釜山国際映画祭で毎年完売必至のプログラム、「アクターズハウス」。同時代を代表する俳優たちを招待して自分の演技や作品に対する哲学を観客たちと一緒に共有する場だ。チケット代は1万ウォン(日本円で約1000円程度)と破格なうえ、売り上げはすべてセーブ・ザ・チルドレンに寄付される。今年もソル・ギョングを筆頭に、ファン・ジョンミン 、パク・ボヨン、チョン・ウヒと豪華な顔ぶれ。連日、濃厚なトークが繰り広げられた。
【写真を見る】「作品や役を通して観客と話すのに慣れているので…」と恥ずかしがった
■“骨の髄まで役者”ファン・ジョンミンが明かす演技への想い
『ベテラン』(15)のテーマソングに乗り登場したファン・ジョンミン。観客からの歓声に笑顔で応えたが、実は満席かどうか気になっていた様子。もちろん全席完売だと伝えられると、「恥ずかしくて死にそう」とシャイな一面をのぞかせた。
話題はまず、現在韓国で大ヒット中の代表作の続編『ベテラン2(原題:베테랑2)』について。前作からだいぶ時間が経っているが、演技の困難はなかったのだろうか。
「すでに第1作目のときにしっかり準備をしたので、それほど難しいことはありませんでした。観客の方々が音楽だけを聞いても『ソ・ドチョルだ!』と記憶が蘇ったり、年月が経っても私が演じたソ・ドチョルのエネルギーを感じてもらえたらいいなという考えでした。シリーズものを持つというのは、観客の方々と一緒に疎通をしながらおもしろくリード出来る話と魅力的な人物を得たという意味で、俳優にとってとてもすごいことです」。
ファン・ジョンミンが「ベテラン」シリーズを愛しているのには、もう1つ理由があった。仲が良いイ・ジョンジェと共演した『新しき世界』(14)の撮影の最中のエピソードだ。
「ジョンジェとソン・ジヒョさんと、仁川の倉庫で終盤の撮影をしていた時期です。蒸し暑い中で、人を殺すというとても大変なシーンでした。『ベルリンファイル』(13)の海外ロケを終えたリュ・スンワン監督が近くに来ていたので顔を見たらすごく痩せて疲れていて…。2人でタバコを吸いながら、『なぜ愛している仕事でこんなに苦しんでるんだろう? 他のことは気にせずに私たちが楽しくできることを好きにやってみようよ』とスタートしたのが『ベテラン』でした。この作品は、私の人生においてある意味ですごく大変な俳優という行為の中にある、何というかサプリメントなんです」。
MCによれば、『ワイキキ・ブラザーズ(原題:와이키키 브라더스)』(01)以来、1年の間にファン・ジョンミンの出演作が公開しなかった年はないそうだ。演技巧者やトップ俳優が数多いる韓国映画界にあって、これは驚異的。それだけ求められている俳優だということだが、ファン・ジョンミンは演技を続ける原動力を「生きる実感」と答えた。
「昔は飛行機の(出入国カードの)職業欄に“actor(俳優)”と書くのがとても恥ずかしかったです。演劇をしてると言っても、『どこに出てたの?』となるわけで、私のことなんてみんな知らないじゃないですか。そういう状況が恥ずかしくて“student(学生)”と書いていました。舞台やカメラの前で演技するときこそ、自分自身の存在感、私は生きているんだ、私はファン・ジョンミンなんだ、俳優なんだと感じます。普段は…ただの町のおじさんですよ(笑)」。
『ソウルの春』(公開中)で演じたチョン・ドゥグァンについての想いも明かした。チョン・ドゥグァンは、1980年代に軍事独裁政権を率い国民を弾圧した全斗煥元大統領をモデルにしているが、これまでファン・ジョンミンはキャラクターについて多くを語っていない。韓国ではインタビューも断ってきたという。この日「チョン・ドゥグァンは、誰もが知る実在の人物をモデルにしていますよね。私も彼の酷い行為や光州事件を見て育ちまして、知らずのうちに私の細胞に少しずつ積もっていたようです」と、初めて話題にした。
「この映画は政治的なものではありませんが、私が一言間違えてしまえば、映画が傷つくと思ったんです。韓国の歴史の教科書には数千年くらい前からのことはよく書かれているのに近現代史はそれほど多くありません。(題材の)軍事クーデターは韓国現代史の汚点ですが、良かったことにしろ悪かったことにしろ我々にとっては大切な歴史。誰も学ぼうとしないし、教えてくれる人もいないのはおかしいのではないでしょうか。それをちゃんと理解してくださった観客の方々に、私はとても感謝しています」。
最後は、ファン・ジョンミンの作品を深く観てきた観客からの質問に、時間をオーバーしながら回答。客席へ熱い投げキスをして去った後は、何と別会場で開かれた『ソウルの春』GVに合流した。ソ・ドチョルよろしく、エネルギッシュに1日を終えたようだ。
■パク・ボヨンの心を救ったベテラン女優のある言葉
2日目は、開幕式でも見事なMCを見せたパク・ボヨン。「私も『アクターズハウス』をやってみたいとすごく思っていましたが、こんなに早く出演出来るとは思っていませんでした」と感慨深げだ。
ソン・ジュンギとの異色ラブストーリーで、韓国では700万人の観客動員を果たした『私のオオカミ少年』(12)は、日本でも人気を博した。パク・ボヨンは、感情を吐露するシーンが難しかったと振り返る。
「大切なのは、感情に慣れないことだと思います。私たちも人間なのでずっと繰り返すと感じ方が若干鈍くなってしまう場合がありますが、できるだけ生々しい感情があるタイミングが重要ですが、ソン・ジュンギさんが私に撮影の順番を譲ってくださることが多く、たくさん助けられました」。
さらに第44回青龍映画賞で人気スター賞を獲得した『コンクリート・ユートピア』(23)についても話が及んだ。イ・ビョンホン扮するヨンタクに皆がコントロールされていくなか、使命感と優しさを忘れない看護師ミョンファを演じた。当時を「また撮影したいです。いまならもっと上手くできそうです」と回想し、会場を爆笑させた。
「こんなにすごい俳優の方々のなかで存在感を見せつけないといけないのに、私にできるのかな?と悩んだりもしたんですが、その一方では『負けられない、私の力を見せないと』なんて自己暗示をたくさんかけたようにも思います」。
パク・ボヨンは自身の強みを「作品を通じて多くの方にエネルギーをたくさん与えられる俳優。ある意味では他の人が持てなかったものを持っている」と明かした一方、一時期はそんな自分のキャラクターのために同じような作品を繰り返すのではないかという焦りも起きたという。そんな彼女を救ったのが、デビュー当初より変わらないロールモデル、キム・ヘスクだ。
「早く違う姿を見せたいと思ったりもしたんですが、キム・ヘスクさんが『なぜあなたの持つカードをこんなに早く見せようとするの?他の人があなたの力を全部見たと言った時に私はこんなこともできますと見せたらいいじゃない』とアドバイスしてくださったんです。とても心に響いて、楽になりました」。
パク・ボヨンも「私たちは常に選択を受ける職業」と、ソル・ギョング同様に俳優の悲哀を口にした。くじけそうなときは、キム・ヘスクからの言葉を思い出しているという。そして「今が“そのとき”なのではないかな。私が持っている感情の深みを見せられる作品が、私にも来るように思いますし、私ももう見せられる気がします」と、期待感を持たせた。チュ・ジフンとタッグを組む新作ドラマ「照明店の客人たち」が実に待ち遠しい。
■デビュー20周年。チョン・ウヒが振り返る俳優人生
「アクターズハウス」の最終日を飾ったのは、今年でデビュー20周年となるチョン・ウヒ。自分自身では、20年も演技を続けるとは思ってもみなかったと振り返る。それは彼女の幼い頃の性格にもあるようだ。
「子どもの頃は、両親から『あなたは何がやりたいの?』と言われてしまうほど、何か趣味を持とうとしてもちょっとやったらすぐに気持ちが離れてしまいました。でも、演技だけは不思議なほど魅力的だったんですよね。『これが自分のアイデンティティだ!』というようにシリアスな感じじゃなかったから、20年も続けられたんじゃないでしょうか。でも、スクリーンに登場するごとにこの仕事の意味を考えるようになり、愛着が多くなった今は演技を抜きに私のことを考えられないです」。
そしてチョン・ウヒといえば、彼女の姿が多くの観客の心に刻印された『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』(15)を抜きには語れない。2004年に韓国で起きた女子中学生集団暴行事件をモチーフに、心身に傷を負いながら必死に回復していこうとする高校生ハン・ゴンジュを演じた。性加害のシーンもあり、シビアな撮影だったはずだ。
「私はすべてを受け入れたいと望んでいました。(被害者の)その瞬間、その感情、その状況を完全にありのまま感じたかったんです。ご覧になった方々は『すごく心を痛めてるんじゃないか』と私を本当に心配してくださったんですが、演じている私が心と体に苦痛を感じるのは贅沢ではないかと思いました」と、事件の被害者に寄り添ったことを明かした。
観客からの質疑の時間には、俳優にとって宿命的なスランプについて質問が及んだ。チョン・ウヒは「演技のスランプというのは、本人には上手くやれる能力があるのに、思い通り表現できない時」とし、こう答えた。
「ある停滞を感じた時、撮影現場ではできるだけ色んなことを試して最善を尽くすと思いますが、帰宅して演技を振り返り自分自身を掘り下げてみると、ある瞬間に解決方法が出てくるんです。なので苦痛ではなくて、むしろその痛みが少し楽しい時もあるんじゃないですかね。むしろその苦痛を少しでも感じてこそ、自分が今成長していると実感できる気がします」。
演じるという行為に魅せられ、真摯に向き合うからこそ抱える苦悩と、逆境を跳ねのける信念。韓国の俳優たちの演技が一流である理由を垣間見た夜だった。
取材・文/荒井 南
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