【「国民審査」の歴史】1949年に始まった「国民審査」制度の源流はアメリカにある。1940年頃のミズーリ州などには裁判官の任命を市民に審査させる制度があり、それに感銘を受けたアメリカの法学者がGHQの日本国憲法起草委員の中におり、日本にも導入された。日本国憲法第79条が定めるとおり、衆議院議員総選挙と同時にこちらの投票も行なわれてきた。審査対象となるのは最高裁に就任してから一度も審査を受けていない人か、前審査から10年以上たった人
最高裁裁判官が"憲法の番人"として信任できるか。それを有権者が判断する「国民審査」の投票が、衆院選の投票日と同じ日に同じ場所で行なわれる。しかし、彼らがどんな人か全然知らないので、全員に「×」、あるいは白紙投票も多いとか。それじゃ意味がなさすぎる!ってことで、審査対象の6人の経歴や人柄を解説します!
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■最高裁裁判官の国民審査って何?
総選挙の投票日が迫ってきた。投票所では小選挙区と比例代表の投票用紙に加えて"3枚目"が有権者に配られる。内閣から任命された最高裁判所の裁判官を審査し、ふさわしくないと思う人物の氏名の上に「×」をつける「国民審査」のためだ。
しかし、ほぼ全員の有権者が「わかるわけないだろ」と、適当にスルーしている。無理もない。私たちは政治家の名前と顔ならギリギリ知っていても、裁判官なんて誰ひとり知らないのが普通だからだ。
最高裁裁判官の国民審査は、有権者から過半数の「×」をもらってしまった裁判官が強制的に辞めさせられる制度だ。しかし、過去190人の裁判官が国民に審査された結果、辞めさせられた裁判官はいない。過去に最も「×」を集めた裁判官は、1972年の下田武三氏で全体の15.17%だった。それでも過半数に遠く及ばず、本当に意味のある制度なのか疑問の声もある。
ただ、実質、一生に一度の審査で自分がどれほどの「×」を有権者からもらうか気にしている裁判官も多いとの話もあり、民意による無言の圧力として作用しているかもしれない。ちなみに、この制度を国として行なっているのは日本が唯一とされる。主権者である国民の意思を司法にも及ぼすことができる、世界的にも貴重な制度を有効活用しない手はない。
最高裁判所には15人の裁判官が所属する。地方裁判所から順当に出世してきた裁判官ひと筋の人物もいれば、検察出身、弁護士出身、学者出身、外交官出身、官僚出身といった多様な背景を持つ人材が集結しているのが特徴だ。デリケートな基本的人権の問題を扱ったり、時代の流れに伴って判例を変更したりする重要な役割を担う最高裁では、判決の中でその人の価値観や主義主張が問われる場面もあるため、キャリアが偏らないよう配慮されているのである。
今回の審査対象は6人。内訳は裁判官出身が4人、弁護士出身と外交官出身がひとりずつ。今回は長官も審査対象に入った。どんな人々なのかをお伝えしたい。
■審査対象6人
【第21代最高裁判所長官】今崎幸彦(いまさき ゆきひこ)最高裁裁判官。1957年生まれ、兵庫県出身。京都大学法学部卒。任期は2022年6月~27年11月。05年頃から裁判員裁判での評議論について法律雑誌に寄稿しており、これらは「今崎論文」との異名もある
●総理大臣と同水準の給与を受け取っている最高裁長官の
今崎幸彦
裁判官は神戸市出身で、京都大学法学部在学中に旧司法試験に合格したエリート。2009年に裁判員制度がスタートしたときには、広報部長としてPRに努めた。裁判員裁判の裁判長を法廷で担当した経験がある裁判官が最高裁長官になるのは史上初。一方、プライベートでは「無趣味といっていいほど面白みのない人間」と謙遜する。
【地方裁判所での判決】
京都市営地下鉄の駅で警察官と市民が揉み合いのケンカとなり、市民が前歯を折られて警察官が現金5万円を支払った事例で、市民のみが傷害罪で起訴された事例。今崎裁判官は執行猶予付き有罪判決を言い渡し「事件を隠すため金銭を払った警察官にも落ち度はあるが、先に手を出したのは市民のほう」と指摘した。
また、元横綱の朝青龍から1億円をダマし取った男に対して懲役5年6ヵ月の実刑判決を言い渡しつつ、朝青龍に対しても「同情を禁じえないが、怪しげな投資話に乗ったところに甘さがあった」と指摘した。
【最高裁判所での判決】
戸籍上は男性で、女性として生活しているトランスジェンダーの経済産業省職員が、職場では勤務先オフィスから離れた女子トイレしか使用を認めない人事院の判定を不服として訴えた事例。その判定を違法とした結論を支持しつつ「この基準は不特定の人々が使う公共施設にも当てはまるわけではない。一律の解決策になじまず、社会的な議論が欠かせない」との補足意見を述べた。
また、殺人被害で死亡した男性の同性パートナー遺族に、一般の夫婦と同じように犯罪被害者給付金の支給を認めた判決に対して「この解釈がほかの法令に波及する恐れがあり、社会的影響が大きい」と反対意見を述べた。
【裁判官ひと筋40年】尾島 明(おじま あきら)最高裁裁判官。1958年生まれ、神奈川県出身。東京大学法学部卒。任期は2022年7月~28年8月。趣味はフルートの演奏や美術鑑賞、演劇鑑賞でジャンルは問わない。少年サッカーチームのコーチを務めた経験も
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尾島明
裁判官は神奈川県藤沢市出身で、裁判所に所属しながら通産省(現在の経済産業省)に出向し、WTO(世界貿易機関)の紛争解決手続きの策定にも携わるなど、国際的にも活躍してきた。『博士の愛した数式』などで知られる芥川賞作家、小川洋子さんの文体に惹かれるという。
【高等裁判所での判決】
東日本大震災による福島第一原発の停止で工場が操業不能になり、損害賠償を求めた企業に対し、地裁が認めた賠償額を1億円以上減額した。
【最高裁判所での判決】
ミュージシャンで俳優のピエール瀧氏が薬物事件で有罪判決を受け、その出演映画への助成金の交付が取り消された事例で「表現の自由の観点から見過ごせない措置だ。出演俳優が助成金から直接利益を受け取るわけではない」と、助成金の交付を命じた。
また、1票の格差が最大で3.03倍に広がった2022年の参院選で、憲法に違反しないと結論づけた多数意見に対し、格差を是正しようと努力するも進展が見られず「違憲状態」だとする反対意見。
【大企業の社外取締役を歴任】宮川美津子(みやがわ みつこ)最高裁裁判官。1960年生まれ、愛知県出身。東京大学法学部卒。任期は2023年11月~30年2月。実家は小さな電器店。エステー、パナソニック、三菱自動車工業の社外取締役経験も。米ニューヨーク州の弁護士資格も持つ
●弁護士から最高裁入りした
宮川美津子
氏は愛知県豊橋市の出身で、特許や商標など知的財産権に詳しい専門家として活動。仕事柄、多様なエンタメに触れるよう努め、音楽では米津玄師や藤井風、King Gnuがお気に入り。
【最高裁判所での判決】
在日米軍辺野古基地の建設予定海域に生息する大量のサンゴを移植するよう、国が沖縄県に行なった命令は合法との判決。基地建設に反対する県の訴えを退けた。
2012年の国民年金法改正で年金受給額が減らされたのは、憲法で保障された生存権や財産権の侵害だと訴えられた裁判で、「年金制度の持続可能性を確保する観点から、減額は不合理といえない」として国民側敗訴の判決。
【昨年まで日本の国連大使】石兼公博(いしかね きみひろ)最高裁裁判官。1958年生まれ、山口県出身。東京大学法学部卒。任期は2024年4月~28年1月。昨年、国際連合日本政府代表部大使を退官し、今年、最高裁判所判事に。ストレス解消法は、お団子などの甘い物を食べること
●外交官キャリアから最高裁に入った
石兼公博
氏は、フランスやアメリカの日本大使館勤務を経て、福田康夫首相の時代には総理秘書官を務めた。アジア大洋州局長として韓国慰安婦問題や北朝鮮ミサイル問題の解決を目指し奔走。その後、国連大使になり、ロシアを非難する安保理決議が出されてもウクライナへの武力攻撃がやまない現状に「ものすごいフラストレーションだ」と述べた。
【最高裁判所での判決】
戦後しばらく「不良な子孫の出生予防」の名目で、特定の障害を持つ国民に本人の同意なく不妊手術を行なうことを認めていた旧優生保護法は憲法に違反し、被害者に国家賠償すべきとする結論に賛同(この判決には今崎長官、尾島判事、宮川判事も関与しており同意見)。
【マスコミから総スカンの過去】平木正洋(ひらき まさひろ)最高裁裁判官。1961年生まれ、兵庫県出身。東京大学法学部卒。任期は2024年8月~31年4月。趣味は朝のウオーキング。裁判員に守秘義務はあるが、法廷で見聞きしたことや感想ならどんどん話してほしいと語る
●裁判官として最高裁まで出世した
平木正洋
氏は、裁判員制度下の事件報道に関する会合の場で「容疑者の自白や前科、生い立ちなどの報道は一般市民に偏見を与えるため配慮が必要」と述べ、メディア関係者らの反発を食らった。若手時代にはオウム真理教の幹部だった村井秀夫の刺殺事件に陪席裁判官として関与。「日本はテロのない平和な国だと思っていたので、衝撃的だった」と当時を振り返る。観劇が趣味で、歌舞伎や文楽から宝塚歌劇団、吉本新喜劇まで幅広く鑑賞する。
【高等裁判所での判決】
とある町長選で票の取りまとめを頼んだ有権者に2000円相当の梅干しを配ったのが票の買収か争われた裁判で、地裁で示された有罪判決を支持した。
積水ハウスが"地面師"組織に架空の土地取引を持ちかけられて55億円をダマし取られた詐欺事件で、懲役7年を言い渡した地裁判決を支持。
【今年9月に就任したばかり!】中村 愼(なかむら まこと)最高裁裁判官。1961年生まれ、大阪府出身。京都大学法学部卒。任期は2024年9月~31年9月。東京高等裁判所長官から最高裁判所判事に。趣味はウオーキングや水泳。音楽はクラシックからミスチルまで幅広く聴く
●大阪市出身の
中村愼
裁判官は、京都大学法学部を卒業後、裁判官として活動し、主に民事裁判を担当してきた。オフの時間は健康づくりのため、水泳やウオーキングに勤しむ。
【地方裁判所での判決】
テレビ所有者にNHKとの受信契約を義務づける放送法の規定は契約の自由を害すると市民が訴えた裁判で「義務づけには一定の合理性や必要性がある」と訴えを退けた。
全国小売酒販組合中央会の年金資金145億円が回収不能になった事件で、組合に海外社債への投資を持ちかけたブローカーに賠償を命じたが、投資を仲介したクレディ・スイスについては「リスクの説明義務違反はあったが、投資決定には関与していない」として、賠償は不要と結論づけた。
平木判事と中村判事は、まだ就任から間もなく、最高裁で判決にマトモに関与していないが、幸い裁判官出身なので過去の判断が見つかった。
それぞれの裁判官の判断内容が納得できるかどうか、じっくり検討し、余裕があればご自分でも積極的に調べておいたほうがいい。この記事を見つけたあなたはラッキーだ。総選挙の"3票目"まで責任を持ちながら投票できるすてきな有権者になれて、よりスッキリした気分で投票所を後にできるだろう。
取材・文/長嶺超輝写真/時事通信社
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