ブラジル南部サンパウロ、インテルラゴスの表彰台にはマックス・フェルスタッペン(レッドブル)が立ち、実に4カ月半ぶりとなるオランダ国歌とオーストリア国歌を奏でさせた。ダブル表彰台を獲得したアルピーヌのチームメンバーも、表彰台の下に詰めかけて歓喜の声を上げる。
そんな喧噪を誰よりも遠くに感じていたのが、角田裕毅(RB)だったかもしれない。
角田裕毅が渾身のタイムアタックで予選3位を獲得photo by BOOZY
「スタートはよかったですし、第1スティントもよかったと思います。自分自身のドライビングにも全体的にすごく満足しています。フルウェットに交換した戦略もよかったと思います。でも残念ながら、流れが僕らのほうには向きませんでした。僕らにとって悪いタイミングで赤旗が出たせいで、アルピーヌが運よくポジションを上げたのは残念です」
ガックリと肩を落とした角田は、雨の69周のレースをそう振り返った。
土曜午後の豪雨のため、日曜の朝7時半という異例の時間帯に順延となった予選で、角田は快走を見せた。
ウェットコンディションで何台ものマシンがコントロールを失い、ウォールへと吸い込まれていくなか、角田はQ3の最後に渾身のタイムアタックを決めて、3番手のタイムを記録してみせた。
メカニックたちに飛び寄って歓びを分かち合う角田を、フロントロウを獲得したランド・ノリス(マクラーレン)とジョージ・ラッセル(メルセデスAMG)が祝福する。「今日の裕毅はQ1から飛ぶように速かった」と、ノリスはうれしそうに褒め称えた。
F1という同じ舞台で戦う彼らは、角田のレーシングドライバーとしての速さを誰よりもよく知っている。だからこそ、難しいウェットコンディションでマシン性能差が小さくなり、ドライバーの腕が試される状況下で本来の速さを披露した角田を心から賞賛し、同時に自分のことのように喜んだのだ。
「ここは特にトリッキーなサーキットのひとつで、自信をビルドアップしていけると、ついプッシュしすぎてしまうんです。今日の予選で何台も飛び出していたのは、そのせいです。
僕もターン4で危ない場面がありましたけど、幸運なことにバリアには当たらずに済みました。ああやってギリギリまで攻めていきたくなるサーキットなんです。でも、マシンのフィーリングは間違いなく昨日より格段によくなっていましたし、ウェットコンディションでいい速さがあったと思います」
【海のなかを走っているような...】自身最高位の3番グリッドから臨む決勝は、やはり予選に続いてウェットコンディションになった。
懸念された激しい雨は降らなかったが、レースの途中に強い雨雲が通り抜ける予報はあった。それをどう乗り越えるが、そこがこのレースの最大の山場になることはわかっていた。
角田裕毅に表彰台のチャンスは十分にあったphoto by BOOZY
スタートでインからエステバン・オコン(アルピーヌ)が襲いかかり、アウトからはリアム・ローソン(RB)が並びかけてきたが、ローソンがチームメイト同士の接触を避けるべく引いたことで、角田は3位の座を維持することができた。
そこからオコン、シャルル・ルクレール(フェラーリ)、フェルスタッペンを抑えて、26周目まで堂々と3位を快走。やがて雨が降ってきた。
雨脚は28周目、29周目と急激に強まり、1時間に20mmの雨になった。路面はたちまち水浸しになり、コーナー全体が川のようになった箇所がいくつもあった。
「まるで海のなかを走っているような状態でした」
それでも、この雨が4〜5分しか降り続かないことを知っていたチームは、ステイアウトを指示した。レッドブルのフェルスタッペン、そしてアルピーヌ勢もそうだった。
ドライバーたちは「ウェットタイヤに履き替えるか、赤旗だ」と報告し、数分でこの雨が上がればあとは雨が降ってこないことを聞くと、「それならステイアウトだ」と答えた。コース上に留まることができないほどのコンディションになれば、セーフティカーか赤旗でレースはストップすることを知っていたからだ。
RBも同じように考え、角田にステイアウトの指示をした。
しかし28周目の最終コーナーを立ち上がった角田は、あまりのコンディションのひどさに「エクストリーム!エクストリーム!」とウェットタイヤ(エクストリームウェザータイヤ)への交換を訴えて、ドライバー判断でピットへと飛び込んだ。
目の前のコースコンディションに対する判断としては、間違っていなかった。しかし、チームから「この雨は数分で止む」という情報が伝えられていれば、角田の判断は違ったものになっていた可能性が高い。
【「だから言ったじゃないか!」】ウェットタイヤに履き替えた角田は、同じ周にインターミディエイトに換えたノリスやラッセルより10秒も速いペースで走り、あっという間に追い着こうとした。
このペースなら彼らを追い抜き、さらに前でコース上に留まったフェルスタッペンとアルピーヌ勢にも追い着き、追い抜いて、もう一度タイヤを戻すための20秒を稼いでこられるかもしれない。
そう思った矢先、セーフティカーが導入された。
同レベルの雨が降った土曜午後に予選が開催できなかったように、エクストリームウェザー用のウェットタイヤでもストレート区間でアクアプレーニング現象が起きて、スロットルを全開にできないような状況だったからだ。当然ながら跳ね上げる水しぶきの量も多くなり、視界不良の問題も生じたためだ。
オーバーテイクショーは先延ばしになり、ウェットタイヤが速さを発揮できる周回数も減ることにはなった。だが、それでもトップとのギャップは詰まり、まだチャンスはあったはずだった。リスタートではインターミディエイトよりも温まりのいいウェットタイヤが有利であり、前走車たちを一網打尽にする姿も想像できた。
だが、フランコ・コラピント(ウイリアムズ)がターン13の"深い川"に足もとをすくわれてクラッシュし、レースは赤旗中断。
「だから言ったじゃないか!」
ステイアウトを提案しながらもチームの指示でピットインしていたラッセルは、戦略ミスに声を荒げた。
逆に、チームからの指示をさえぎる形で自身の判断でピットに飛び込んだ角田は、この時点で6位まで順位を下げてしまったことに肩を落とした。
「もし赤旗が出ていなければ、おそらくどこかの時点でかなりのマシンを抜いていくことはできたと思いますし、いずれトップに立てていたかもしれません。ウェットタイヤへの交換はよかったと思いますけど、ただ単にセーフティカーと赤旗が出たのが僕らにとっては、ものすごくマイナスになってしまいました」
【やり遂げたことを誇りに思っていい】赤旗が出たことでコンディションの回復を待つ時間ができ、ウェットタイヤに交換したRB勢のメリットはなくなってしまった。
そしてステイアウトしていた上位勢も、この赤旗中断の間に新品タイヤへ交換することができ、角田やラッセル、ノリスらはただ単に早めのピットインで順位を落としただけになってしまった。
その後はローソンがセルジオ・ペレス(レッドブル)とルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)を抑え、角田は8位でフィニッシュ。前のオスカー・ピアストリ(マクラーレン)がペナルティで降格となったことで7位入賞を得た。
しかし、表彰台が見えていただけに、入賞の喜びよりも落胆のほうが大きいレースになってしまった。
「裕毅、君の気持ちはよくわかるよ。トリッキーな1日だった。でも予選から決勝まで、君は今日、自分がやり遂げたことを誇りに思っていいんだ。表彰台はまた次の機会だ」
レースエンジニアのエルネスト・デジデリオが、チェッカードフラッグを受けた角田に優しく語りかけた。
「今日はもっと多くを期待していたんだ......次は掴み獲りたい」
「そうだね、次は絶対にそうしよう」
アイルトン・セナが見守る30年目のサンパウロGPは、それに後押しされるようにレッドブル・ホンダのフェルスタッペンが久々の勝利を飾り、セナらしい雨のなかで角田が予選3位の快走を見せた。
決勝で結果を勝ち獲る力はまだなかったが、このブラジルで速さを見せたという自信と、目前で指の間からこぼれ落ちた表彰台までの距離を知ったことが、角田とRBをさらにもっと強く成長させるはずだ。
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