「タレントが経営する飲食店」といっても千差万別。話題作りを優先するばかりの店もあれば、まるで本職かと思わされるような本格的な店もある。お笑いトリオ・ロバートの馬場裕之氏がオープンした「宮古冷麺」は後者のタイプではないか。
多くの番組で腕前を披露するほど、料理には定評のある同氏が出店したのは、東京から遠く離れた宮古島。提供するのは島の名物ではなくオリジナルの冷麺だ。これが観光客にウケるかと思いきや……当初はなかなか集客に苦労したのだという。
それでも、2024年9月に無事オープン2周年を迎えることができた。地道な努力を重ね、店を育てていった経緯を馬場氏本人に語ってもらった。
“思いつき”でオープンさせた
――料理の得意な馬場さんが飲食店を始めるのは自然な流れだとは思いますが、宮古島を選んだ理由を教えてください。
ロバート馬場(以下、馬場):
最初は今田耕司さんに連れて行ってもらってから、宮古島によく遊びに行くようになって、島の人とも仲良くなっていました。すごく好きな場所でして、「ここでお店をやってみたいな」と思っていたんですが、そのままコロナ禍になってしまって。行動制限が解除されて久しぶりに宮古島に行ったら、島の知人に「いい物件がある」と教えられたのが、めちゃくちゃキレイなオーシャンビューだったので、出店を決めました。
――なぜ、宮古島の名物でもない冷麺を看板メニューに?
馬場:
コロナ禍で自宅にいるときに、テレビでやっていた冷麺特集を見て、「自分でも作ってみたいな」と思っていたんです。そこから「宮古島で冷麺の店をやろう!」って。本当に安易な思いつきです(笑)。でも、その思いつきで、コロナで抑え込まれていた欲求が、一気に解消された感じです。
設備投資は「1800万円以上かかった」
――海から近く、見晴らしのよい立地ですよね。ちなみに設備投資にはいくらかけたんですか?
馬場:
1800万円以上かかりました。大金ですが、僕は独身ですし、大きなお金を使うこともないので、「やりたいことに投資しよう」と、思い切りましたね。
――馬場さんは東京でのお仕事も多いので、現地の店舗スタッフも必要ですね。
馬場:
後輩と飲んでいるときに店の話をしたら「俺、芸人やめて宮古島に行きたいです」と言ってくれたんです。数少ない仲のいい芸人の一人で信頼もあったから店長を任せることにしました。飲食経験もない奴なので、一から教えましたね。
メニューにこだわるも、観光客が食べたいのは…
――いわゆる一般的な冷麺とは違ったビジュアルですね。どの部分にこだわったんですか?
馬場:
まず、麺は小麦粉やそば粉などを使わず、米粉麺にしています。「旅行で離島に行った人がアレルギーで美味しいものが食べられなかった」となると嫌じゃないですか。そういう心配をしなくていいものを出したかったんです。製麺機も以前から目をつけていたものを購入して作っています。
――アレルギーのある人も含め、誰でも食べられるようにグルテンフリーに。
馬場:
でも、若い人はその辺を気にしない人も多いみたいで、ガッツリ系のお店に行っちゃうんですよね。やっぱ、飲食は安易にやってはダメなんだなと痛感しました(笑)。
――ターゲットの選定は難しいところがありますね。
馬場:
宮古島に観光で行く人は、地元の料理が食べたいですよね。麺類だとしても沖縄そばや宮古そば。そこに、オリジナルの冷麺を出してもなかなか来てもらえなかったんですよ。初年度は苦戦しましたね。でも、翌年の夏には徐々に売り上げも伸びてきました。
「夏の宮古島」しか知らなかった
――「夏は徐々に」とのことですが、他の時期はどうですか?
馬場:
メニューは通年で冷麺でいいと思っていたんですが、宮古島でも冬はちゃんと寒いんですね。夏にしか遊びに来たことがなかったので、宮古島に冬があると思っていなかったんですよ(笑)。そうなると、冷麺はやっぱり売れないので、温かいメニューも新しく考えて出すようにしました。でも、思い描いてたとおりの売り上げにはならず……これは誤算でしたね。
――他にも、オープンして初めてわかったことも多いのではないですか?
馬場:
離島ということもあって、発注してから物が届くのに時間がかかります。都内のお店なら必要なものが注文してすぐに届きますし、買いに行ける店もあるんですが、もちろんできないですね。例えば、ある容器が必要になった時、普通の発注では間に合わない事がわかって、僕が東京で買ってスーツケースにパンパンにその容器を詰めて持っていったこともあります。台風など海が荒れると、遅れるどころか全く届かなくなりますし、何かと大変です。
5年くらいで減価償却できればなと思っている
――減価償却はできたんですか?
馬場:
正直、まだできていません。赤字ではないんですが、ギリギリ頑張っている感じです。向上はしているので、長い目で見て5年くらいで減価償却できればなと思っています。意外と爆発しませんでした(笑)。
――それでもより良くするために、この2年でアップデートした部分はどこですか?
馬場:
味については、常に研究してアップデートしています。醤油は全国各地のものを試してみて、北海道や大分などのものを使ってきました。今は、企業秘密ではあるんですが、大豆ではない原料をつかった特別な醤油を使うようになっています。
――素材も更新されているんですね。調理法は変わりましたか?
馬場:
出汁の取り方を変えました。福岡のうどん屋さんで出汁の取り方を見せてもらったときに、想像以上に長い時間をかけて出汁を取っていて。許可をとってこのやり方を真似してみることにしました。具体的には5分くらいで出汁を取っていたのを、30分ほどかけるようにしてみたら、より深い味わいが出るようになりました。
飲食未経験だった店長が2年で大きく成長
――減価償却を目指して利益を出すには、売上向上もそうですが、出て行くものも抑えないといけませんね。
馬場:
お店一本ではなく芸人の仕事もやりつつなので、徹底的に経費をそぎ落としていくというよりは、ちょっと原価率上がってもいいものを出したいと思っています。だから、最初のころは、採算度外視で海ぶどうを入れていました(笑)。でも、さすがに原価の高騰がすごいので、なんとなくの目分量だったものを、しっかりと計って使うようになりました。というか、店長をはじめとする従業員がそうしてくれるようになりました(笑)。
――飲食未経験だったのに、この2年で頼り甲斐が出ていますね。
馬場:
責任感を持ってやってくれています。海ぶどうの量も、店長に「原価考えたら減らした方がいいと思います」と言われて、勝手に減らされるほど(笑)。最初の頃は、僕も厨房に入れていたんですけど、最近は入ろうとすると「やめてください!」と言われます(笑)。オペレーションやルールをきちんと決めてやってくれているから、寂しいけど嬉しいですね。
様々な困難を、スタッフとともに試行錯誤で乗り越えた2年。その経験をふまえて、自身2店舗目となる飲食店「マツミサカバ」を東京都目黒区にオープン。今後は地元の福岡をはじめ、全国での展開を目論んでいると熱く語った。「好きこそものの上手なれ」を地でいく馬場氏の挑戦はまだまだ始まったばかりだ。
<取材・文/Mr.tsubaking>
【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。
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