2011年に「モーニング娘。」の9期メンバーとしてデビューを果たし、2015年12月にグループを卒業した鞘師里保。17歳でダンスと語学を学ぶために単身ニューヨークへと留学した彼女は、帰国後の2020年に芸能活動を再開。現在はアーティストとしての活動と併行して、俳優としても様々な挑戦を続けている。
【写真を見る】鞘師里保の本格的な映画初出演作『十一人の賊軍』。モーニング娘。時代の経験はどう活かされた?
「正直なところ、役者としてここまでいろいろな機会をいただけることは想定していませんでした。以前はお芝居と距離を置きたいと考えていた時期もあったのですが、モーニング娘。を卒業するころから周囲の人たちに『お芝居をやってみたら?』と言われることが増え、好奇心が強い私は、新しい世界に一歩踏みだしてみることにしました。右も左もわからない時期もありましたが、やっていくうちに楽しくなってきて、いまではもっとお芝居のおもしろさを追求したいと思いながら、ひとつひとつの作品に向き合っています」。
持ち前のマイペースを維持したまま邁進する鞘師にとって、2024年は大きな飛躍の一年となったことだろう。1月期にはテレビドラマ「推しを召し上がれ〜広報ガールのまろやかな日々〜」で地上波連ドラ初主演を飾り、7月にはアーティストとして1stアルバム「Symbolized」をリリース。また同月からは加藤拓也作・演出の舞台「らんぼうものめ」で主人公を演じ、10月からは2023年に放送された主演ドラマの第2シーズンとなる「めんつゆひとり飯2」もスタート。そして『十一人の賊軍』(公開中)で、俳優としての活動を本格化してから初めての映画出演を果たす。
■「いままでやってきたことが全部つながっている」
「仁義なき戦い」シリーズの脚本家としても知られる笠原和夫が60年前に執筆した幻のプロットを、「孤狼の血」シリーズの白石和彌監督が映画化した『十一人の賊軍』。明治維新のなかで起きた戊辰戦争の最中、新発田藩(現在の新潟県新発田市)で繰り広げられた歴史的事件、奥羽越列藩同盟への裏切り=旧幕府軍への裏切りのエピソードをもとに、罪人たちが“決死隊”として、無罪放免をかけて砦を守る任に就くという集団抗争時代劇。
広島県出身の鞘師にとって、「仁義なき戦い」の脚本家と「孤狼の血」の監督作で本格的な映画デビューを飾るというのは運命的なこと。「白石監督は地元が舞台の作品を撮ってくれた監督として、とても印象深く思っていました」と地元愛をのぞかせる鞘師。モーニング娘。時代の活躍はもちろん、2021年にゲスト出演したテレビドラマ「アノニマス〜警視庁“指殺人”対策室〜」など俳優として着実にキャリアを積む鞘師の姿が白石監督の目に留まり、今回の出演オファーにつながったようだ。「いままでやってきたことが全部つながっているんだなあ、と感じています」と、しみじみと笑みをこぼしていた。
映画出演もさることながら、本格的な時代劇への出演も今回が初めて。撮影は千葉県鋸南町に建てられた東京ドーム約1個半ほどの広さを持つ巨大なオープンセットで、昨年8月から11月かけて行われた。「お声をかけていただいてから撮影に入るまでがあっという間で、たっぷりと時間をかけて撮影するというのも初めての経験。現場で感じた作品のスケール感や、過酷な環境も含めて、本当に戦場のようでもあり、特別な現場でした」と有意義な日々を振り返る。
しかもその撮影期間は、ちょうどツアー「RIHO SAYASHI 3rd LIVE TOUR 2023 whynot?」の真っ最中でもあったという。「撮影期間中にほかのお仕事の現場に入ると、なんだか現代に転がり込んでしまったような錯覚になるぐらい、なつという役柄やいままで味わったことのない当時の感覚に没入していました(笑)。たぶん切り替えることができたのは、ソロツアーのおかげ。ステージで曲が鳴ったら、もう切り替えざるを得なくなる。そんな日々を過ごしていました」。
■「“ぶっ殺してやる精神”は私のなかにもあります」
鞘師が劇中で演じたなつは、子を堕された恨みから男の家に火を放ち、罪人となる。そして砦を守る任務に就く“決死隊”のなかで唯一の女性として、一癖も二癖もある男たちをサポートしていく。「最初に白石監督とお話をした際に、作品の話や役柄についての説明よりも、私自身がどう生きてきたかについて訊かれました。キャスト本人のバックグラウンドを重視して配役されているとのことだったので、私自身もなつに自分の人生を投影することが必要だと感じながら、役づくりに臨みました」。
そう明かす鞘師の“バックグラウンド”には、もちろんモーニング娘。として活動した5年間が含まれている。当時のモーニング娘。のメンバー数は、鞘師も含めて9名から13名。“決死隊”と同じ11名だった時期もあり、このチームで活動していた経験は、少なからず本作に活きたようだ。特に鞘師が自身と役柄を重ねあわせたポイントは、「チームのなかでの役割を徐々に覚えていくこと」と「もう一度這い上がっていくんだという強い意志」の2点だったという。
「初めは一人でなんでもできなきゃいけないと思っていたのが、少しずつ『ここはほかのメンバーに任せられるから、歌とダンスに集中しよう』とか、『息抜きになるコメントをするメンバーがいるから、私は真面目なコメントをしよう』とか、結束が深くなっていくにつれて周りが見えてきて役割分担がわかってくるんです。なつの場合も同じで、最初は男たちを毛嫌いしているけれど、“生きるんだ”という強い思いが共通していることで一致団結して、自分のすべきこと見つける。なつの気持ちや周囲との関わり方の変化は、“描かれていない部分”が重要だと思っていたので、これまでの経験が役に立ちました」。
また「どこかに所属していると、みんなと支え合ってひとつのところに向かっていけるけれど、ふとした瞬間に孤独な気持ちになって目標がぐらついてしまうこともある。私も一度、自分で自分を支えきれなくなって心が折れてしまった経験があるんです」と明かす。「でも卒業して留学して、いまこうして自分の道を進んでいくと決めたいま、信じているものに対して信じるための自信を持ちたい。なつが強い意志を持って心の内を叫ぶことで、自分の背中を押してくれているような気持ちになったんです」。
鞘師の経験がなつという役柄に、なつという役柄が鞘師自身に。相互に良い影響を与える役柄とめぐり逢える貴重な経験は、今後の活動において大きな財産となることだろう。「すごくいいタイミングで、なつという役に出会えたと私自身も思っています。私が物語のなかでなつを“救ってあげる”と同時に、私も彼女に“救われている”。おかげでいままで頑張ってきた自分を、自信をもって肯定できるようになりました」。
ちなみに、予告映像で見られるように、なつは「ぶっ殺してやる!」という台詞など殺気立った強烈な言葉を口にするシーンが多い。「“ぶっ殺してやる精神”は私のなかにもありますよ」と笑顔で語る鞘師。「これまでは穏やかな、明るかったりちょっとゆるかったりする役柄を演じることが多かったので、なつという役にギャップを感じてもらえるとうれしいんですが、私自身はそんなにかけ離れている存在とは思っていないんです。あ、でもプライベートで『ぶっ殺してやる』は言ったことないですからね(笑)」。
■「留学を経て、自分にもちゃんと選択肢があると知った」
濃密な撮影の日々から約1年。本作は第37回東京国際映画祭のオープニング作品としてワールドプレミアを迎えたのち、ようやく公開の時を迎える。「この物語のなかで生きたという実感は確かにあるので、やっと多くの人に届けられることを感慨深く思っています」と現在の心境を明かす鞘師だが、一方で「いまだに自分が本当にこれだけのスケールの映画に出ているのかと信じられない部分もあります」とも。
そんな鞘師にはひとつだけ心残りがあるという。それは時代劇・活劇の花形ともいえる殺陣をはじめとしたアクションシーンだ。劇中には派手なアクションシーンが数多くあるものの、サポート役に回っていたなつは戦闘には参加しておらず、鞘師自身アクションに挑む機会には恵まれなかったという。「(仲野)太賀さんたちが殺陣をやっているのを、羨ましそうな目で見学していました。現場では『アクションやりたかったー』ってずっと言い続けていましたね(笑)」
そうしたこともあって、鞘師が女優として次にやってみたいことは「アクション映画に挑戦すること」だという。「最近、別の作品でアクション指導の方とお話しする機会があって、殺陣や、銃を使うアクションをやりたいから教えてほしいと頼み込んでいます!」とアピールする鞘師。「でも銃を使う映画は日本では限られていますよね…。そういう作品に出られたらうれしいんですが、例えば広島ヤクザ…。『孤狼の血』の3とか…(笑)」。
12歳でモーニング娘。の一員となった鞘師も現在26歳。「年齢で成長したのか、それとも留学で成長したのかはまだわからないですが、自分にもちゃんと選択肢があるんだと知ることができました」と、最後にあらためて留学から現在までの歳月を振り返る。「モーニング娘。の時には求めてもらえることで目標が定まっていた。でも同時に、大人になった時に選べなくなることや、選んじゃいけないという恐怖感もありました。でも外に出てみたら、みんなやりたいことを選んでいる。それに気付けただけで、大きな学びになったんです」。
そして「私がハロー!プロジェクトにいた時代には出せなかったような“個”の強さを持った後輩たちが頑張っているのを見ると、とてもすてきに感じるし、羨ましくもあります。私も“こうしなきゃいけない”というイメージをどんどん崩して、いろんなことに挑戦していきたいですね」と、さらなる進化を誓った。
取材・文/久保田 和馬
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