10月24日(木) 7:00
「佐賀県で面白そうなイベントをやるらしい」という話を聞きつけ、向かったのは佐賀駅前。リニューアルオープンした歩道空間で開催された「Terrace de Cheers!(テラス・デ・チアーズ)」というイベントでは、全長50mもの白いロングテーブルが設けられ、新たな価値を生み出す空間づくりに向けたトライアル第1弾として、県知事を含む約140人がいっせいに道路上で地酒などを片手に乾杯しました。
日本では道路の使用(占用と言います)について厳しい制約があり、コロナ前まで歩道を「通行」以外の目的で占用することはかなりハードルの高いことでした。ところがコロナ禍をきっかけに屋外空間を活用したいと考える人が増え、国をあげて道路を積極的に活用しようという動きが出てきました。実は、佐賀県は国が行った道路占用許可基準の緩和に先駆けて歩道活用の社会実験などを行ってきた自治体。他の都市では見たことのない規格外のイベントや道路活用の先進的な取り組み、新しい歩道を使う人たちの様子を紹介します。
佐賀駅前の歩道に突如出現した、50mのロングテーブル2024年9月4日の午後、佐賀県佐賀市の玄関口である佐賀駅南口を出ると全長50mの白くて長いロングテーブルが設けられ、数人が集まっていました。この場所は、その12日前、8月23日に歩道を広くする工事が完了し、「さが維新テラス」としてオープンしたばかり。何をやってるのかな?と覗き込むと、テーブルのそばにいる若者が「佐賀の名産品、名尾和紙を使ったワークショップに参加しませんか?」と声をかけてくれます。
このイベントは、佐賀県と佐賀商工会議所青年部、若者のまちづくり団体「サガつく!」がともに企画・運営する「Terrace de Cheers!(テラス・デ・チアーズ)」。ロングテーブル脇のベンチ兼ステージでは、夕方からトークセッションが開催され、佐賀でまちづくりに関わる20代~30代の若者たちや佐賀県の山口祥義(やまぐち・よしのり)知事、ワークヴィジョンズの西村浩さんらが登壇。整備の背景やこれからのまちの姿について、熱く楽しく語り合う様子を見ることができました。
トークセッションの終了後の18時、先ほどまでステージで話していた山口知事をはじめ、ゲストとして訪れた坂井英隆佐賀市長や周りで話を聞いていた人たちも一緒になって、佐賀の地酒やサイダーを手に、白いロングテーブルの周りに集まりました。「乾杯!」の声でドリンクと机上に用意されたオードブルを楽しむ、約140人もの人。ドリンクを片手に気さくにいろいろな人に声をかけて回る、山口知事の姿も見られます。
歩道を通行する人たちは「一体何が起こっているんだろう?」という顔で覗き込み、参加していた人の中には「当日参加もオッケーと聞いて参加した」という、駅前のオフィスに勤める人たちも。これまでにどんな都市でも見たことのない、貴重で楽しげな風景を目にすることができました。
まちの人の目を引いた白いロングテーブルを歩道に設置したこのイベントは、2年前から佐賀商工会議所青年部の人たちが「広くなった歩道でこんなことができたらいいな」と絵を描いていたものが実現したのだそう。またワークショップやマルシェの出店は、佐賀の大学生中心とするZ世代の若者たちが活動する「サガつく!」という団体が企画・運営を担うことで実現しました。
このイベントが行われた道路は、佐賀駅から佐賀県庁を結ぶ県道29号の佐賀停車場線(都市計画道路佐賀駅下古賀線)で通称「中央大通り」。まさに佐賀市街の背骨と言える道です。このうち駅南側の約200mを広場のような歩道空間として整備したのが「さが維新テラス」です。日常的に「使える道」「歩いて楽しい道」とするために、4車線あった道路を2車線に減らし、その分、歩道の幅を4.5mから11.5mに広げる工事を2023年3月頃から行ってきました。歩道内にはトークイベントのステージともなった奥行きのあるベンチや、通り沿いの飲食店がテラスなどを設置できる軒先スペースを設けています。
歩道の整備を担当した佐賀県 県土整備部 まちづくり課 課長の天本貴子さん、諸石幸輝さん、河原誠さん(2024年4月に県土整備部 まちづくり課から佐賀県東部土木事務所に異動)と、歩道をデザインしたワークヴィジョンズの西村浩さんにお話を聞いたところ、佐賀県の天本さんは「イベントは一時的なものでしかないが、人の集う風景を佐賀の日常にしたい」という想いを語ります。
筆者はイベント以外の日にも同じ場所を訪れてみましたが、日が落ちてやや過ごしやすい気温になった夕方ごろから、高校生のグループやカップル、仕事帰りと思われる人たちが思い思いに過ごしています。夕暮れのなか、落ち着いた照明がまたいい雰囲気を醸すその風景は、佐賀出身の筆者にとっても、たしかに過去には見られなかったもの。天本さんたちがイメージしてきた景色が、既に形になりつつあります。
今回の「さが維新テラス」を含む県道佐賀停車場線は2023年3月末に「歩行者利便増進道路(通称:ほこみち)」として指定されています。
ほこみち制度は、コロナ禍の2020年、屋外空間をうまく活用したいという人びとのニーズの高まりを受けて、国土交通省によって創設された制度。道路を「通行」以外の目的でも柔軟に利用できるようにしたものです。道路幅やバリアフリーなど構造上の基準や歩行量などを満たした道路について、都道府県の公安委員会に意見を聞いて問題なければ、ほこみちとして指定・公表されます。
実は、ほこみちとして指定・公表された道路は2024年3月31日時点で全国に139あります。ただ、指定・公表されればすぐにほこみちを自由に活用できるわけではなく、占用が見込まれる場所を管轄の警察署長と協議のうえ、「利便増進誘導区域」として設定することなどが必要になります。
利便増進誘導区域では、占用者が道路の維持管理に協力する場合、占用料が減額されます。それに加え、占用者が公募で決まった場合は、通常は最長5年間の占用期間が最長20年まで可能となるメリットがあるため、いっそう、ほこみちを使いやすくなります。
今回のイベントが実施された佐賀県の県道佐賀停車場線も「今後も引き続き、社会実験として音楽イベントやマルシェ出店など、さまざまな使い方を試してノウハウを蓄積し、チャレンジしながら、プレーヤーを発掘したい。最終的には運営者を公募するなど、継続的に使えるよう進めていければと考えている」(佐賀県・諸石さん)のだそうです。
■関連記事:
「歩道」がにぎわいの主役に!? 規制緩和が生むウィズコロナ時代の新しい街の風景
天本さんたち県の担当者は、これからの日本の未来を思い描きながら、西村さんと「佐賀らしさとは何か、どうすれば佐賀らしさを表現できるか」についてとことん語り合って、さが維新テラスの案をつくっていったと振り返ります。
「結論、『佐賀の人たち自身が1番佐賀らしいはずだ』という結論に至りました。佐賀の人たちの温かさや笑顔、この場所を楽しく使いこなしている姿を佐賀の玄関口である佐賀駅前で訪れる人にも見てもらえば、それがそのまま佐賀の魅力を知ってもらうことにつながると思ったんです」(佐賀県・河原さん)
さらに、西村さんは道路がもたらすまちの未来の姿を見ています。
「地方都市の財政がひっ迫し、道路をはじめとするライフライン、インフラを効率よく整備するにはコンパクトシティ(※)化していくことが必至です。多世代が集まって住める状態にするには、安全で、歩いて楽しい道であることが今後一層求められるでしょう。そのとき、お店の前の道にテーブルを出したり自由に座れたりするなら、その道にお店が増えます。お店が増えれば、人が集まります。人が集まれば、そのエリアの地価や不動産の価値が上がり、税収も上がるでしょう。すると、行政がもっとまちに投資しやすくなるという好循環が起きるんです」(ワークヴィジョンズ・西村さん)
(※)コンパクトシティ:住まいや公共交通、商業・医療・福祉施設などを集約し、郊外に居住地が拡散することを抑え、小さくまとまったまち
最後に、全国の人ヘ伝えたいことを訊ねると西村さんは「住む人やまちに関わる人みんなが一緒になってこのまちを盛り上げようとする気持ちが大切。自分も参加してみよう、何かやってみよう、声を上げてみようよ」と笑顔で答えてくれました。佐賀県職員の天本さんも「まずはこの楽しさを実際に体験してみてほしい」とアピールします。
確かに、県のトップも職員も、商売やまちづくりに携わる人も、そして通りすがりの人、近くに住む人も、1つのテーブルで笑いあって飲食する姿は、まさに一緒になってまちや道路を楽しんで使う人の姿、そのものでした。「こんなまちになるといいな」の思いが実現した道路。これからの未来の「道」を示すひとつの参考になるのではないかと思います。
●取材協力
・
佐賀県
・
株式会社ワークヴィジョンズ
【関連記事】
・
地方でのデザイナーのプレゼンス、存在価値を高めたい。「場」をもって示す、佐賀発のデザインユニット「対対/tuii」の挑戦