世界中から作品が集結する釜山国際映画祭(BIFF)のなかでも、特に韓国映画のチケットは毎年確保が激戦である。今年のBIFFでわけても盛り上がっていたのが、セクション「Korean Cinema Today」。大衆性とステイタスを兼ね備えた作品をプレミア上映するSpecial Premire部門、および韓国エンタメの多様性を味わえるPanorama部門には、韓国映画界のいまを伝える作品が集まった。
【写真を見る】『戦と乱』カン・ドンウォンの躍動感ある剣さばきは必見
■青い衣の剣士カン・ドンウォンVS復讐の鬼パク・ジョンミン!スペクタクル時代劇『戦と乱』
10月11日よりNetflixで独占配信中の『戦と乱』。壬辰倭乱を背景に、朝鮮最高武家の息子チョンリョと奴婢チョンウォンが友情を育むものの、ある悲劇ののちに敵対視、宣祖の側近と義兵として剣を交える歴史スペクタクルムービーだ。
カン・ドンウォンは以前、ユン・ジョンビン監督『群盗』(13)で悪辣な両班を演じていたが、本作は奴婢で初めてのキャラクター。一度も経験がなかったものの、「両班は言葉も慎重にしなければならないし、感情表現も節制しないといけませんが、今回は両班を演じたパク・ジョンミンさんと掛け合いながらとても楽に自由に演技できました」と仕上がりに満足げだった。
本作の特筆すべき点は、パク・チャヌク監督が監修に携わっていることだ。キム・サンマン監督が『JSA』(00)で美術監督をしたことで生まれた縁で、「私がやってきた作業の長所を見てくださって、演出の提案、作品のシナリオ段階から具体的な部分までアドバイスを頂き、脚色の面でも一緒にブラッシュアップしました」と説明。撮影中は現場にあまり来られなかったが、ひとたび訪れると細かくセリフをディレクションしていったと話した。するとすかさずカン・ドンウォンが、パク・チャヌク監督とのエピソードを披露した。
「パク・チャヌク監督が現場に初めて来られた日、私の演技をモニターでご覧になっていたところ、『“ジャムン(자문)”じゃなくて“ジャンウォン(장원)”だよ』と仰ったので、『え?』と聞き直すと(笑)、“장원급제(壮元及第、科挙の首席合格)“という言葉が出てくるセリフの“ジャンウォン”が、私の発音だと“ジャムン”に聞こえるとのことでした。そうやってすごい細かいところまで全部チェックしてくださったんです」と、世界的巨匠もこの作品に情熱を傾けてくれていたことを強調した。
■ソン・ジュンギがコロンビアの犯罪王に!『ボゴタ: ラストチャンスの地』
「国選弁護人 ユン・ジンウォン」のキム・ソンジェ監督の新作、ソン・ジュンギ主演の『ボゴタ: ラストチャンスの地(原題:보고타: 마지막 기회의 땅)』は、コロンビアのボゴタで密輸に飛び込んだ韓国人のストーリーだ。1990年代後半、IMF経済危機により貧困に陥った19歳のグッキは、両親とコロンビアの首都で新たな一歩を踏み出そうとする。しかし全財産を失ったことから、グッキの父親は、ベトナム戦争の仲間で衣料品貿易業界でのし上がっていたパク軍曹に助けを求める。パク軍曹とともに地元の裏社会へ入り込んだグッキは、闇取引などで手を汚しながら頭角を現していく。
IMF経済危機を題材とした作品はこれまでもあるが、本作はその時代に海外へ移住した移民者たちの葛藤を描いている点で新機軸と言える。2019年にスタートしていた企画が、パンデミックのため長らく撮影・公開が延期されていた。映画が完成するか不安だったグッキ役のソン・ジュンギは、舞台挨拶を迎え万感の思いが込み上げながら「台本を読んだときは、ただ『コロンビアに行ける!』と本能的に思いました。初めて完成した作品を見ましたが、これほど深い感情がある映画だとは知らなかったです。濃厚に感じられるものがあります」と明かした。
■『無頼漢 渇いた罪』監督がチョン・ドヨンと再タッグを組んだリベンジスリラー『リボルバー』
不正に巻き込まれた警察官スヨン。巨額の報酬と引き換えに1人ですべての罪を背負い収監されたが、約束は果たされなかった。一丁のリボルバーを手にしたスヨンは、事件に関わった人々の行方を追う。
『無頼漢 渇いた罪』(15)のオ・スンウク監督が、チョン・ドヨンと再びタッグを組み撮り上げた9年ぶりの新作。前作では、殺人の容疑がかかる恋人を待ち続けるカラオケバーのママに扮し、捜査のために近づいてきた刑事を知らずに愛してしまう哀しい女性を体現した。『リボルバー(原題:리볼버)』では一転、復讐心を燃やす女性警官をハードボイルドに演じている。スヨンを陥れる男アンディに、「最悪の悪」などのチ・チャンウク。近年ものにしてきたヒールぶりを今作でも発揮している。
■ソル・ギョング主演のサスペンス『満ち足りた家族』は2025年1月公開
成功至上主義者の弁護士ジェワンと原理原則主義の小児科医ジェギュというエリート兄弟と、ジェワンの妻ジス、ジェギュの妻ヨンギョンの2組の夫婦。あるときディナーを楽しんでいた4人は、自身の子供たちの犯罪現場が撮影されたCCTVを目にしてしまう。優雅に見えた彼らの裏側にあった素顔が、窮地に陥ることで徐々に明らかになる。
『満ち足りた家族』(2025年1月17日公開)はオランダの作家ヘルマン・コッホのベストセラー小説「ディナー」を原作にした名匠ホ・ジノ監督5年ぶりの新作映画で、ソル・ギョング、チャン・ドンゴン、キム・ヒエ、スヒョンとキャスティングも豪華な顔ぶれだ。BIFFでは上映前より「しっかりとした脚本と俳優の緻密な表現。劇場を後にしてもなお、人物が置かれた状況と感情の機微を反芻させる」と絶賛が聞こえてきた。10月16日から韓国では劇場公開もされており、日本でも来年公開が確定している。
■台湾の青春映画をリメイク!ノ・ユンソ×ホン・ギョンのラブストーリー『聴説』
26歳のヨンジュンは、同い年のヨルムに一目惚れ。2人の間に淡い恋心が芽生えるが、彼女は聴覚障害のある妹で水泳選手のキョウルがオリンピックに出場することを自分の夢だと信じているため、一歩踏み出せないでいる。
追い求めるような夢がなく生きる青年ヨンジュンに「悪鬼」などで人気を博したホン・ギョン、ハンディキャップを持つ家族の夢を応援しながら自我との間で心が揺れ動く女性ヨルムを「私たちのブルース」「イルタ・スキャンダル 〜恋は特訓コースで〜」で一躍若手俳優の筆頭格に躍り出たノ・ユンソが演じ、青春から人生の岐路へと進む若者たちの恋愛と交流をみずみずしく描いている。
ホン・ギョンは青春映画へ出演について、「もし20代で自分がメロドラマをやるなら、それが映画であってほしいという願望がありました」と意気込みを述べた。
「上の世代の先輩たちの頃は、様々な手法で青春が描かれていたことに憧れと羨望を持っています。でも僕が生きている僕らの時代には、様々な題材がありますし、時代が異なるせいか映画で描かれることが少し減ったんじゃないかと思っていました。『聴説(原題:청설)』はそのなかで出会った物語。いまは全てのことに早さが求められていて、詳しく見る時間すらないような気がします。この物語では手話という言葉が交わされますが、ある人にとってはその言葉を使って育ったわけではないので、分からない別の言葉ですよね。それでも相手から目を離すことなく、全神経と全での心を尽くして理解しようとしなければならないからこそ、とても必要な物語なんじゃないかと思ったんです」。
映画では、コミュニケーション手段として手話が重要な要素となっている。聴覚障害の妹がいるヨルム役のノ・ユンソも、手話をするシーンがかなり多く、「全く新しい言語を学ぶので、すごく難しいと思いました」と明かした。続いて語った役作りのビハインドから、彼女の頭の回転の良さが垣間見える。
「最初は台本のセリフからすぐに覚え始めました。そのうち、繰り返される単語は覚えやすくなり、枝分かれして覚えた言語は関連づけて覚えるので、むしろ簡単に覚えられました。手話を学んでいくうちに、非言語的な表現である表情で意味が変わること、表情によって語尾が変わることなどが新しく見えてきて、学んだこともたくさんありました」。
ホン・ギョンも3か月間みっちり練習を行い、なめらかにできるようになったそうだ。
「なにかを媒介として使わなければならない言語を学ぶということに対する苦悩は、3人の俳優がある程度同じだったと思います。特に力を入れたのは、自分がどんな気持ちなのかということよりも、相手がなにを感じているのかというリアクションを取ることでした。相手に合わせて自分が反応することが身体で分かって、とても大きな学びになりました」。
■イ・ドンフィが本人役で悪戦苦闘!「演じるとはなにか」を考えさせる『メソッド演技』
有名俳優イ・ドンフィは、コミカルなキャラクターで人気を博したものの、演技の幅を広げたいと苦心している。なかなかチャンスが巡って来ず焦りが募るなか、後輩の若手人気俳優から予想外のラブコールを受け、正統派時代劇に王様の役で出演することに。シリアスなキャラクターを演じるべく、メソッド演技法での役作りに意欲を燃やすイ・ドンフィだったが、相次ぐ脚本の変更で王様のキャラクターがコメディのようになっていく…。
今年のアクターズハウスに登場したソル・ギョングは、自分を追い込み役を作り込むメソッド演技を話題に挙げ、俳優の糧になる一方で周囲と自分を苦しめることにもなると明かしていたし、パク・ボヨンも、演技の幅をアップデートすることについて悩みを吐露していた。『メソッド演技(原題:메소드연기)』は、実力派俳優イ・ドンフィが本人として当たり役からの変身に悩む俳優に扮し、メソッド演技や演じることそのものについて語るアイロニカルな一本。大作から独立映画まで、BIFFにはあらゆる演技巧者やその卵たちが集結する。そんな彼らや彼女たちの葛藤を代弁する作品でもあった。
取材・文/荒井 南
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