【写真】本番数分前、社長から衝撃の告白をされるなんて夢にも思っていなかった私
2019年7月に、ステージ上でいじめを告発した動画がバズり、アイドルを引退した「小野寺ポプコ」。その後、早稲田大学を卒業、カリフォルニア大学バークレー校へ留学し、卒業生代表としてスピーチをしたことも話題だ。物議を醸したあの日から一体どんな未来に繋がっていったのか、自身の言葉で書き綴るエッセイ「アナーキーアイドル」。連載第2回は、前回に続き「アイドルを脱退した日」についてお届けします。
■#2 ステージに乱入してアイドルを脱退した話(後編)
脱退当日。上野についた時には、まだこの後の展開を一切予想できていなかった。水上音楽堂を訪れたのはこれで3回目だった。1回目は好きなアイドルのワンマンライブ、2回目は自分がデビューした次の日に出た対バンライブ、そして今日はついに念願の4人組アイドルグループとして出演する。
好きなアイドルの曲を聴きながら駅から会場に向かっていた。「はー、私もこんなロック調の曲を歌いたいなー」なんて思ったり。こんな自由気ままな自分が、清純派学園系アイドルなんて路線としては絶対に間違っている。でももう大学2年生だから、やり直す時間がない。このグループのメンバーとしてアイドル業界でなにか達成しないと、一生の夢は夢のままで終わってしまう。
同じ事務所の所属アイドルや会場スタッフに「お疲れ様です」と挨拶をしながら楽屋に入り、黙々と出番に向けて準備をし始めた。出番の2時間前に着いたが、ほかのメンバーはまだ着いていないようだ。しばらくしていたら、私以外のメンバー3人がコンビニのチキンを手にしてワイワイと楽屋に入ってきた。しかし、彼女たちは私から一番遠い場所に座っていた。「もしかしたら私に気づいてないのかな?」と、自分からは話したくないけど、ライブの前に一回振りを合わせないとならないから、3人の元へ行った。前日にメンバーのうちの2人と喧嘩したばかりだから本当に気まずい。しかし、話しかけに行っても彼女たちは聞こえないフリをして、ひたすら自分たちの会話を続けていた。
まあいいや、アイドルは仕事である。だから、同僚と仲良くならなくてもいい、みんなで仕事を遂
行できたらそれでいい。そう自分に言い聞かせて、一人で元の席に戻った。セットリストすら知らない私は、本番で曲が流れたらすぐに自分の立ち位置に向かい、踊り出そうと必死にそう決めていた。
メイクをして、衣装に着替えて、髪の毛を巻いて……と身支度をしているうちに、いよいよ本番の時間が近づいてきた。準備万端な状態で楽屋からステージ脇の待機室に移動した。メンバーの3人に、ぼっちの自分が離れた位置で突っ立っていた。しばらくすると、事務所の社長がやってきた。「小野寺、ちょっとこっちにきて」と、私を待機室の外に連れ出そうとした。一瞬胸がぎゅっとなり、不穏な空気が流れているのをただ感じていた。3人が部屋に残され、状況を把握できていないまま私は社長について行った。
部屋の外に出たら、まるで嫌な予感と答え合わせするかのように、社長がこう言った。
「君、今日出なくていいんだよ」
え、どういうこと……。青天の霹靂だ。
なんでだろう、一生懸命に練習したのに。デビューしたばかりで、ファンを獲得する大事なチャンスなのに。ショックすぎるが故に当時のことは鮮明には覚えていないけど、「なんなら君はここにいなくていい」とまで言われてしまった。昨日は「まだこのグループで一緒に頑張ってほしい」と言ったのに。全部うそじゃん。ていうか、私と喧嘩した子たちが社長に何か言った?
動揺が止まらないまま、私の出演がキャンセルされたということだけは認識できた。どうしようもなく、頭を冷やすために一旦楽屋に戻り、悶々と衣装を私服に着替えた。
まだ頑張りたかったけど、もうこのグループに長く居続けることは難しいのだろう。2週間後か来月あたりに、公式サイトから私の卒業を勝手にアナウンスされるのかな。とりあえず私がいないステージが気になって、一回見てみようとした。
舞台袖に戻った時に、ステージ上でSE(登場する出囃子)が流れていた。他のメンバーたちは、完全勝利したなあ。得意満面でステージに登場するメンバーの姿が、まるで負け犬の自分を嘲笑うように見えた。さらに驚いたのは、SEのときに私の知らない新しい振りをしていた。しかも、まるで私がもともといなかったかのようにスムーズに3人で円陣まで組めていた。なにそれ、一晩でここまで用意できたの?それとも前から準備していたの?頭の中がぐちゃぐちゃになった。
1曲目が始まり、バックステージで動けずにいる私は、ただメンバーのことを見つめていた。その曲の「直角の三角形」というタイトルにハッとした。もしかしたら私以外のこの3人で三角形ということ?私が入ったことで勝手に正方形にしようとして本当にごめんなさいね、と、今の私にできる精一杯の怒りを込めて、彼女たちに白い目を向けた。
「この子達、リハーサルし直さなくても3人編成で踊れるんだな」「でも、セットリストはいつ決めたんだろう?」
いま、目の前でメンバー3人が、もともと3人で作られたかのようなフォーメーションで完璧に踊っている。10年弱も夢見ていたアイドル、何も爪痕残せないまま終わってしまう。本当に、本当に、本当に悔しすぎる。
わかった、私はもうここに必要とされないのだ。でも、「存在しなかったように消えろ」なんて舐めるなよ。もう、衝動が止まらない。
気づいたら私服を着たままということも忘れて、無断でステージに上がってしまった。メンバーたちは私のことを無視して喋り続けている。本当に申し訳ない、もうこのグループとしての肩書きも、これからのステージも全てあなたたちに渡すので、1分だけ、私なりにこの愛していたキャリアにケジメをつけさせてください。
ステージから観客席を見渡せば、知っている顔があっちこっちにいる。短い活動期間で、他の子目当てでライブ現場に来ていたが、私にも優しくしてくれていた素敵なファンの方々だ。デビューしたばかりの私の特典会にきてくれたり、あだ名で呼んでくれた親切なファンの方たちと目を合わせると、思わずニコッと微笑みかけた。応援してくれた人の笑顔を前にして、これから言うことを考えると胸が痛くなる。
感謝している。短い期間で繊細な信頼関係も築いている。だから、闇に包まれたまま別れを告げたくない。私は、この6ヶ月間、本気で挑んだ。考えもしなかったようなハプニングで、夢が絵に描いた餅になってしまったけど、これが私の最後のステージ。滑稽で笑われても、信じてもらえなくても、執着していた理想を壊した人たち、私に対してすこしでも期待してくれた人たちへの、最後のメッセージを伝えたい。
同じグループの中で唯一、私に対して平等に接してくれていた外国籍のメンバーに「ごめん、マイクを借りてもいい?」と懇願した。彼女は少し戸惑いながら、私のお願いを受け入れてくれた。彼女の優しさに感謝しつつ、マイクをいただいたその瞬間、ステージの脇から突然おじさんのスタッフが現れた。
彼が慌てて駆け寄り、強引に私の腕を掴んで引っ張ってきた。力強い手が私の腕に食い込み、マイクを無理やり奪おうとする驚きと引っ張られた痛みを感じながらも、私はマイクを手放さないように必死に抵抗し、「なんだよ!」と切迫した声で、意志を込めて叫んだ。その声にスタッフも一瞬、動揺を見せた。
スタッフの手を払いのけたら、彼が一時的に退いた。私はついにマイクを守り切ったと勘違いし、気を取り直して宣言をする決意を固めた。観客たちはその状況を見て、何が起こるのか興味津々で見入っている。
ステージのライトが私を強く照らし、マイクをしっかりと握りしめ、観客に向かって宣言を始めようと口を開いた。
「今日で、このグループをやめます」
カメラが回っていることに気づいていなかったが、これが何度もネットで拡散されるあの例の動画が生まれたきっかけである。
しかし、こう叫んだ直後、一時的に退いたおじさんのスタッフは、マイクの音を切ってしまっていた。これがマイクなしでのスピーチになってしまった経緯である。
◆
ステージを降りると、急いで楽屋に戻り、荷物をバッグに放り込んだ。会場の出口に向かう途中で、仲の良かった別のグループのメンバーとばったり出くわした。彼女はもうこのハプニングを知っている様子だったが、お互いに言葉を交わす余裕もなく、ただ苦笑いを浮かべるだけだった。これからもう会うことがないかもしれないと思うと、少し寂しい気持ちがこみ上げた。それでも、足早に会場を後にした。
私が会場から去っていたとき、メンバーたちが「無色の色」という曲を歌っていた。「この曲、このグループの曲で一番すきな曲だな」と、失恋ソングを耳にしながら言葉にならない切なさが湧いてきた。
「無色ってなんだよ、お前ら真っ黒じゃないかよ」と、心の中で自嘲気味に突っ込みながらも、歌詞の切なさが、アイロニーのように自分の状況と重なり合った。
帰り道、スタッフに後ろをつけられているのではないかと疑心暗鬼になりながら歩いた。バスに乗り込み、窓の外に流れる風景をぼんやりと眺めながら、自分の置かれた状況があまりにも非現実的で、心の整理がつかなかった。家に着くと、しばらくただソファーでぼーっとしていた。急いで帰ったせいで、楽屋にヘアアイロンを忘れてきたことにようやく気づいた。
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