女性アスリートの無月経。生涯に渡って影響も?

女性アスリートの無月経。生涯に渡って影響も?

11月5日(火) 7:00

女性にとって月経は、出産はもちろんのこと、人生の後半期に迎える更年期の不調などとの関わりも深く、生き方を左右することさえある大事な問題。しかし、女性アスリートにとって月経は試合のパフォーマンスに影響を与えやすいことから敬遠されがちな事柄の一つだ。勝負の結果が第一とされるゆえ、過度の食事制限で無月経になる女性アスリートも多く、むしろ「月経がなくなって一人前」とされる時代が長く続いていた。そんな女性アスリートの健康問題に産婦人科医として取り組んできたのが能瀬さやか氏。このほどその業績が評価され、月刊誌『日経WOMAN』主催の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2024」の大賞に選ばれた。そんな能瀬氏に、女性アスリートは自らの月経にどう向き合えば良いのかをうかがった。
女性アスリート約700名中4割が“月経周期異常”という結果に
産婦人科医の能瀬氏が女性アスリートに関わるようになったのは、今から12年ほど前、2012年のことだった。小・中・高校とバスケットボールに打ち込み、大学は医学部へ。スポーツに関連する仕事がしたいと望んでいたが、あえてスポーツの世界に近い整形外科ではなく、産婦人科医を志望した。それは、“とにかく明るい産婦人科”が口癖だった産婦人科医の父の影響だったという。そして、産婦人科として日々忙しく働いていた能瀬氏はある時、女性アスリートの抱える三主徴(利用可能なエネルギー不足、視床下部性無月経、そして骨粗鬆症)について知ることになる。これなら、産婦人科医としてできることがあると奮い立った。
「当時はまだ日本人女性アスリートの婦人科的な問題に関するまとまった現状がわからなかったので、まず約700名のメディカル問診票をまとめることから始めました。すると、そのうちの4割は月経がきちんときていない。ピルを使っている人がたったの2名で、66%の女性は月経をずらすことすらしたことがないというような状況でした」(能瀬氏、以下同)
選手生命にも影響。無月経が与える深刻な問題とは
無月経はなぜ問題なのか。その原因はエネルギー不足にある。体重を軽くすれば記録が伸びる。審美系の競技であれば、瘦せている方が点数が取れる。そう考え、カロリー摂取を制限した結果の無月経なのだが……。
「激しい練習や食事制限で長期的なエネルギー不足に陥ると、最終的にはパフォーマンスにも影響を与えますし、疲労骨折のリスクも高まり怪我・障がいにも繋がります。将来的には骨粗鬆症や不妊のリスクもある。とても大きな問題なのです」
能瀬氏が女性アスリートの話を聞き始めたとき、ピルを使うと太るとか、将来妊娠できなくなるといった、古い知識のままの人も多かったそうだ。そこでアスリートのメディカルチェックではひとりひとりに情報提供を行い、さまざまな講習会に出向き、選手はもちろんのこと競技団体、コーチ、監督などに話をしていった。その結果、徐々に認識は変わりつつあるのだそう。
「現在では、トップレベルの指導者は認識が変わってきていて、無月経のアスリートがいたら治療が必要だから受診しなさいと言ってくれるようになっています。ピルについても、2008年の北京オリンピックでは選手の使用率は5%ほどでしたが、東京2020大会では何らかのホルモン製剤を使って月経対策をしている選手は約3割、6倍に増えていました。以前は指導者の許可がないと産婦人科を受診できないチームや選手もいたのですが、今は周囲が使っているなら私も使ってみたいと、自分の意志で月経をコントロールするという選手も増えてきましたね」
競技や身体の特性によって個別の対応が必要に
ひとくちに月経コントロールといっても、アスリートの身体の特性、さらには競技の特性によって、その方法は変わってくるという。
「競技によって月経にまつわる問題は異なります。陸上、長距離などの持久系、新体操のような審美系の競技は、無月経が比較的多いですし、球技系や体重・階級制の選手では、月経困難症や月経前症候群(PMS)などの月経随伴症状で困っている人がいるという印象です。産婦人科医としては、競技特性も考えて治療してあげるということが重要で、この競技だったらこの薬を使おうとか、個別の対応を心がけています。薬の副作用でコンディションを崩すということは絶対に避けなければいけないので慎重に。“あの先輩が使っているから私も試してみたい”というようなことをよく言われるんですが、“あなたに合うかどうかは分からないよ”と言い、安易に新しい薬を処方することはありませんね」
特にパラアスリートでは基礎疾患や、障がいの部位、程度によっても、より細かい個別の対応が必要なのだという。そのためには、女性アスリートを診る産婦人科医の人材育成も重要なポイントだろう。
「女性アスリートの月経は重要な問題だという意識が広まってきて、日本スポーツ協会の方でも、“公認スポーツドクター”養成講習会推薦の際、産婦人科医も積極的に推薦してくださいという通達を出してくださった時期がありました。ただ、資格がなければ女性アスリートを診ることができないということではないので、明日からでも困っているアスリートを診察できる産婦人科医を増やそうと努めています」
骨の成長過程にある10代が最も重要。「無月経を放置しないで」
能瀬氏は、2014年に“女性アスリート健康支援会”を設立し、47都道府県を回って講習会を開催。受講した産婦人科医の名前をHPで公開し、困っているアスリートがアクセスしやすいようにしているのだそう。トップのアスリートには、女性アスリートの抱える三主徴についての知識が深まり、月経コントロールの重要性の理解が広まりつつあるが、問題はもっと下の年齢層や部活動に励む10代の学生だと言う。
「三主徴の中でも、骨粗鬆症に関して10代は大事な時期です。骨量が増えるのは10代で、骨が一番強くなるのはだいたい20歳ぐらい。それ以降は下がっていくばかりです。だから、骨が成長過程にあって、まだまだ強くなる可能性がある10代にいかに強い骨を作っておくか、骨量を高めていくかというのが重要な問題なんです。つまり課題は中高生にある。ところが、学校の現場、特にスポーツの強豪校と言われるところには、なかなか私たちもまだ介入できていなくて、無月経がそのまま放置されています。それが現在の課題ですね」
女性の身体について男性も学ぶ重要性。まずはスポーツ界から発信
女性の月経の問題は、一定の年齢層以上は学校で女子だけが集められて学ぶということがあった。それが無理解を呼ぶことが問題視され、近頃では中高年女性の更年期の問題も男女ともに受け止めようという風潮が広がっている。
「私が一番良いと思っているのは、小学校高学年では初経、その後は月経困難症やPMSなどと系統立てて、男女ともに学校教育でお互いの身体のことを学ぶ。そして、3、4ヶ月に1回、月経に関するスクリーニングをきちんと行って、異常が認められたら養護教諭から校医に、校医から医療機関に繋ぐというのを義務化してやっていくことです。今、一生懸命40代、50代の教員や指導者の方々が月経をはじめ女性特有の問題について学んでいますけれども、将来スポーツの指導者、教員になるかもしれませんし、パートナーを持ち、娘を持ったりすることを考えれば、若いうちからお互いの身体について学ぶことはとても大事だと思います」
先日経済産業省が、更年期症状などの女性特有の健康の問題が理由による経済損失が年3.4兆円程度に上ると試算した。つまり、問題を抱えている女性が産婦人科医を受診することが、経済にも大きな影響を及ぼすということだろう。
「たとえば思春期に過度のダイエットをして無月経になれば、将来的に骨粗鬆症のリスクがあり、月経困難症、PMSはアスリートなら競技のパフォーマンス、それ以外の女性でも学業や仕事のパフォーマンスが低下します。つまり、これらの問題はアスリートに限ったことではなく、当然全女性に言えることなんですね。ただスポーツ界は、いろいろな人を巻き込んで発信していく力があります。なので、他職種や他団体と連携してスポーツ界から発信して変わっていくことで、最終的には社会全体の女性のヘルスケアは変わっていく。スポーツ界が変われば、女性の未来が変わるのではないかと思っています。理想は、“女性”という枕言葉が外れて、当たり前のように性差を考慮した医療、女性が普通に活躍できる世界、性差関係なく適材適所、優秀な良い人材がきちんと活躍することが自然になればいいと思っています」

産婦人科は、出産に限らず月経や更年期の問題など、女性特有の不調を診る診療科だが、まだまだ訪ねるのにハードルの高さを感じている人は多い。自身もバスケットボールに熱心に打ち込んだ経験があり、スポーツの楽しさ、健康に与える良い影響を身をもって感じている能瀬氏は、スポーツを行う上で月経が妨げになってほしくないと語った。自分の身体を向き合い、よりよいパフォーマンスを求める必要があるのはアスリートに限ったことではない。気軽に産婦人科を受診し、よりよい日々を求める人が増えてほしいと思う。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)photo by Shutterstock

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