朝ドラ『おむすび』を実は支えている“63歳女優”。ドラマ全体を活気づけてくれるワケ

『おむすび』©︎NHK

朝ドラ『おむすび』を実は支えている“63歳女優”。ドラマ全体を活気づけてくれるワケ

11月4日(月) 8:46

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橋本環奈主演の朝ドラ『おむすび』(NHK総合)には、毎朝の放送が楽しみになる声の持ち主がいる。

キムラ緑子である。回想場面での少ない出演ではあるものの、その声がちゃきちゃき活気付けてくれる。魔法の声だ。

イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、毎朝、毎週の放送を楽しみにさせ、さらには無言の演技でも視聴者を魅了するキムラ緑子について解説する。

毎朝の放送が楽しみになる声の持ち主



朝ドラ『おむすび』では、橋本環奈演じる主人公・米田結が福岡のギャル軍団「博多ギャル連合」(ハギャレン)の一員として平成真っ只中を駆け抜けながら、彼女が幼少期を過ごした神戸時代の回想が織り込まれている。

第4週第17回、結の祖父である米田永吉(松平健)の農家を継ぐ前の父・米田聖人(北村有起哉)は、神戸で床屋を営んでいた。散髪にきたお客の他、近所の面々が店内でストレッチしている。そんなゆる~い雰囲気。その中にひときわ魅力的な声の持ち主がいる。

近所の惣菜屋である佐久間美佐江だ。演じるのは、キムラ緑子。店内の入り口側の角近くに陣取り、にこにこうなずく美佐江が、ひと声発するだけで、店内がパッと華やぐ。ドラマ全体を活気付け、毎朝の放送がなんだか楽しみになる声である。

変幻自在な声色



美佐江が、いつものことのように結の母・米田愛子(麻生久美子)に紙袋を渡す。中から取り出した石鹸を手渡すとき、「ふぅっ」と鼻からぬける短い高音を響かせる。幼い結たちには「あんたらにはなぁ」とごそごそ惣菜を差し入れる。

「こーれぇー」と今度は語尾がかなりの低音。不思議そうに惣菜が入った袋の中を見つめる結(磯村アメリ)に「お野菜の揚げびだしぃ~」と軽快に説明する。この短時間の出番中、キムラ緑子の声は、高音から低音へ変化するだけでなく、語尾にかけて早口言葉になるセリフ回しを披露してみせる。

なんて変幻自在な音色をもった俳優なのだろう。音域が広い。現行オペラの世界には、ソプラノより低い音域のメゾソプラノが男性役を演じるズボン役(英語ではパンツ・ロール)というのがあるが、キムラの音域ならズボン役まで引き受けられそうだ。そうした音域の幅によって、本作のメイン舞台である福岡に対してあくまで回想場面として挿入される神戸編を自分が支えてみせようという、マジカルな心意気すら感じる。

『グレーテルのかまど』の世界観を支えるキムラ緑子



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毎朝ばかりか、毎週の放送が楽しみになる“魔法の声”でもある。NHK Eテレで毎週月曜日に放送されている『グレーテルのかまど』では、お菓子作りに励むヘンゼル役の瀬戸康史をサポートするかまど役として出演している。

出演といっても声だけの出演。ヘンゼルの姉であるグレーテルの家に備え付けられたかまどから声が聞こえる設定なのだが、豊かな音色をもつ声の俳優であるキムラの使い方をほんとうによく心得た番組だと思う(2022年4月4日放送の「クッキーモンスターのクッキー」回では、クッキーモンスターがクッキーを食べまくる激しい咀嚼音とキムラの声が絶妙なコントラストだったと記憶している)。

実際同番組のプロデューサー・上田和子は、キムラの声の魅力について、「その回にあったテンションや声質を変幻自在に使い分けてくれている」と解説している(『ORICON NEWS』インタビューより引用)。メルヘンでマジカルな世界観は、画面外にいるキムラが吹き込む魔法の声によって支えられているのだ。

魔法使い役もマジカルなバリエーション



上田プロデューサーは他にもスタジオ内でトークするヘンゼルとかまどのセリフには「アドリブ満載」だと証言している。自分の姿かたちが画面上はオフ。声だけならば、ええい好き放題やってしまえという感じのアドリブ。キムラのアドリブに対して瀬戸が時折ぷぷっと本気で笑っている瞬間を垣間見ることがある。

『おむすび』第17回の初登場場面で変幻自在の音色を矢継ぎ早に響かせるときも、もしかしたらアドリブが混ぜっているのかもしれない。ふっとひと息、チチンプイプイとでも呪文を唱えるかのようにセリフを吐く人である。

チチンプイプでいうと、同じ橋本環奈主演の配信映画『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』(Netflix、2023年)でキムラがバーバラという名前の魔法使いを演じていた。ちょっと胡散臭い感じのバーバラに対してほんとうに魔法を使えるのかと疑ってしまったものだが、この魔法使い役もマジカルなバリエーションとしてキムラの名演のひとつに数えておきたい。

無言の慎ましさをたたえていた場面



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逆に声を発しないドラマ作品もあった。『ザ・トラベルナース』第2話、発語が困難な状態になった入院患者役を演じ、中井貴一演じるスーパー看護師による熱心な看護の甲斐あって退院する場面。いつものキムラ節がよりあざやかに感じられた。

変幻自在というのは、単に声色の変化のことだけでなく、こうした作品と場面ごとの雰囲気に合わせて声音の役割そのものを調節する能力のことでもある。さらにいうと、必ずしも声を必要としない場面では、俳優としての大きな強みである声をすっぱり封じることもできてしまう。

第5週第22回では、幼少期の結が地震で被災する。姉・米田歩(高松希)の親友がタンスの下敷きになったことを知る場面では、黙り込んだキムラがメガネ越しにさりげなくさっと右目から涙を流す。そのあと、カメラが動き、画面奥に配置されると、キムラの存在感が無言の慎ましさをたたえていた。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

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