約1200万人の観客動員を記録し、2024年韓国No.1大ヒットとなったサスペンス・スリラー『破墓/パミョ』(公開中)。風水師サンドク(チェ・ミンシク)、葬儀師ヨングン(ユ・ヘジン)、韓国のシャーマンである巫堂(ムーダン)のファリム(キム・ゴウン)とその弟子ボンギル(イ・ドヒョン)が法外な報酬と引き換えに不吉な墓を掘り起こしたことによって、不可解な出来事に巻き込まれていく。
【写真を見る】スペシャルトークイベントに登壇したチェ・ミンシクとチャン・ジェヒョン監督
韓国独自の風習や信仰、歴史などをモチーフに描いているだけに、日本では馴染みのない用語が多数登場する本作。しかし、その用語の意味するものが作品の鍵を握り、韓国で多くの観客の支持を得て大ヒットした理由の一つでもある。今回は『破墓/パミョ』をより深く理解するためのキーワードを、公開前に来日したチェ・ミンシクとチャン・ジェヒョン監督が参加したスペシャルトークイベントでの撮影秘話を織り交ぜながら解説していこう。
※以下の記事には『破墓/パミョ』のネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)を含みます。未見の方はご注意ください。
■韓国シャーマニズムの代表的存在「巫堂(ムーダン)」
その歴史は建国神話に登場するほど古く、厄祓いから占い、病気の治療まで、日常生活に溶け込みながら韓国人の吉凶禍福を司ってきた。現在も多くの巫堂が活躍しており、民間信仰「巫俗(ムソク)」の遂行者として「굿(グッ=お祓い)」と呼ばれる独自の儀式を行い、韓国人の伝統的宗教意識の一部分を担っている。女性が圧倒的に多いが、稀にパクスという名称で男性も存在する。誰もがなれるわけではなく「神病」にかかり、「降神」という儀礼を果たした者のみが巫堂の資格を持つことができる。どのような神が降りてきたかによって霊力が決まるといわれ、虎や熊といった動物から、関羽など歴史的な人物、なかにはイエス・キリストを祀る巫堂もいる。伝統文化伝承の面から、文化財に指定されているグッ(無形文化財)や巫堂(人間文化財)もある。
■民衆の生活に根を下ろす民間信仰「巫俗(ムソク)」
巫堂を中心に伝承してきた民間信仰。仏教やキリスト教(プロテスタント/カトリック)といった外来宗教が伝播する遥か遠い昔から韓国の人々と結びつき、たとえば家や村を守る神、山や海の神に捧げられる굿(グッ)と、これらを行う巫堂によって形成された伝統宗教と言える。巫俗に従うならば、病気や災難はそれをもたらす「邪悪な何か」を祓わない限り退治できないものと考えられている。今も多くの韓国人は個人の宗教に関係なく、結婚や引っ越し、受験など人生の大事な日を迎えるときに、その吉凶を巫俗に頼る。ユ・ヘジン演じる納棺師ヨングンはキリスト教の長老でもあり、こうした韓国人の宗教的心理をよく表している。
■良い運気が集まる土地「明堂(ミョンダン)」
韓国の風水において、子孫が繁栄し、金運に恵まれ、出世するためには、良い場所に家や墓を持たねばならないと信じられてきた。そうした良い場所を「明堂」という。韓国の野史には、明堂を得て一族から高官が出たとか、王になったという類の出世話が数多く記録されているが、逆に「墓の場所がよくないと親子三代がすべて滅びる」といった言い伝えもある。だからこそ本作でも祖父・父・息子の三代が呪われる設定を物語の大事な軸にしている。当然、明堂をめぐる奪い合いや、裁判沙汰は数知れず、大統領選挙を前に候補者が両親の墓を改葬して物議を醸したこともあった。小学生たちでさえ、遠足や運動会で見晴らしの良い場所を取ると「ここは明堂だね」と言い合うほど、韓国人の意識の中に広く深く根づいている。サンドクを演じたチェ・ミンシクも風水は幼い頃から身近なものであり、風水師を演じるための特別な役作りはしなかったと語っている。
■明堂を探し当てる「地官」
風水に基づいて、家の敷地や墓の地相から明堂を選り分けることを業とする。その思想は「陰陽五行」であり、本作の物語の軸となっている。陰陽五行において方位は東西南北と中央に分かれ、それぞれを司る神(東:青龍、西:白虎、南:朱雀、北:玄武)の地相に囲まれた中央が明堂になる。とりわけ五行は、金・水・木・火・土の五つによって宇宙の万物が生成・消滅するとし、それぞれの要素は互いに融合したり対立したりする。劇中でチェ・ミンシク演じる地官のサンドクは五行に精通し、物語における問題解決の大きなカギとなる。本編ではサンドクが土を舐めて土地の良し悪しを判断しているシーンがあるが、実際舐めていたのはチョコチップクッキーときなこを混ぜたものだという。
■あらゆる邪悪な気運を祓う「代煞(テサル)グッ」
「悪鬼や厄=煞」を祓うために、代わりに豚や鶏など動物を殺傷し神に捧げる儀式。風水においても使われる儀式で、煞を排除するグッを「サルプリ(煞を解体する)グッ」ともいう。劇中では、巫堂のファリムが改葬の前に豚を供え物にしてこの儀式を行う。
■あの世とこの世をつなぐ儀式「招魂」
死者の魂を呼び戻す巫堂の儀式の一つで「招魂グッ」ともいう。呼び戻された魂は巫堂に憑依し、巫堂は死者の声を生者に伝え、疎通する。あの世とこの世をつなぐ巫堂の霊力が試される重要な儀式である。一方、伝統的な葬式においても、別れを悲しみ死者を慰める儀式として行われることもある。
■遺骸を重ねて埋葬する「重葬」
文字通り、一つの墓に二つの棺を重ねて埋葬することを意味する。重葬は非常に稀なことではあるが、風水では下の棺より上の棺が凶であるという。やはり明堂へのこだわりが原因となる場合がほとんどで、明堂と言われ墓を作ったのにすでに誰かが埋葬されていたといった具合に後から判明することが多い。風水的には当然、上の棺が子孫に凶をもたらすことになり、墓を移す改葬を行わなければならない。
■棺の上に被せられた「銘旗」
銘旌(ミョンジョン)ともいう。死者の身分を表すために生前の官職や姓氏を記載し棺に被せる旗である。龍や鳳凰の彫刻で飾り、永遠不滅を祈ったりもする。官職に就いたことのない死者は「学生」と書く場合が多い。劇中では、地官のキム・サンドクが「墓の主がどのような人物だったのか」を見抜く大事なきっかけとなる。
■金品を狙って墓を荒らす「盗掘」
王や貴族、高官などの墓を、副葬品を狙って掘り返すこと。韓国では先祖の墓を神聖視する伝統から盗掘は敬遠されてきたが、日本の植民地時代、一部の日本人が遺物収集という美名の下、盗掘が広まり、文化財級の遺物が日本へ持ち出されるなど横行した。戦後も盗掘そのものは途絶えることなく、記録によれば1960年代まで盛んだったという。劇中では、盗掘者たちの正体が明らかになることで物語に急展開をもたらす。
■厄災を取り除くために読まれる「逐経」
疾病や厄を退治し、悪鬼を追い払うために読み上げる祭文。劇中でイ・ドヒョン演じるボンギルの顔や身体に書かれた文字がまさに逐経であり、彼はそれによって命が助かる。その後、サンドクやヨングン、ファリムも同じく顔や身体にそれを書き込み、墓から飛び出した“ヤバいもの”との壮絶な闘いに挑む。
上記の他にも劇中のキーワードを紹介する映像も公開されているのでぜひチェックを!予習&復習をして『破墓/パミョ』の世界観を理解したうえで、映画館に足を運んでみてほしい。
文/崔盛旭構成/編集部
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