ソフトバンクの猛進がついに止まった。2018年日本シリーズ第3戦から今年の第2戦まで続いていた連勝は「14」で途切れた。
1対1の同点で迎えた5回表。この回から2番手で登板した大津亮介が先頭打者の桑原将志にいきなり勝ち越しソロを浴びると、内野安打と連続四球で招いた無死満塁から筒香嘉智に犠飛も打たれた。結局1アウトしか奪えずに2失点。失意の降板となった。
プロ2年目の大津は、昨季リリーフで46試合に登板して成果を挙げるも今季は先発に転向した。それでも開幕ローテ入りを果たして7勝7敗、防御率2.87と及第点のシーズンを過ごしていた。この日本シリーズでは先発枠から外れる形になったものの、ロングリリーフもしくは第2先発としての役回りを担うことになっていた。
日本シリーズ第3戦、ソフトバンクの4番手で登板し好投した前田純photo by Sankei Visual
【育成ドラフト10位でプロ入り】その右腕がまさかの早期降板となったわけだ。1対3となり、なおも一死一、二塁。ここでソフトバンクのベンチはドラフト2位ルーキー・岩井俊介をマウンドに送った。
レギュラーシーズンではすべてリリーフで15試合に登板。一軍に定着していたとは言えないが、マウンド度胸は光るものを見せていた23歳右腕は堂々たる投球を見せた。ひとつ四球を与えて2死満塁としたが、最後は戸柱恭孝を力のない遊ゴロに仕留めてチームの傷口をふさいだ。
5回裏のソフトバンクは無得点で、スコア1対3のまま。
まだ2点差の試合中盤。小久保裕紀監督が球審・原信一朗のもとへ歩み寄る。
4人目の投手で告げた名前は、長身左腕の前田純だった。
おそらく、ソフトバンクの熱心なファン以外にはあまり馴染みのない投手だろう。沖縄出身、プロ2年目の24歳左腕。中部商業高校出身だから山川穂高の後輩にあたり、その後大分の日本文理大学を経て、2022年育成ドラフト10位でソフトバンク入りした。
昨年はおもに三軍戦で研鑽を積んだため、公式戦登板は二軍でも1試合のみ。ただ、今季は二軍のローテーション定着を果たして好成績を収めたことで、今年7月24日に支配下登録入りを勝ちとった。
二軍ではウエスタン最多勝の10勝、防御率は同リーグ3位の1.95の堂々たる成績を挙げた。そして9月29日の日本ハム戦で一軍デビュー。先発で6回を投げて被安打3、奪三振5、無四球で無失点の満点ピッチングでプロ初勝利を飾ったのだった。
前田純は、パワー系投手全盛の時代のなかで異彩を放つ。身長189センチの長身だがスラリとした体型。真上から投げ下ろす直球は140キロそこそこだ。だが、米大リーグで「VAA」と表現されるベース板にボールが入る角度(バーティカル・アプローチ・アングル)が優秀なのだろう。その球速帯の直球でも十分に勝負ができる。さらにチェンジアップの"抜け"もよく、日本ハム戦での投球を見ても初見の打者がかなり苦戦する様子がわかった。
【日本シリーズでも堂々の投球】はたして育成ドラフト10位入団から支配下登録を経て、わずか3カ月後に迎えた日本シリーズ初登板のマウンドだったが、強力なDeNA打線に対しても堂々たるピッチングを披露した。
最初の打者だった森敬斗にはフルカウントと粘られるも最後は143キロ直球で空振り三振。「3ボールまでいったけど、四球を出さなかった」と自信も持てた。続くこの日絶好調だった桑原も遊ゴロに仕留めるなど3者凡退。7回表もマウンドに上がり、牧秀悟を大きなカーブで遊飛、オースティンはチェンジアップで空振り三振、筒香は直球で一ゴロと、まさに変幻自在のピッチングで強打者たちを翻ろうしたのだった。
大舞台で2回完全投球。そばで取材していたDeNA担当に「何者?」と聞かれ、どう表現すれば伝わるのか思案した結果、「阪神の大竹耕太郎の背をもう少し大きくした感じ」と説明した。それが一番わかりやすいと思う。
完ぺきな投球を見せた前田純だったが、実はめちゃくちゃ緊張していたと試合後に苦笑いを浮かべながら振り返った。
「5回表くらいに『6回の頭から行くから』と言われて。『おおぉ』と思いました」
文字にしづらいうなり声は決して威勢のいいものではなかった。
「最初は『えっ、マジ?』みたいな感じになりました。でも、ずっと(試合で)投げていなかったので楽しみが湧いてきて。それと同時に緊張もしてきて。ちょっと気持ちがふわふわしちゃっていたので、鎮めよう、鎮めようと思ってブルペンで準備をしていました」
ただ、その緊張感は日本シリーズの大舞台が引き起こしたというより、やり慣れない中継ぎでの登板で気持ちのつくり方が難しかったからだと言った。そんな精神状態だった影響か、マウンドに上がって最初に森敬斗と対戦した際には2球続けてサイン違いのボールを投げてしまい、捕手の甲斐拓也がたまらず前田純のもとに歩み寄るシーンもあった。
そして、前田純にはこんな質問もした。
──自身の中学とか高校時代を考えれば、4万人超満員の日本シリーズのマウンドに立つというのはスゴイことだと思うけど?
前田純は小さく笑ってうなずいた。
「それは本当にスゴいことだと感じて投げました。幸せでした、はい」
【高校時代は公式戦登板なし】先述したように高校は主砲・山川の後輩にあたるが、実は高校3年間で公式戦登板は一度もない。
「ベンチに入ったことが一回もなかったんです。中学校でも最後の大会で一度入っただけ。小学校の時はレギュラーでしたが、ピッチャーじゃなくてファーストで出ていました」
そんな選手がなぜプロ入りできたのか。
「小さい頃、野球を始めた時からプロを目指していました。実力はないけどプロに行こうと思ってやってきました」
日本文理大学でも下級生の頃はまったく試合で投げることはなかった。だが、運命の出会いを果たす。
「大学で元プロ野球選手の吉川輝昭さんにずっと教えてもらいました。マンツーマンで付き合ってくれて、それで自分の特徴を生かした投げ方になって、自信がつきました。身長がある分、角度を生かした方がいいんじゃないかと。それまでは腰の回転を早く、リリースポイントを前という意識だったのが、上からたたくようになって奪三振も多くなったんです」
吉川氏は2004年から2013年までの10年間現役で活躍したのだが、奇しくも在籍したのがDeNAとソフトバンクの2球団だったというのだから不思議な巡り合わせである。
小久保監督も試合後、前田純の好投を大いに称えた。
「短期決戦の敗因を振り返る意味がないんで、別に。でも、いいとこはいっぱいありましたね。マエジュン(前田純)、日本シリーズ初登板、育成選手からはい上がって日本シリーズでね、あれだけ投げきった」
また、前田純以外にもルーキーの岩井を迷いなくマウンドに注ぎ込んだところに、小久保監督のマネジメント力が現れていた。
筆者が囲み取材のなかで、このように水を向けた。
──監督が「あとふたつ勝つ」とおっしゃるのは、逆に言えば3つは負けられるという考えですか?
「そう、そうです。何回も言ってるじゃないですか。だから、明日以降につながるところを見極めないといけないんで。そういう点では前田の使い道も、言えませんけど決まったし、尾形(崇斗)、(ダーウィンゾン・)ヘルナンデス、(ロベルト・)オスナはね、今日は出してないんで、勝てるゲームに注ぎ込むっていうところでしたね」
7試合の中で4つ勝つために何をすべきか。小久保監督の思い描いている道からはまだ外れていないようだ。
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