまるで現代史の授業を受講している気分にさせられた後半部をもつ前作よりむしろ楽しめているというだけだ。

特別、橋本環奈ファン(プライベートの彼女に会ったときの横顔は忘れがたいが)というわけではないぼくでも、第1週第1回冒頭の橋本に対しては「そうくるか!」とワクワクした。セーラー服姿の主人公・米田結(橋本環奈)が鏡に向かっている。一階にいる家族たちが遅いな遅いなといいながら朝食を取る中、高校の新学期を迎えるための身だしなみチェックで手間取る。リボンの位置が気になり、襟元を一度ゆるめたりしながら、いい具合の位置を定める。どうしてこんなに丹念に制服を調整するのか。あぁそうか。この場面の5カットが提示しながら呼び起こすのは、橋本環奈とセーラー服との関係性だ。

2016年という当たり年

2016年、初主演映画『セーラー服と機関銃-卒業-』が公開された。公開中にちょうど17歳の誕生日を迎えた。1981年公開の『セーラー服と機関銃』主演の薬師丸ひろ子もまた、主人公・星泉と同じ17歳だった。同作から35年後、こうした年齢の一致に角川映画40周年記念作品としての意気込みを感じ、「1000年に1人の逸材」と称されていた橋本のセーラー服の着こなしはあざやかだった。

同作の製作総指揮に名を連ねたKADOKAWA代表取締役・井上伸一郎は、製作発表記者会見(2015年)前の2013年、福岡のアイドルグループに所属していた中学3年生の橋本をイベント中に捉えた、いわゆる「奇跡の一枚」と呼ばれる写真に惚れ込んだひとり。事務所宛に橋本を主演にしたいとメールを送るほどの力の入れようだったわけだけれど、そうした背景を抜きにしても同作の橋本は、あの名台詞「カ・イ・カ・ン」を冒頭第一声として新たな血肉とするようにありあまる才能をだしきった。

日本映画界のトレンドに目を向けるなら、少女漫画を原作とするいわゆる「きらきら映画」全盛期。特に2016年は、「実写化王子」の異名を取った山﨑賢人主演の『オオカミ少女と黒王子』やこちらは少女漫画ではなく小説原作だが高畑充希と岩田剛典がW主演した『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』など、きらきら映画の金字塔的作品が続々公開された当たり年だった。

リアリズム映画の俳優だったこと

山崎と橋本は『斉木楠雄のΨ難』(2017年)や『キングダム』シリーズ(2019年〜)など、漫画原作の大ヒット実写化作品で共演することになり、橋本もまた実写化のイメージが色濃い俳優のひとりになった。ただし、『セーラー服と機関銃-卒業-』の翌年に公開された『ハルチカ』の橋本は、冒頭から疾走感を画面上に導き、その時点ではまだ実写化以前、どちらかといえばリアリズム映画の俳優だったことをここで確認しておかなければならない。

実写化王子としての山崎賢人の魅力とは、漫画内の2次元キャラクターをもろともせずに映画内に生身の存在として翻訳する能力者であること。それに比べると、『キングダム』シリーズを通じて河了貂を演じる橋本は、衣装を着せられた着ぐるみ感が強調されるだけで、漫画から映画への翻訳があまりうまくいっていない。

非現実的な役柄ほどいかに現実的に演じ、さらにその上で映画空間にしか感じられない存在感におさまるのか。映画俳優に求められる素質はこうしたシンプルな存在論に由来する。それが映画俳優の色気でもある。「奇跡の一枚」が今でも神話的に語られているのだとするなら、それこそ映画初出演作『奇跡』(2011年)で是枝裕和監督が小学生の橋下から引き出した存在の色気はもはや有効ではないのか?

こういう生身の橋本環奈を待っていたんだ!

そんな疑問符を身勝手に浮かべるとき、リアリズム映画時代への懐かしさにある程度応えてくれるのが、『おむすび』なのである。ぼくらはこういう生身の橋本環奈を待っていたんだ(!)。実際、本作の橋本自体が物語の序章となる第1週から第2週にかけて、待つことに徹する存在として描かれている。

甲子園での優勝を目指す四ツ木翔也(佐野勇斗)や書道部の先輩で書道家を志す風見亮介(松本怜生)だけでない。元カリスマ総代だった米田歩(仲里依紗)を姉に持つことから嫌々加入させられた博多のギャル連合ハギャレンのメンバーだってそれぞれ夢を持っている。なのに自分ひとりこれといって夢がない。等身大のもやもやを表現する橋本は、どこか孤独に迷いながらも洗い上げられたようなリアリズムを役に込める。

第2週第7回、ハギャレンのメンバーのひとりでクラスメイトである柚木理沙(田村芽実)と出かける道中、ギャル服に着替えるために天神地下街のトイレに入った理沙を結がただ待つ場面がある。この場面での待ち時間は「20分後」という字幕が表示されてほんの2カットの時間経過で描かれてしまうが、ただベンチに座って時間をつぶすだけの結の待ち時間をもっとじっくり橋本に演じさせたら、これはなかなかいい呼び水になるかと思ったけれど。

本来の姿を取り戻した橋本環奈が見たい

でも朝ドラは1回15分と制限がある。待つ場面を演じる橋本環奈ばかりを写しているわけにもいかない。すると第9回でもう一度、結が誰かを待つ場面が用意される。やっぱり待つ場面によって橋本から生身の演技を引き出そうとしているとしか思えない。

相手は翔也。結と翔也は必ず海辺で鉢合わせる。翔也が結の祖父・米田永吉(松平健)からおまけでもらったトマトのお礼を一度取りに帰る場面。今度こそじっくり待つ場面が演出されるのかと思いきや、結の待ち時間は全然描かれず、堤防を写したワンショットで時間経過が示される。続くカットでさっさと自転車に乗って帰宅しようとする。

でも堤防のカットから引きの画面になり、下手から自転車に乗る橋本がさっとフレームインするタイミングがちょっといい。ここには過去に彼女が出演してきたリアリズム映画の空気感が確実に宿っている。引きの画面中央では二艘の船が波風でゆれ、奥からは翔也が走ってくる。いいじゃないか、いいじゃないか(!)。第4週第19回で結がハギャレンによるパラパラを披露する糸島フェスティバルに出演する。父・米田聖人(北村有起哉)にバレるかバレないか、ギャルメイクを施した結が焦る場面がある。橋本はギャルメイクという厚い仮面上にきちんと現実味のある芝居を重ねていた。『セーラー服と機関銃-卒業-』インタビューでは「いろんな顔が見られるキャラクターになったと思います」と語っていた(『キネマ旬報』2016年3月上旬号より引用)。本来の姿を取り戻した橋本環奈が早く見たい。

<TEXT/加賀谷健>

【加賀谷健】
コラムニスト・音楽企画プロデューサー。クラシック音楽を専門とするプロダクションでR&B部門を立ち上げ、企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆。最近では解説番組出演の他、ドラマの脚本を書いている。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

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