ロサンゼルスでの優勝祝賀パレードでスピーチする大谷photo by Getty Images
ロサンゼルス・ドジャースがニューヨーク・ヤンキースを4勝1敗で破り、8度目のワールシリーズ制覇を果たした。移籍1年目で目標を達成した大谷翔平、主要な先発投手を欠きながら頂点に辿り着いた選手層、そして主要選手を継続して維持できる契約マネジメント。有言実行を果たした大谷のコメントからその思いを読み解くとともに、来季以降のドジャースについて展望する。
【MLB史に残る選手】「あと9回、あと9回!」──。
歓喜に酔いしれる大谷翔平が、シャンパンの泡と共に放ったこのひと言が、米国メディアの想像力をかき立てている。悲願の世界一を手にしたロサンゼルス・ドジャースのロッカールームでは、祝福ムードが最高潮に達していた。記者に囲まれていたアンドリュー・フリードマン編成本部長に大谷がそっと近づく。次の瞬間、フリードマンの顔にはシャンパンのシャワーが降りかかっていた。
大谷は10年契約の1年目に世界一になったが、"残り9年も"というわけだ。フリードマン編成本部長はこのあと記者たちに、「彼は1年目にチャンピオンシップを勝ち取った。『これは簡単だ。あと9回繰り返すだけさ』と言っているようなもの」と説明している。
大谷が"This is easy(これは簡単だ)"というニュアンスで言ったとは、信じがたい。スポーツ専門メディア『ジ・アスレチック』のラスティン・ドッド記者は、意外なビッグマウスに「もちろん、大谷が冗談を言っていたと考えるのが妥当。シャンパンが語らせたのかもしれない。しかし、彼がメジャーリーグでこれまで成し遂げてきたことを考えると、それはまたひとつの目標なのかもしれない」と報じている。『ロサンゼルス・タイムズ』紙のディラン・ヘルナンデス記者も「He probably wasn't kidding(冗談ではなかったのかも)」と書いている。
公式戦で最もよい成績を収めればワールドシリーズに出場できた時代(例えば1949年から53年のヤンキースによる5連覇)は過去のものとなり、現在のフォーマットでは、30球団中12チームがポストシーズンに進出し、世界一になるためには少なくとも3つの短期決戦を勝ち抜かなくてはならない。これは、決して簡単な道のりではない。実力だけでなく運も求められてくる。
しかし筆者は、大谷が大風呂敷を広げたわけではなく、本気なのだと思う。「大谷が大谷たるゆえん」は、多くの人が不可能と思う目標をあえて掲げ、リスクを恐れずに全力で挑む姿勢にある。その挑戦心によって、誰もが無理だと思った二刀流で2度のMVPを獲得し、指名打者に専念した今季は史上初の50本塁打・50盗塁を達成するなど、毎年、世界中の野球ファンを驚かせ続けている。そして彼のキャリアは、まだ道半ばにすぎない。
ちなみに、ワールドチャンピオンの称号を手に入れて迎える今オフには、3度目の獲得が濃厚なMVP発表が控えている。世界一と3度のシーズンMVPの栄誉を獲得した選手は、メジャーリーグ史上わずか9人しかいない。過去50年に限るとアルバート・プホルスとアレックス・ロドリゲスのふたりだけだ。その他の受賞者はスタン・ミュージアル、ヨギ・ベラ、ミッキー・マントル、マイク・シュミット、ロイ・キャンパネラ、ジミー・フォックスといった殿堂入りのレジェンドたちである。最終的には、150年にわたるプロ野球の歴史のなかで、ベーブ・ルースをはじめとする偉人たちと並び、野球界に大きな変革をもたらした人物としてその名を刻むことになるのではないだろうか。
フリードマン編成本部長はこの同じ囲み取材で、大谷のプレーヤーとしての履歴書は最終的にどのようなものになるのか、どこに行き着くのかと問われ、「彼が史上最高の選手だというのは議論としてまっとうなものだと思う。今回の優勝はその議論をさらに強化するものだし、これからもまだ先がある」と語っている。
【来季以降も戦力充実21世紀初の連覇への挑戦】もっともシャンパンファイトではなく、正式な優勝会見での大谷の言葉はいつもどおりの謙虚さにあふれ、周囲の人々への感謝の気持ちで満ちていた。1年を振り返ってと問われると、「最後まで長いシーズンを戦えたし、このチームに来て1年目で(世界一になれて)すごく光栄だなと思います」と切り出した。
思い起こせば昨年12月の入団会見、勝つことの優先順位は?と聞かれ、「僕自身の優先順位は、契約形態から分かるように一番上。野球選手としてあとどれくらいできるか誰もわからない。勝つことが僕にとって今、一番大事なこと」と説明していた。それをすぐに実現したのだから、本当にいい初年度だったと言える。
加えて、ドジャースを選んだ理由について問われると、「勝利への明確なビジョンがあるから。大事なのは全員が勝つために、同じ方向を向いていること。オーナーグループ、フロント、チームメート、ファン、みんながそこに向かっている」と語ったが、まさにそのとおりだった。シーズンを通してケガ人が出て苦しい時期も少なくなかった。だが、それをみんなでカバーした。
大谷は「全体的にケガ人が出たシーズンだったと思いますし、代わりに入ってきて、プレーした選手がカバーする試合が多かった。逆転が多いスタイルというか、みんながどれだけ点を取られてもあきらめずに、ブルペンもつないでいくという気持ちが勝ちにつながったのだと思います」と振り返った。ムーキー・ベッツやフレディ・フリーマンのような偉大な選手とプレーできたが、「自分の野球観、野球技術を上げてくれるようなすばらしい選手たち。フレディとムーキーはもちろんですけど、1番から9番まで自分の仕事をプロフェッショナルにこなしていく選手たちが集まっていた」と仲間を称えている。
ちなみにワールドシリーズで連覇を達成したチームは、直近では1998年から2000年のヤンキースだ。21世紀になってからは一度もなく、すでに書いたようにポストシーズンを勝ち上がるには実力だけでなく、運も必要。連覇はとても難しいが、ひとつ言えるのは、来年のドジャースは、今年よりも強くなる可能性が高いということだ。
今季は、大谷も言っていたようにケガ人続出で万全ではなかった。特に先発投手陣の離脱が相次ぎ、エースのタイラー・グラスノーと将来の殿堂入り投手、クレイトン・カーショーはポストシーズンを全休した。しかしながら来季は大谷が投手として復活するし、2年目の山本由伸はシーズンを通してローテーションを守るだろう。千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希も加わるかもしれない。ダスティン・メイ、トニー・ゴンソリンといった生え抜きの先発投手も長いリハビリから復帰してくる。
加えてMLBのFA市場では、長期の大型契約が必ずしも成功するとは限らないが、ドジャースは賢明に資金を投資している。2027年時点でも契約が続く選手には、グラスノー、山本、ベッツ、フリーマン、大谷、そして捕手のウィル・スミスがいる。さらに、大谷の大型契約の後払い方式は、チームにとってより柔軟な財政運用を可能にしている。このオフシーズンには、ポストシーズンでも活躍した投手、ジャック・フラーティやウォーカー・ビューラーがFA資格を得るが、コービン・バーンズ(ボルティモア・オリオールズの先発投手)のような大物選手を獲得するチャンスがあるかもしれない。
「あと9回、あと9回!」という大谷の言葉。デーブ・ロバーツ監督はこの発言について聞かれると、「これまでずっと相当のプレッシャーと戦ってきたから、まだ考えたくない。今はこの瞬間を楽しみたい。でも、来年春のキャンプが始まったら、それが目標になるのは間違いない」ときっぱりと話している。
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