デジタルには表現できない“味”がある!『リトル・ワンダーズ』のレトロフューチャーな世界観を生み出した16mmフィルムの魅力

16mmフィルムで撮られた“レトロフューチャー”な世界観が特徴の『リトル・ワンダーズ』/[c]RILEY CAN YOU HEAR ME? LLC

デジタルには表現できない“味”がある!『リトル・ワンダーズ』のレトロフューチャーな世界観を生み出した16mmフィルムの魅力

11月3日(日) 17:30

『グーニーズ』(85)や『スパイキッズ』(01)を彷彿とさせる、悪ガキたちの冒険を描いた『リトル・ワンダーズ』(公開中)。メガホンをとったのは、これがデビュー作となる新鋭ウェストン・ラズーリ監督。映画冒頭に「SHOT ON Kodak 16mm MOTION PICTURE FILM」(コダックの16mmフィルムで撮影された劇映画)と画面いっぱいに映し出されるなど、16mmフィルムでの撮影にこだわったところがこの作品の特徴のひとつであり、その世界観や魅力的なキャラクターは第76回カンヌ国際映画祭や、第48回トロント国際映画祭など各国の映画祭で多くの称賛の声を集めた。
【写真を見る】自由奔放な子どもたちのキャラクターと色彩豊かな映像美が魅力的な『リトル・ワンダーズ』

カリフォルニア美術大学でグラフィックデザイン、ファッションデザインなどを学んだ後に映画監督に転身した『リトル・ワンダーズ』のウェストン・ラズーリ

現在の映画界はデジタルでの撮影・上映が一般的といわれているが、クリストファー・ノーランやM.ナイト・シャマランらはよりコストのかかるフィルム撮影にこだわっている。また日本でも特別に『オッペンハイマー』(23)や『憐れみの3章』(24)のフィルム上映が実施され、多くの映画ファンが足を運んで話題となった。

いったいデジタルとフィルムの違いとは?フィルムにはどんな種類があるのか?少し駆け足で説明しつつ、『リトル・ワンダーズ』の撮影で使用された16mmフィルムの特性にも迫っていこう。

■デジタル全盛のいま、フィルムで撮影する利点とは

70mmIMAXカメラでの撮影に異様なこだわりを見せるクリストファー・ノーラン

1999年からはじまった『スターウォーズ』新三部作の公開を境に、映画の撮影・上映はフィルムからデジタルへの転換を果たした(ちなみに『エピソード1』は35mm撮影のためデジタル化は上映のみ。全編デジタル撮影・上映への完全移行を実現したのは2002年の『エピソード2』から。世界初の全編デジタル撮影を実現した商業映画は2001年のフランス映画『ヴィドック』)。その後、しばらくはフィルムとデジタル、両方のフォーマットが混在する時代が続いたが、2010年ごろを境にデジタル環境が急速に普及。2023年末現在、日本全国の映画館(シネコン含む)のスクリーン数は3653だったが、そのうちの3602スクリーンがデジタル上映である(映画製作者連盟調べ)ことからも、映画業界はほぼ完全にデジタルに移行したと言っていいだろう。

だが世間のデジタル化が進めば進むほどに、一方でアナログに対する注目が増してくる、というのはおもしろい現象だ。近年は、Z世代を中心としたレトロブームの様相を呈しているが、その流れでレコード、カセットテープ、フィルムカメラといったアナログフォーマットへの再評価が進んでいる。映画業界でも、フィルム撮影で育ち、「映画はフィルムでなくては」とこだわりを持つ大御所監督はもちろんのこと、フィルム時代を知らない(あるいは長きにわたってフィルムから離れていた)映像作家たちが、映像表現の一種として、フィルム撮影を取り入れるケースが増えてきている。

映画フィルムというと、映写機でフィルムをカラカラカラ…とまわしながらスクリーンに映像を映し出すもの、というおぼろげなイメージを持つ方も多いと思うが、ひと言でフィルムと言っても、8mm、16mm、35mm、70mmと、いくつか種類がある。この「mm」というのは文字どおりフィルムの幅の長さで、デジタルで言うところの「画素数」のようなもの。かなり大ざっぱに使用環境を分類するならば、8mm(家庭用)、16mm(テレビ用、劇映画用)、35mm(通常の劇映画用)、70mm(ハリウッドの超大作を上映するような大型劇場用)、IMAX 70mm(超巨大劇場用)といったところ。

35mmで撮影された『哀れなるものたち』の鮮やかでムード溢れる映像美

そしてこれは様々な条件がからむため単純に比較はできないが、デジタルの解像度に換算すると、16mmは2K以上、35mmは4K以上、70mmは8K以上、IMAX 70mmは18K以上の情報量を持つといわれている。映画とはフィルムのひとコマひとコマの静止画の集合体であり、その静止画を1秒あたり24コマずつ、次々と送り出しながら連続してスクリーンに映し出すことで、映画たる動きを実現している(イメージとしてはパラパラ漫画に近い)。

デジタル化がもたらしたこととして、フィルム代、現像代、デジタルで作業するためのスキャン費用、運送費といった諸経費のコストダウン。そしてカメラの高感度センサーの発達により多少暗いところでも撮影しやすくなったこと。フィルムの残り量を気にせずに何度でもトライアンドエラーができることや、連続撮影などが可能となったこと。デジタルデータなのでCGなどの映像の加工が容易となったことなどが挙げられる。

35mmと16mmの映像を織り交ぜた『墓泥棒と失われた女神』

逆にいえばフィルム撮影を導入するということはそれだけの費用と手間、制約などがあるわけだが、そうしたメリットとデメリットを考慮したうえで、作り手たちのなかには表現方法のひとつとしてフィルム画質を選択している者がいる。16mmフィルムでいえば、撮影した映像を通常の映画館でかけられる2K、4Kレベルの画像サイズにブローアップ(引き伸ばし)した場合、粒子の粗い独特のざらついた感触、光と影のコントラストが際立つコクのある映像が映し出される。その映像は鮮明な映像と比べて「夢」のようでもあり、「過去の記憶」のようにも見えるのだ。それはつまり観客を映画の世界に誘い、没入感の手助けをしてくれることとなる。

■ウェス・アンダーソンや三宅唱――16mmフィルムを効果的に駆使するフィルムメーカーたち
16mmフィルムで撮影された作品を探してみると、必然的につくり手のこだわりを感じさせる作品と出会える可能性が高い。ここからは、この時代にあえて16mmフィルムでの撮影を選択した作品をピックアップして紹介してみたい。

【写真を見る】自由奔放な子どもたちのキャラクターと色彩豊かな映像美が魅力的な『リトル・ワンダーズ』

まずは冒頭で紹介した『リトル・ワンダーズ』。3人の悪ガキたちが具合の悪いママの大好きなブルーベリーパイをつくろうとするも、材料となる卵を謎の男に横取りされてしまい、その男から卵を奪還しようと画策。だが運悪く彼らは悪い大人たちの悪だくみに巻き込まれてしまい…という物語だ。本作で16mmを選択したのは、“レトロフューチャーな世界観”を実現させるため。イラストレーターとしても活躍するラズーリ監督は「フィルムは油絵の具、デジタルはアクリル絵の具」であると感じたといい、フィルム撮影を決意。当初、出資者やプロデューサーからは資金面で反対されたというが、「この作品をデジタルで撮影すると、この映画のマジカルな一面が損なわれる」との思いと共に、フィルム撮影を敢行。その甲斐あって、本作の映像は、どこかノスタルジックで、絵本のような物語世界とピッタリとマッチしている。

ショーン・ベイカーがドリュー・ダニエルズ撮影監督と組んだ『レッド・ロケット』

また独特の美的センスで唯一無二の世界観を作り上げるウェス・アンダーソンもフィルムにこだわりを持つひとり。彼のほとんどの作品が35mmフィルムで撮影されているが、その中でも『ムーンライズ・キングダム』(12)は16mmフィルムで撮影された1本。ほとんどの作品でタッグを組んでいる撮影監督ロバート・イエーマンと共に作り出したレトロでポップな色使い、シンメトリーの構図を多用した画面は、映画的興奮に満ちている。また『ANORA アノーラ』(2025年2月28日公開)が第77回カンヌ国際映画祭のパルムドールに輝いたショーン・ベイカー監督は、前作『レッド・ロケット』(21)をテキサス特有の色、湿度、土っぽさを表現するために16mmフィルムで撮影し、「フィルムで撮るとより明確にストーリーテリングに集中できる」とその利点を語っている。

沖田修一監督が、お魚博士のさかなクンをモデルにのん主演で描いた『さかなのこ』も16mmフィルムを使用した1本だ。撮影監督は『寝ても覚めても』(18)、『あのこは貴族』(21)の佐々木靖之キャメラマンが担当。「フィクションともリアルともつかないこの物語の色を表すにはフィルムが最適」(『さかなのこ』パンフレットより)という佐々木キャメラマンの提案により、水中などの一部シーンをのぞき、16mmで撮影されている。また白石和彌プロデュースで、高橋正弥監督が袴田竜太郎キャメラマンと組んだ『渇水』(23)も、「夏場の強い太陽光と室内の暗いコントラストの対比を描くのにフィルム撮影が適切」(高橋監督)という理由から16mmフィルムでの撮影を選んでいる。


過去の時代的背景を描写するにあたってフィルム撮影を選択するケースも多い。人工妊娠中絶が違法だった1960年代のアメリカで妊娠中絶を手助けした女性たちを描いたアメリカ映画『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』(22)や、1945年に小説版第1弾が発表された「ムーミン」の作者トーベ・ヤンソンの半生を描いた映画『TOVE/トーベ』(20)、昭和の混沌とした時代のヤクザを描いた井筒和幸監督の『無頼』などは、その時代の空気感を映し出すために16mmフィルムがチョイスされ、物語の没入感において絶妙な効果をあげている。

コンスタントに意欲的な作品を発表し続ける三宅唱監督も、月永雄太キャメラマンとのコンビで『ケイコ 目を澄ませて』(22)、『夜明けのすべて』(24)という2本の作品で16mmフィルムで撮影した印象的な映像を生み出している。16mmフィルムを採用した理由として三宅監督は「ボクサーの肉体、古いジムの空気感などをとらえるのに、生々しくて温かく、どこかおとぎ話のような雰囲気もある16mmフィルムのテクスチャーが合うだろう」(『ケイコ 目を澄ませて』パンフレットより)と語っている。続く『夜明けのすべて』では、前作と同じフィルム特性を活かした光と影の描写でありながらも、主人公のふたりにそっと寄り添うような、どこか柔らかさを感じさせるような色彩の映像となっている。

以上、簡単ではあるが、16mmフィルムを使用した作品を振り返ってみた。「今度、映画は何を観ようかな」と迷ったときに、「16mmフィルムで撮影されているから」ということも選択肢のひとつとして考慮してみるのはどうだろうか?


文/壬生智裕

※高橋正弥監督の「高」は、「はしごだか」が正式表記



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