ブックデザイナー・祖父江慎が『八犬伝』から受け取ったメッセージ「お上を恐れずに楽しい人生を送るための、クリエイターたちの闘い方はいまも昔も同じかも」

原作の名場面として有名な、芳流閣での決闘シーン/[c]2024 『八犬伝』FILM PARTNERS.

ブックデザイナー・祖父江慎が『八犬伝』から受け取ったメッセージ「お上を恐れずに楽しい人生を送るための、クリエイターたちの闘い方はいまも昔も同じかも」

10月29日(火) 19:30

江戸時代に、28年という異例の長期連載を経て、全98巻、106冊で完結した小説「南総里見八犬伝」の物語と、作者である滝沢馬琴の創作に向き合う姿を、“虚”と“実”、2つの世界を交錯させながら描く極上のエンタテインメント映画『八犬伝』(公開中)。馬琴役の役所広司、馬琴の友人で画家の葛飾北斎役の内野聖陽ら日本映画界が誇る豪華キャストの競演でも話題を集めている。
【写真を見る】祖父江慎が所蔵する「南総里見八犬伝」の挿絵もすごい…妖犬・八房が敵の首を獲ってきたシーンも!

馬琴の「南総里見八犬伝」といえば、完成から180年以上が経ったいまでも、世代を超えて多くのファンに愛され続けている大ヒット伝奇小説。長年にわたり、ブックデザインの第一線で活躍し、展覧会のアートディレクションも手掛ける祖父江慎もまた、「南総里見八犬伝」の底知れぬ魅力にハマってしまった1人だ。

■「『南総里見八犬伝』という本来は一つのテキストが、時を経て多様な読者に向けてどう変化していったのか」

「南総里見八犬伝」では、8つの珠を持つ8人の剣士が壮絶な戦いに挑む

江戸期に出版された「南総里見八犬伝」(全106冊)から、明治・大正・昭和・平成・現在まで脈々と出版され続けている「八犬伝」関連の書籍まで、変化する出版物の観察者として知られ、もはや“研究者”の域に達している祖父江に、馬琴が書いた「南総里見八犬伝」のすごさや時代背景、今回鑑賞した映画『八犬伝』の感想について、たっぷりと話を聞いた。

本棚には「南総里見八犬伝」の初版から、滝沢馬琴の日記など関連書籍がズラリ

初版の「南総里見八犬伝」の表紙には犬がいっぱい!

「『八犬伝』にハマったのは、20年ほど前から」と祖父江は振り返る。「僕は、時代と共に変化していく印刷物や、読者に併せて表情が変わってしまう“同じ物語”の多様性に興味があるんです。“同じ本好き”としても有名です(笑)。もともとは、出版における書体や文字組の歴史を探るために、夏目漱石の『坊っちゃん』の書籍研究をしていたんですが、『坊っちゃん』が発表されたのは、100年ちょっと前、すでに金属活字の時代だったので、だいたいはすぐに揃っちゃったんです。なので、今度は活字ができる前の時代…ちょうど木版印刷での出版がにぎやかになる天保の時代からの変化を確認してみたくなって、現在でも人気のある『八犬伝』がいいんじゃないかなと思って集めはじめたんです」。

【写真を見る】祖父江慎が所蔵する「南総里見八犬伝」の挿絵もすごい…妖犬・八房が敵の首を獲ってきたシーンも!

「中編小説の『坊ちゃん』は薄い本だったので、次は違うタイプの長編ものにしようという意図もありました。『南総里見八犬伝』が出版されたのは、まだ金属活字もなくって整版印刷の時代なんですね。当時は、振り仮名はふってあるけど、読点も改行もカギカッコもない。主語もあまりないうえに実名ではなく字(あざな)で呼び合うから誰が誰だかわからない。読みにくいんです。28年という長い連載の間には出版社も変わるし、あまりにも長いから、大衆・子ども向けの短いバージョンの本もたくさん出ているんです。なにをカットしてどんなふうに短くされたのか、ということにも興味があるんです。『南総里見八犬伝』という本来は一つのテキストが、時を経て多様な読者に向けてどう変化していったのかを確認してみたくなったのが『八犬伝』にハマったきっかけです」。

子ども向けに短くまとめられた「八犬伝」も発見

「初刷には、牛同士を戦わせる賭博シーンの挿絵があったんですが、天保の改革で検閲が厳しくなり、増刷からは真っ白いページになるなど、いかに幕府の眼から逃れて出版し続けたのか、とかも本を通して実感できます。日本の出版事情が丸わかりですよ(笑)」。

■「新八犬伝」は「坂本九さんが黒子姿で登場して、物語を講談調にテンポよく爽快にで解説してくれるのが、めちゃくちゃよかった」

映画『八犬伝』を撮った曽利文彦監督が少年時代に夢中になり、映像作家としての原体験にもなったというNHKの連続人形劇「新八犬伝」は、祖父江も大好きだったとのこと。

NHKの連続人形劇 「新八犬伝」の小説版

「坂本九さんが黒子姿で登場して、物語を講談調にテンポよく爽快に解説してくれるのが、めちゃくちゃよかったんですよ。人形の出来もすばらしくて、八犬士それぞれの性格がきちんと棲み分けされてて、動きも時に人形劇的で時に文楽っぽくと、バラエティ豊かで目が離せませんでした。今回の映画を観ていても、伏姫の首にかかる数珠飾りから、8つの珠が解き放たれて、空に飛んでいくシーンや、巨大な怨霊の姿になった玉梓が上から八犬士を見下ろしているシーンなんかは、ちょっと人形劇を思い出しましたね。人形劇の玉梓って、すんごく怖かったんです」。

怨念で里見家を末代まで祟る…八犬士最大の敵の玉梓(栗山千明)

といっても、祖父江が映画を観た時の印象は、いわゆるノスタルジックなものではなかったという。「それよりも、『南総里見八犬伝』の物語のパートがどんどん後半になるにしたがって、マーベル・コミックスの『スパイダーマン』とかのスーパーヒーロー映画を観ているような気持ちになっていきました。とにかく映像にすごく力が入っていて。クライマックスの玉梓の巨大な顔も、炎の塊になっている姿の映像も、現代のVFX技術じゃないとできない表現ですね」。

■「あえて“虚”と“実”の描き方をあまり変えずに、どこか混ざっているような感じがおもしろい」

「南総里見八犬伝」の作者、滝沢馬琴(役所広司)と、馬琴の友人で絵師の葛飾北斎(内野聖陽)

「南総里見八犬伝」の話に、実の世界が加わった本作のユニークな構成は、戦後日本を代表する娯楽小説家・山田風太郎の原作小説どおりだが、「“虚”と“実”のパートが入れ子になっている多重構造は、現代的だ」と祖父江は考える。フィクションの「南総里見八犬伝」と、馬琴と北斎の人間ドラマ。2つの世界を行き来し、さらに歌舞伎・忠臣蔵での「東海道四谷怪談」の話も入ってくる。「いろんなものが重なり合っていくところ」が本作の魅力だ。

“虚”と“実”の2つの世界が交差する前代未聞のエンタテインメントに仕上がっている

「あえて“虚”と“実”の描き方をあまり変えずに、どこか混ざっているような感じもおもしろくて。説明的にならなくても、『ここからは“虚”のパートだ!』というのは、光やレンズの具合でわかります。いまのお客さんは解像度がいいですから、2つの話が同時に動いていても内容処理はできます。また、複雑で凝った構成でも、キザなアートっぽさはなく、ちゃんとエンタテインメントに徹しているところもいい」。

■芳流閣での戦いが「あれほど美しく映像化されたのは初めてじゃないかな」

「智」の珠を持つ犬坂毛野の華麗な舞のシーンにも注目

“虚”のパートには、八犬士をはじめ、個性的なキャラクターたちが数多く登場する。「八犬士たち、全員アクションもかっこよかった!僕は、女装をして舞を踊る犬坂毛野(板垣李光人)が好きなんですよ。伏姫(土屋太鳳)や玉梓(栗山千秋)など女性のキャラクターも含めて、みんな役のイメージに合っていた。すごいなと思ったのは、“虚”のパートの役者さんたちが、いかにも物語のあらすじにふさわしい説妙な演技を狙って演じているところ。そんな“虚”の湯加減も、かなり計算されているんだなと感じました」。

里見家にかけられた呪いを解くため、8つの珠を空に解き放った伏姫(土屋太鳳)

そのなかで特に印象的だったシーンとして、祖父江が挙げたのは「八犬伝」屈指の名場面と言われる、芳流閣の屋根の上で繰り広げられる犬塚信乃(渡邊圭祐)と犬飼現八(水上恒司)の戦いのシーン。「あそこは力が入っていてよかったですね!信乃と現八の戦いが、あれほど美しく映像化されたのは初めてじゃないかな。カメラマンも凄腕だった。魅力的なキャラクターの人数が本当に多いので、もっと長く観たいという気持ちになりました。『南総里見八犬伝』だけでも長いのに、もう一つの物語も含めて同時に2時間半にまとめるのはさすがですが、なんかもったいない。もし編集でカットしたシーンがあるなら、ぜひあとからロングバージョンに編集して発表するべきですよ」。

28年の歳月を費やして書き上げた、馬琴の苦悩と執念が心に迫る

と、ここまで“虚”のパートについて語ってもらったが、やはり「本作の軸となるのは、馬琴と北斎の関係」と祖父江は言う。「とにかく馬琴と北斎、どっちも変態的天才(笑)。単にできのいい仕事人じゃダメなんですよ。そういう意味でも、北斎が馬琴の背中を借りて絵を描いているシーンはよかったですね。ああいう文脈からずれたシーンがあると笑えてホッとします。教科書みたいな映画じゃないんだっていう。北斎が絵を描いた紙で鼻をかむシーンもおかしかったし。あのあと、馬琴が鼻水だらけの手になって(紙を)のばすの?ってドキドキしたんだけど、そこまでじゃなくて安心しました。観客との距離感もばっちりでしたね」。

■「霊とか怨念の力で権力者に仕返しをする話っていうのは、お上に対する強烈な嫌がらせでもあった」

 「東海道四谷怪談」で伊右衛門を演じる中村獅童

馬琴と北斎が歌舞伎を観に行くシーンで登場するのは「仮名手本忠臣蔵」の「東海道四谷怪談」。あの演目が大ヒットしたのには「時代的な背景がある」と祖父江は説明する。

「さらに盛りだくさんですね。当時の恐怖ものの楽しみ方って現代とはちょっと違って、単に怖さを味わうというだけじゃないんですよ。当時、怖いものなしと思われる権威者って、霊に対する恐怖心だけは強かったんです。霊とか怨念の力で権力者に仕返しをする話っていうのは、お上に対する強烈な嫌がらせでもあったんです。『忠臣蔵』のような仇討ちものだけじゃ上演が禁止されたらそれまでです。怨念ものは、弱い民衆の強い味方でもあったんですね。それで、鶴屋南北は民衆の味方でもある怨念ものを、無理矢理入れ込んだのではないかしらって思ってます。お上に向けての“不安攻撃”ですね。恐怖ものを娯楽として楽しめるゆとりが弱い立場の民衆にはあったんですね。『南総里見八犬伝』のなかにも、化け猫が出てきたり、妖術を操ったりするシーンがたくさんあります。後半になるほどに怖さがマックスになってきて、もう眠れなくなっちゃいますよ」。

「東海道四谷怪談」でお岩を演じる尾上右近

舞台のシーンで「東海道四谷怪談」の伊右衛門を演じる七代目市川團十郎役に中村獅童、お岩を演じる三代目尾上菊五郎役に尾上右近が出演している点にも注目し、「だいたい、映画のなかで歌舞伎のシーンがある時は、普通の役者が演じるケースが多いんだけど、この映画はほんまもんの歌舞伎俳優がしっかりやっているのもすごいですね。発声も、振りもさすがでした」と、細やかなキャスティングに感心。

「東海道四谷怪談」の作者である鶴屋南北を演じる立川談春

歌舞伎を鑑賞したあと、馬琴と北斎が歌舞伎作者の鶴屋南北(立川談春)と舞台裏で対面するシーンもインパクトがあったという。「南北が逆さまに出てくるところも、彼らしくておもしろかったです。ずーっと逆さまの状態でしゃべっていて、その間、逆光で顔がはっきり見えないのも効いていましたね(笑)。南北は人をビックリさせるのが好きで、なにをやっても強烈な印象を残してしまうんです。『東海道四谷怪談』も、急に人がパッと出てくるなど、観客を驚かすような仕掛けがいっぱいちりばめられていて。当時の人たちにとっては、究極のエンタテインメント、ディズニーランドみたいなものだったのかもしれませんね」。

■「南総里見八犬伝」の既刊本の表紙や製本も「当時のとおりに作られていた」

馬琴の書斎を完全再現!積み上げられた本の量や位置は、時間の経過にあわせて変えられている

また、馬琴の書斎や、置かれている「南総里見八犬伝」の本などの小道具は、祖父江の目から見ても「すっごくリアルだった!」と、美術においても感銘を受けた様子。「例えば馬琴の書斎にある本。いまの人だったら、本を立てて置いちゃうけれど、当時の人は寝かすんです。和紙の置き方もリアルでしたね。きっと実際の馬琴の書斎も、あんな感じだった気がします」。

北斎が描いた下絵や、細部の装飾にも注目!

スクリーンに映っていた「南総里見八犬伝」の既刊本の表紙や製本も「当時のとおりに作られていた」とのお墨付き。「表紙のデザインって、再刻する度に変わるんですけど、馬琴の書斎ににあったのは、たぶん初版デザインが置いてありましたね。よくこれだけ調べて、複製を作ったなあって感心してしまいました。シーンが進むごとに、時系列に合わせて新刊が増えて、積まれた本の高さが変化していく過程もわざが細かい。めちゃくちゃ丁寧に作られているから、じっくり観返したくなりました」。

「南総里見八犬伝」の本は、実物のスキャンデータを元に、製本されて間もないように再現して作られた

牡丹形の痣を見つけるシーンや、犬塚信乃が名刀・村雨を振るうシーンを、劇中で北斎が描いた下絵

自他ともに認める「八犬伝」マニアの祖父江が、本作を通して新たに気づかされたのは、馬琴と北斎が生きた江戸時代後期、化政文化の豊潤さ。「馬琴や北斎、南北をはじめ、まさにあのころ江戸期の鬼才たちが揃ってたんだってことに気づかされました。いまもそうかもだけれど、江戸期もやっぱり社会とか組織って一般から見ると“悪”なんですよ。それに対して、数はたくさんいるけれど、意見は通らない人たちを、どうやって元気にさせるかという役割を芸能やエンタメが果たしていた。とにかくおもしろいものを作りたい!というクリエイターたちの、お上を恐れずに楽しい人生を送るための闘い方は、いまも昔も同じかもって思いました」。

読み書きができないながらも、馬琴の執筆をサポートするお路(黒木華)

もう一つ、祖父江が本作の馬琴の姿からメッセージとして受け取ったのは、「1人だけの力には限度がある」ということ。「つまり、馬琴だって、息子の宗伯(磯村勇斗)や嫁のお路さん(黒木華)、北斎の助けを借りて、物語を書くことができたんですよね。『八犬伝』の登場人物たちと同じように。楽しいものを作ろうとしても、1人きりのアーティストの力だけではない、向き合い続ける関係って必要なんだということを、よく学びました」。

里見家にかけられた呪いを解くため、8人の剣士が集結していく

特撮ヒーローもののドラマが大好きで、いまは「仮面ライダーガヴ」を毎週楽しく見ているという祖父江。「脈々とつながる正義の戦い、それを“身近に潜む神々の戦い”って、僕は言っているんですけど、最初どこにでもいそうな子が徐々に仲間を作って、大きな悪者に立ち向かう。友情・努力・勝利っていう週刊少年ジャンプ的な神話的な構造のベースを作ったのが馬琴だった。八犬士って、言わば、最初のスーパー戦隊みたいなものですよね。馬琴の力はいまでも本当に偉大です。時代を超え、変化に耐える物語の原点はやっぱり馬琴の『南総里見八犬伝』なんだなと思っています」。

取材・文/石塚圭子


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