あとアウト6つで、2024年の戦いが終わってしまう──。
8回表のソフトバンクの攻撃。横浜スタジアムの左翼席の一角からずっと聞こえていたのは、選手応援歌ではなく『いざゆけ若鷹軍団』だった。
打者が入れ替わっても変わらなかった。トランペット演奏とともに、ファンは力の限り合唱を続けた。はたしてそれは奇跡の大逆転を信じた願いだったのか、それともホークスの誇りを示せという檄だったのか──。
DeNAに敗れ日本一を逃したソフトバンクナイン photo by Kyodo News
【シンプルに力負け】結局、その回、ソフトバンクは打者3人が次々と倒れた。9回表もあっという間に2アウトを取られた。最後はこの日、本塁打を放ってチームに30イニングぶりの得点をもたらした柳田悠岐が空振り三振でゲームセット。歓喜に湧くDeNAの選手たちを見つめる柳田の瞳は、赤く染まっていたように見えた。
レギュラーシーズンで貯金42をつくりクライマックスシリーズ(CS)ファイナルでも3戦全勝で突破。圧倒的優位の下馬評のなかで、シーズンでの貯金2だったDeNAに屈した。21世紀以降に出場した過去8度の日本シリーズはいずれも日本一を勝ちとり、その間にはセ・リーグ全6球団を倒して"セ界制覇"も成し遂げてきたが、それもついに途絶えた。
シリーズ2連勝からまさかの4連敗だった。今季レギュラーシーズンで一度しかなかった最長タイを、この大一番で喫してしまった。
自慢の攻撃力が機能せず、苦しいシリーズになった。12球団最多607得点の打線が、防御率セ・リーグ5位(3.07)の投手陣にねじ伏せられた。シリーズ24打数9安打と気を吐いて敢闘選手賞を獲得した今宮健太が「(DeNAには)いいピッチャーがたくさんいるなかで、何もできなかったというところがあるかもしれない」と悔しげに語れば、周東佑京も「シンプルに力負け」と完敗を認めるしかなかった。
2連勝で迎えた第3戦、相手エースの東克樹に7回まで10安打を浴びせたが、1点しか奪えなかった。要所を締められたのもあるし、イニングの先頭打者出塁は一度もなかった。
第4戦のアンソニー・ケイ、第5戦のアンドレ・ジャクソンの速球には歯が立たなかった。この福岡での3試合、ソフトバンク打線は比較的高めに目付けをしていたように思われる。ただ、バットを出すものの、前に弾き返せなかったのだ。それに対応しようとすると、今度は緩急に翻弄された。完全な悪循環に陥ったのだった。
【静かだったソフトバンクベンチ】また、追い詰められていくなかで気になったことがあった。
日本シリーズ中のみずほPayPayドームでは、試合直後の小久保裕紀監督の取材が1塁側ダグアウトのミラールーム(素振り部屋)で行なわれた。先日のコラムで書いたようにゲームセットからたった23秒後に監督取材が始まるほどの近さだ。
もちろん、試合中は代打に備える選手たちがいるので我々メディアがその場所で待機するわけではなかったが、監督がすぐにやってくるため、日本シリーズ期間は9回裏2アウトになったあたりで球団広報に案内される形で特別にミラールームのすぐそばにいることが許された。
筆者は以前、ソフトバンク球団のオフィシャルメディアに従事したことがあり、当時はダグアウトに近い場所で試合中を過ごすことがしばしばあった。試合を生で観ることはできないが、スタンドの歓声よりも試合を戦う選手たちの活気ある声が直接耳に届くようなところだった。
そんな久しぶりの感覚を懐かしみつつ、何か妙な気分になった。
あの頃に比べると、なんだか静かだった。声が上がっていないわけではない。だけど当時とは明らかに違っている。
そうか、あの頃には「熱男」がいたのだ。
2006年に入団してその後チームの顔となって、2022年までソフトバンクに在籍した松田宣浩の声がすさまじかったのは、たぶん一生忘れることはないだろう。「よっしゃー!!」。ホームランでも打ったのか、と思えばただのファウル。味方打者がバットを振るだけでたとえ空振りでも声を上げていたし、ボール球を見送ればそれを称えて叫んだ。そんな雰囲気が日常茶飯事だった。
川島慶三や本多雄一も活発だった。その前は川﨑宗則という元気印がいた。小久保"キャプテン"も、それはもうすごい迫力だった。
【苦境をはね返す圧倒的戦力】2024年のソフトバンクは間違いなく強かった。ただ、長いシーズンを戦えば苦境には必ずぶち当たる。今年のチームにも何度かあった。
たとえば7月7日の楽天戦、今季初の4連敗危機を迎えた試合だったが、1点ビハインドの8回二死満塁で代打・柳町達が逆転三塁打を放って劇的勝利したことがあった。
8月16日のロッテ戦は、前日まで所沢遠征だったチームが台風の影響をモロに受けて早朝移動を余儀なくされるドタバタ劇のなかで臨んだが、福岡で残留調整していた有原航平が完封勝利を飾った。「チームは5時起きと聞いたんで、11時まで寝ていた僕が頑張らないといけないと思いました」と寡黙な有原が珍しく冗談を飛ばすほどの会心の投球だった。
選手層の厚さも個々のタレント力も、12球団のなかでは頭抜けている。だから、苦境にたとえ陥ってもどこかのタイミングで息を吹き返し、快進撃を見せる。9月には4連敗を喫したあとに7連勝したこともあった。
だが、短期決戦の場合は待っている間に終わってしまう。無理やりでも立ち上がらなければならない。たとえカラ元気だったとしても、それが必要だ。
DeNAにはそれがあった。第2戦後に行なったという選手ミーティングで、桑原将志が「悔しくないんか!」とは言っていないと激白したが、声を上げてチームを鼓舞したのは事実。なにより毎試合プレーボール直前にダグアウトで円陣を組んで、桑原がノリノリの声出しダンスをして、あえて"バカ"を演出して盛り上げていた。それはソフトバンクにはない空気感だった。
ソフトバンクとしては"苦境"がたまたま日本シリーズという大舞台の真っ最中に訪れてしまった。それは不運だったとも言える。ふだんの野球をまっとうできれば、違う結果になっていたかもしれない。
「シーズンを戦った選手たちは、そこ(リーグ優勝)は変わることはない。胸を張って福岡に帰ってもらいたい」(小久保監督)
2024年のソフトバンクは強かった。ある意味、唯一にして最大の弱点がこのタイミングで来てしまったのだ。
「熱男」は容易に生まれない。つくろうと思っても、簡単にできるものでもない。
またテクノロジー全盛の野球界において、特にソフトバンクはその方向に全振りしようとしている。だけど、そんなアナログ的な部分も置き去りにしてはいけないと、野球の神様に釘を刺されたのかもしれない。
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