11月5日(火) 7:00
公営住宅の空室の増加に伴い、全国の自治体で「公営住宅を住まいに困る人たちへの支援(居住支援)に活用したいが、入居募集のしくみや使用目的の制限により、実情に則した形にできていない」という話を聞きます。そのようななか、兵庫県尼崎市では2022年より生活協同組合コープこうべが中心となって市営住宅の空室の活用を開始。ひとり親やDV被害者、外国人などの入居がどのような仕組みによって実現可能となったのか、尼崎市の篠原瑛太(しのはら・えいた)さん、コープこうべの前田裕保(まえだ・ひろやす)さんに聞きました。
増え続ける市営住宅の空き室問題を解決するために兵庫県尼崎市が行っている事業「REHUL(リーフル)」とは、市営住宅の建て替え計画によって入居者募集を停止することで増えた空室を、住まいに困っている人の自立支援や、地域活動団体の活動の拠点として活用しようとする事業。同時に、市営住宅の自治会の活動支援や市営住宅周辺地域のコミュニティ活性化を狙うものです。
公営住宅は、多くの自治体で人口の減少や高齢化率の上昇などの問題を抱えており、耐震性に課題のある老朽化した公営住宅も多くなっています。
また自治体側の管理体制が行き届かないことや財政の圧迫も相まって、年々、戸数を減らす傾向にあります。尼崎市の状況も同様で、2016年に策定した「尼崎市営住宅建替等基本計画」に則って市営住宅の建て替えや廃止を進めてきました。2024年4月(令和6年4月)時点では、市営住宅管理戸数223棟1万259戸のうち、入居戸数は8078戸。残りの2181戸強は空室(図内では空家と表記)になっています。
増加している空室の多くが建て替え・廃止の対象住宅で、篠原さんは「住人が減り、人の目が行き届かなくなることで、防犯性の低下も問題になっている」と言います。さらに、入居者が増えないので、自治会活動が停滞し、役員のなり手不足や、入居者同士の交流が減ったり、共用部の清掃や共益費など、一人当たりの負担が増えたりと、弊害も多く見られるようになってきました。
REHUL(リーフル)を始めるきっかけとなったのは、支援団体の声
なんとかこの問題を解決できないかと生まれたのが、「REHUL」です。
REHUL事業開始前の2021年9月ごろ、尼崎市は自治会活性のための方法を模索していました。
「いくつかの団体に相談する中で、コープこうべさんから『住まいの確保に困っている支援団体がある』という話を聞き、空いている住戸を貸し出すことが解決につながるのではないかと考えたのがきっかけでした」(尼崎市・篠原さん)
コープ(生活協同組合)というと、スーパーや宅配、共済(保険)事業のイメージが強いですが、その定款でも「公共の福祉を増進するとともに、健全なる社会の確立に貢献することを目的とする」とある「社会活動団体」です。地域とのつながりやネットワーク力を活かして、居住支援をはじめとする社会課題の解決にもあたっています。
空室となっている物件は、1970年代~1980年代に建てられたものが多く、尼崎市は見た目の古さや耐震性の問題を気にしつつも、まずはコープこうべや他の支援団体に、空室となっている市営住宅を見てもらいました。
「民間の賃貸住宅を探すと、低所得など事情のある人が借りるには家賃が高く、借りられる部屋となると木造で古かったり、床が傾いていたりと状態の悪い部屋も多いんです。市営住宅は古いといっても、鉄筋コンクリート造でしっかりしていて十分使えます。私たちとしては、非常にもったいないという思いでした」(コープこうべ・前田さん)
しかし、自治体が特定の支援団体へ公営住宅を本来の目的以外の用途で貸し出すことは、簡単ではありません。
「尼崎市としては公有財産を貸し出す以上、適切な団体を公募で選定し、『目的外使用許可』の手続きをする必要がありました。この手続きを取ると早くても提供開始まで半年~1年はかかります。コープこうべとはすでに包括連携協定を結んでいたため、公募を行わずにスピーディーに進められると考え、私たちは最初、コープこうべに窓口になってもらい、一括で借りていただくしくみを考えました」(尼崎市・篠原さん)
ところが、コープこうべ側としては、市から一手に借り受け、そこからさらに他の団体へ貸し出すのは「何かトラブルがあったときの責任が重く、リスクも大きい」と、コープこうべの中でも慎重な意見が大半でした。
そこで尼崎市は、コープこうべだけがリスクを負うのではなく、それぞれの団体の責任の所在を明確にする形を考えました。コープこうべを筆頭とする「ネットワークグループに属する団体」については、コープこうべと同等と見なして各団体に市営住宅の使用許可を出せるようにしたのです。篠原さんたちはこの仕組みを整えるため、各関係部署への調整に最も時間を要したそうです。
市営住宅を、民間の支援団体に賃貸するしくみとは事業開始当初、目的外使用の承認を受けられた住戸は、建て替えや廃止を控えている約1000戸のうちの350戸ほど。各支援団体が尼崎市に支払う使用料は、1室につき、なんと月6500円です。この金額で借りられる民間住宅はほぼないに等しいので、支援団体からは「本当にありがたい」と感謝の声があがりました。
入居希望者の受け付けから部屋の調整などの入居者のコーディネートを行うのは、ネットワークグループに加盟する居住支援法人(※)等の団体です。
間取りは2DKや3DK、広さは45~60平米程度と幅があり、尼崎市は、実際に入居する人数や立地など、支援団体からの希望を聞きながら提案をします。そして実際に現地を見て借りたいとなったらREHULネットワークグループの一員として各支援団体から「行政財産の目的外使用許可」を申請して、市が許可するという流れです。
※居住支援法人:住宅セーフティネット法に基づき、住宅の確保に配慮が必要な人が賃貸住宅にスムーズに入居できるよう、居住支援を行う法人として各都道府県をはじめとする自治体が指定する団体等
ただ、尼崎市は状態の良い住戸から貸し出しているため、事業開始当初はハウスクリーニングを行うだけですぐに住める住戸が多かったのですが、提供する戸数が増えるにつれ、最近ではある程度のリフォームを必要とする住戸も増えてきているそう。市から支援団体への賃貸は、現状渡し(物件にある不具合などを修繕せず引き渡すこと)が条件となっているため、リフォーム費用は借り受ける支援団体の負担です。
「改修費用なども含めて利用者(支援団体を通じて入居する人)からは各団体で設定している家賃と、自治会費や共益費をいただいています。しかし、それだけで各支援団体が活動を継続していけるかというと難しいのが現状です。さまざまな助成金を受けながら、運営費用を捻出しています」(コープこうべ・前田さん)
自然と広がっていった支援団体の輪。団体同士の連携もREHUL事業の開始当初、参加した支援団体は5団体でしたが、尼崎市からの紹介やコープこうべによる声かけなどで2024年4月時点では19の支援団体がREHULのネットワークに参加しています。参加団体は、空室活用と自治会支援が目的であることへの理解が必須で、支援団体のネットワークは今後も広がっていく見込みとのこと。
「『住まいに本当に困っている人をどうにかしたい』という思いを持っている人ばかりが集まってきます。人と人との信頼関係が大事ですね。それぞれの支援団体とコープこうべ、また支援団体同士も必要に応じて連絡を取り合っていますが、定期的な話し合いを設けて事例などを共有し、どのような対応をするべきかを話し合いながら協議しています」(前田さん)
これまでREHULで提供された住戸の用途は、女性と子どもを支援する団体がDVにより娘3人と一緒に家を出た女性に部屋を提供したり、ネグレクト(育児放棄)家庭の支援をしている団体が家に帰れない子どもたちのために放課後に集まれる場所をつくったりとさまざま。
中には、REHUL事業の開始を心待ちにしていた団体が、事業を開始した2022年4月1日からすぐに利用したケースもありました。在日外国人の支援をしている団体で、ミャンマーからの留学生が卒業後に団体職員として働く予定でしたが、外国人であることを理由に民間で借りられる部屋が見つからなかったためです。
前から市営住宅に住んでいる人たちには、ネットワークに参加している団体の活動内容や利用する人たちのことを理解してもらうため、コープこうべは積極的に清掃活動に参加するなど、自治会への協力も惜しみません。自治会のイベントにも参加するのが利用者の条件のひとつ。最初こそどのような人が利用するかわからずに戸惑う住人から「自分たちは抽選でやっと入居できたのに」という声もあったそうですが、日ごろからコミュニケーションを取ることで、良い関係が築けています。
「生協がなぜ住まいの支援をするのか」という意見が内外からあるそうですが、コープこうべの前田さんは、「暮らしをつくっていくことが消費を産みます。人口が減って地域が疎遠になっていく中で、生協がこういうスキルを持っていることを広めていきたい」と話します。
「ゴーストタウンになりかけていた市営住宅で、いまは子どもや若い人たちが『ただいま』と帰ってきて、高齢の住人が『おかえり』と返す姿が見られます。同じ時間を共有しているからこその挨拶です。この事業がなければ、亡くなっていたかもしれない命もたくさんありました。その利用者たちが自治会に新しい風を吹き込み、活性化に役立っていると感じます」(コープこうべ・前田さん)
「コープこうべに間に入っていただくことで、手続きなどもスピーディーに進めることができ、また、自治会の人たちもREHULに対してとても協力的で、関係性はとてもうまくいっています。空室活用の視点においては成果しかありません」(尼崎市・篠原さん)
REHULの活動は当面、尼崎市とコープこうべとの包括連携協定の期限である2029年までの10年間と定められているそうです。しかし、今後、建て替えた後の市営住宅やその自治会をどのように運営できるのかは、まだ決まっていません。
尼崎市の篠原さんは「いまREHUL事業は建て替えや廃止で募集を停止している住宅のみを対象にしていますが、ほかの市営住宅でも高齢化に悩む自治会の支援が必要になってくるのは間違いありません。建て替えや廃止の予定がない市営住宅も含めて、市内全域にREHULの取り組みを広げていけるように目指していきたい」と話します。
民間企業や団体などと協働して空いている市営住宅を活用しようとする動きは、近隣の自治体でも検討されているのだそう。さらに尼崎市の取り組みが先進事例として国の検討会やさまざまなメディアで取り上げられることで、全国にも広まりつつあるようです。今後の広がりに期待したいですね。
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