3勝2敗で迎えた日本シリーズ第6戦は、蓋を開けてみれば横浜DeNAベイスターズらしい痛快なまでに"打撃力"が発揮された試合だった。
4回までは4−2のスコアで拮抗するも、5回表に来季から正式にリリーフに転向する濵口遥大が3者凡退で切り抜けて雄叫びを上げた。ファンを煽って盛り上げムードを作ると、その裏の攻撃では押し出しも含め、梶原昂希や筒香嘉智、宮﨑敏郎のタイムリーで一挙7点を奪って11−2。この地点で福岡ソフトバンクホークスの気勢はそがれてしまった。
日本一を決めたDeNAの選手たちphoto by Kyodo News
【深読みせずシンプルにスイング】この試合、まずポイントになったのはソフトバンクの先発の有原航平をどのようにして攻略するかであった。第1戦では7回無失点に抑えられ、攻撃のリズムを作れないままだったが、先制点が重要な短期決戦において、そこをどうにかしなければDeNAに有利に働くことはない。
試合前、攻撃面の戦略を立てる靏岡賢二郎オフェンスチーフコーチは、次のような話をしてくれた。
「前回の傾向はもちろん、違う配球パターンで来る可能性も高いので、それも含めて選手たちにはミーティングで伝えています。また第1戦では、有原投手との対戦経験があまりないとはいえ映像で確認していたのですが、そこに感覚的なギャップがあったと思います。第1戦の対戦経験により、そこは解消されると考えています」
有原の巧みなピッチングはもちろん、捕手の甲斐拓也の打席ごとで異なるリードに手こずった印象もあるが、靏岡コーチはそれについても明確な見解を示してくれた。
「あくまでも対戦するのはキャッチャーではなくピッチャーなので、深読みをすることなく投げてきたボールにシンプルにスイングしていけばいい。狙い球を追い込まれるまでしぼっていこうと伝えました」
明快な指示があれば、打者は雑念を持つことなく打席に入ることができる。結果、有原から4点を奪い、3回でマウンドから引きずり降ろしている。また、その後のリリーフ陣に関しても靏岡コーチは試合前に言及していた。
「リリーバー陣はこれまでとは異なり、先発のスチュワート・ジュニア投手などが投げる可能性が高い。あちらのリリーフ構成が変われば、こっちの攻め方も変わってきます。そこはいろいろな可能性を模索して対策をしています。もちろん勝負の世界ですから傾向やデータでは収まらない部分もあるので、そこもしっかり意識しながら挑みたい」
【心を支えるコーチの存在】結果、DeNA打線は火を噴いたわけだが、試合後に靏岡コーチに話を訊くと安堵した表情で次のように答えた。
「とにかく選手たちがよく準備して試合に入ってくれたので、そこに尽きると思います」
また、靏岡コーチが「傾向やデータで収まらない部分を意識したい」と先に述べているが、そこで重要になってくるのがアナログの部分。すなわち、選手の気持ちや心のありようなどもこの舞台では大事な気がしてならなかった。
クライマックスシリーズ(CS)からこの日本シリーズにかけて、チームの雰囲気がちょっと違っていた。練習を見ていても、明るさはあるのだがピリッとした空気が漂っている。当然と言えば当然なのだろうが、首脳陣も含めて明確なビジョンのもと、覚悟をもって日本シリーズ制覇をイメージしているように感じられた。
そこでキーマンになってくるのが、遠藤拓哉メンタルスキルコーチだ。ポストシーズン中は、普段以上に選手や首脳陣とコミュニケーションを取っている姿が目についた。
遠藤コーチは、2021年の東京オリンピックでソフトボール女子の金メダル獲得を心理面で支えた、日本のスポーツ心理学のパイオニアだ。さらなるレベルアップをするにはメンタル面での向上が必要と踏んだDeNAは、遠藤コーチを招へいし、2022年からチームに帯同している。
これまで多くの選手たちが、遠藤コーチのおかげでグラウンドに立つ際の心の作り方、精神のコントロール、マインドの切り替えなどができるようになったと感謝を述べているのを何度も耳にしてきた。
【短期決戦の"メンタルの持ち方"】ポストシーズンに入ってからの雰囲気の変化を遠藤コーチに尋ねると次のように答えた。
「短期決戦には短期決戦の"戦い方"があるように、短期決戦には短期決戦の"メンタルの持ち方"があります。選手だけではなく、周りでサポートするスタッフも短期決戦用に気持ちを切り替えなくてはいけません。オリンピックもそうですが、短期決戦は自分の力の発揮どころだと思って、『嫌われてもいいや』と覚悟して毎日コミュニケーションを取ってきました」
短期決戦は日程も詰まり、息つく暇もないように思えるが、気持ちの抜きどころというのはあったのだろうか。
「いや、実はそこは抜いていないんです。抜いてしまうと短期決戦はほころびが出てしまうし、負けにつながってしまう。CS後は(ひと息ついて)ほころびが出てしまい、日本シリーズでは連敗スタートになってしまったと思います。そこで、あらためて選手の状態はもちろん、監督、コーチ、スタッフの状態を鑑み、私がその架け橋にならせてもらって、チームが切磋琢磨し、一丸になれるような行動をしていました」
チームに内に漂っていたピリッとした雰囲気は、このような理由から醸成されていたようだ。
さらに、遠藤コーチはこんなことも言っていた。
「選手たちは選手たちでミーティングをして、スタッフはスタッフでミーティングをして、自分たちのできることを確認する。まずは自分に与えられた役割を全うすること。結果、うまくいけばいいですけど、ネガティブに引きずってしまうこともある。そこで、三浦(大輔)監督は『忘れろ』という究極の言葉を使いました」
三浦監督は、とくにポストシーズンに入ってからは「ミスは忘れろ、反省して忘れろ」と語り続け、選手たちを前へ向かせようとしてきた。
遠藤コーチは、どこか思いを馳せるような表情で続ける。
「選手たちばかりではなく、監督も選手たち以上のプレッシャーがかかっていたと思います。近年では指導者にかかるプレッシャーの研究もされていて、そのためのケアと言ってはおこがましいのですが、監督の頭の整理だったり、背中押しというのは常にさせてもらいました」
【世代を超えたつながりが力】そして、チームの精神面においてベテラン選手たちの役割が大きかったと言う。
「今回ポストシーズンで感じたのは、筒香嘉智、戸柱恭孝、山﨑康晃、桑原将志、柴田竜拓といった経験豊富な選手たちがチームを鼓舞し、浮き足立たせないようにしたのも大きかったと思います。彼らがひと言発することで影響力がありますし、支えになった選手もいたと思います。彼らのおかげで全員がひとつになれたし、同じ方向へ矢印を向けることができました」
心技体、そして世代を超えた人間同士のつながりこそがDeNAの力であり、結果それが日本シリーズ制覇を遂げるひとつの要因になった。
「みんなが本当に自分やチームのことを強く意識したシーズンでしたし、それが最終的に形になりました」
だが、DeNAの歩みはまだ止まらない。遠藤コーチは自信を持っていう。
「今回結果が出たことで、来季は次の目標であるリーグ制覇に向かって浮き足立つことなくやっていけると思います」
前出の靏岡コーチの存在もしかり、前例のないアプローチで独自路線を行くDeNAであるが、ようやく成果が出てきたように感じられる。
来季の完全優勝、またはチームの指針である優勝し続けること"に向け、今後どうような進歩を遂げるのか楽しみにしたい。
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