雄大な森の中にたたずむ
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、8月下旬に休館予定の発表をしたDIC川村記念美術館について語る。
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日本有数の20世紀美術のコレクションを誇るDIC川村記念美術館。8月下旬に「休館へ」というニュースが飛び込んできて以来、今でもショックが拭えません。
DIC川村記念美術館は、化学メーカーのDIC株式会社が運営しています。116年の歴史を持つ印刷インキの大手で、1990年に千葉県佐倉市の研究所敷地内にこの美術館を開館しました。近年はDICの業績不振の中、美術館の運営も赤字が続いており、資産の運用についての見直しを行なった結果、来年の1月に休館することを決定(※)。そのまま閉館か、縮小・移転の2択で検討するとのこと。
※...その後、美術館は休館予定を2カ月延期し2025年3月下旬からとすることを発表
背景には、"物言う株主"として知られる香港の投資ファンドの経営改善策があると報じられており、非効率な資産とされる美術作品の売却を迫られているよう。文化芸術に対して冷酷な方針のように聞こえるけど、川村記念美術館の収蔵品の資産価値は総額112億円以上。
クロード・モネ、ピエール=オーギュスト・ルノワール、マルク・シャガール、パブロ・ピカソから、ジャクソン・ポロック、フランク・ステラまで近・現代美術の巨匠の作品を含む至高のコレクション。美術業界では、実際に売却されたらもっと高くなるといわれています。
中でも特に行方が気になるのは、大好きなマーク・ロスコの作品群。川村記念美術館のハイライトのひとつは、ロスコの作品を最善で鑑賞するために計算・建設された「ロスコ・ルーム」です。変形七角形の部屋の各壁に、幅2~5m、高さ1~3mの巨大な絵画7作品が飾られており、絵と建物が見事に一体化。照明はロスコ本人が最良と考えた自然光に近い環境に設定されており、作品に囲まれていると、最初は見えなかった色彩が浮かび上がってきます。
色が動いているような不思議な感覚になり、ほかでは得られないドキドキ感が味わえます。これが常設展示で見られるのはとても貴重で、海外からもファンが来るほど。閉館ではなく移転となっても、このロスコ・ルームがなくなるのは寂しすぎる。ロスコは美術市場でも人気の作家で、2015年には絵画1点が8190万ドル(当時のレートで97億6000万円)、21年には1点が8250万ドルで落札されているから、株主的には売却したくなるのもわかるけど......。
このように、川村記念美術館は展示の仕方が秀逸。レンブラント・ファン・レインの作品も、専用の部屋に1枚だけ飾られており、静かな迫力が堪能できます。ものすごく展示に気を配って設計された建物なので移転も悲しいけど、見られなくなるよりはいい。
以前は、バーネット・ニューマンの晩年の大作「アンナの光」が最適の距離で鑑賞できるように設計された「ニューマン・ルーム」もありましたが、13年に「アンナの光」は約103億円で売却。譲渡先の海外の企業は一般公開をする予定でしたが、10年たってもまだ展示されていません。素晴らしい作品で、どんな形でもいいからまた見たいな。
佐倉市は「移転・閉館はわが国の文化芸術の普及・発展に大きな損失」として、署名活動を開始。行方に注目です。次回は、かつて経営不振に苦しんだ米デトロイト美術館の例をご紹介します。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。DIC川村記念美術館は美術館グッズがいつもイケてるから、それも休館で買えなくなるのは悲しい。公式Instagram【@sayaichikawa.official】
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