「東大の女子比率は20.1%。一方、ハーバード大学は50%くらい。世界のトレンドとしては、むしろ男子学生の比率が低いことのほうが問題視されているぐらいなんです」と話す江森百花さん(右)と川崎莉音さん
2023年5月に公表されて大きな話題を呼んだ調査「なぜ、地方の女子学生は東京大学を目指さないのか」。
現役女子東大生を中心に実施されたこの調査に対して、SNS上ではさまざまな声が飛び交った。
そうした意見を踏まえ、調査結果に加えて、学生への取材や考察を追加し構成したのが今作『なぜ地方女子は東大を目指さないのか』だ。
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――調査を始めたきっかけは?
江森百花(以下、江森)
東大に入学してからずっと、女子学生の比率が低いことに疑問を持っていたんです。世界的に見ても、日本の難関大学の女子比率は異様なほど低く、東大の女子比率は20.1%、京都大学は21.9%、理系のみの東京工業大学に至っては13%。
一方、ハーバード大学やオックスフォード大学は50%くらい。世界のトレンドとしては、むしろ男子学生の比率が低いことのほうが問題視されているぐらいなんです。
日本のこの状況は、現代にまだ侍がいるようなもので(笑)、世界的に見たらかなり遅れているのです。
川崎莉音(以下、川崎)
学内には、そんな低い東大の女子比率をなんとかしようと活動する組織がいくつもあったのですが、私たちは「女子」とひとくくりにすると原因や課題が見えにくくなると思い、セクターごとに分けて分析する必要があると考えました。
そこで、「女子」に加えて「地方」にフォーカスしたらどうかって思ったんです。
江森
私たち自身も地方から出てきた女子学生で、私が静岡県出身、川崎が兵庫県出身なんですが、都内出身の同級生と話している中で違和感を抱くポイントに違いを感じることが多く、地方女子に特有の課題があるのではと考えました。
――調査をしてみて、驚いたデータはありますか?
川崎
調査をするまで、地方から都市部に出るかどうかを決める際に大きなネックになるのは金銭面だと思っていたのですが、安全面への危惧が大きかったことが驚きでした。
思えば、私が高校生のときも、周りの大人が「東京は危ない所」と言っていたり、それを真に受けた子供まで「東京に出たら殺されるんじゃないか」と言っていて(笑)。
さすがにそれが大多数ではないだろうと思っていたけど、そう思っている人が想像以上に多かった。実際の東京は、私たちも地方から出てきて驚いたことですが、夜でも明るい。
「東京は冷たくて怖い場所」というイメージが親から子供へ受け継がれることで、進学の際の選択肢が限られるのはもったいないと感じます。
ただ、こういうことを言うと、「首都圏一極集中を助長したいのか」と言われることがあります。実際に地方自治体の方からもそのような声をいただきました。
でも、地方から都市部へ女性が流入している本質的な問題は、女性が地方から出ていくことではなく、地方に帰ってこないことだと考えます。
結婚観や仕事観が柔軟でライフスタイルの選択肢が多い場所のほうが生きやすいですから、地方が女性の多様な生き方を認めていかない限り、地方は女性に選ばれません。
都市部に進学した女子学生が帰りたくなる場所にすることで、地方も盛り上がる未来がつくれると思って活動しています。
江森
これは地方女子に限らず首都圏の女子にも当てはまるのですが、女子学生のほうが浪人を回避する傾向があることがわかりました。
男子が難関大を目指すために浪人するのは世間では一般的なことのように思われますが、女子生徒の場合、保護者にも「浪人してまで難関大を目指すべきなのか」という考えがあるようです。
川崎
ベネッセさんと共同で保護者向けの意識調査を行なったのですが、「自分の子供にいくらぐらい年収を稼いでほしいか」という質問の回答で、子供の性別でかなり差があったんです。女の子のほうが低く、男の子のほうが高かった。
自分の子供の性別によって、親が期待する学歴や年収が異なり、それが子供の選択肢にも影響を及ぼしている可能性がある。ただ、これは裏を返すと、男性側も選択肢が狭まっているともいえます。
――というと?
江森
男子のほうが高かったのは、「男の子はいつか家族を支える大黒柱になるべき」というジェンダーバイアスがあるからでしょう。そうした期待は幼い頃からプレッシャーとなって男性に押しつけられている。
それこそ東大は中高一貫の男子校出身の学生が多く、中には「東大に行かなければ人ではない」と言われて育ってきている人も少なからずいると聞きます。
ただ、それも影響してか、リベラルアーツが特色である東大内ですら、ジェンダーについての柔軟な議論ができないこともしばしばあって、「三島由紀夫は男のほうが女よりも知性において勝っていると言っていたので男女比8:2は順当」と話す男子学生もいるほど。
大学は学生にとって社会に出る前に認識のすり合わせを行なう最後の砦として機能するべきだと思います。そういう意味でも、女子学生を増やさないと、ジェンダー観が変わらないまま社会に出て、偏ったままの世界を再生産することにつながってしまいます。
――では、難関大における女子比率の改善に向けて具体的な方策は何がありますか?
川崎
鍵のひとつは寮だと思います。例えば、現在ある県人寮は男子寮ばかりで、女子が入れる寮の数が極端に少ない。いくつかの県人寮に電話取材したのですが「地方から出てくる女子は家が裕福だから(寮は必要はない)」と話す寮までありました。
寮は金銭面と安全面の両方のハードルが下げられるので、県人寮や大学寮を整備するのはひとつの手だと考えています。
取材をした中で忘れられないのが九州出身の女の子のこと。その子の親は兄や弟には教育投資を惜しまないのに、その子は塾に行かせてもらえず、お金のかかる県外への進学や浪人も禁止されていたそうです。
そんな中、親に無断で県外の大学を受験して進学したら、約束を破ったということで学費も生活費も出してもらえず、自身がアルバイトでためたお金も兄の学費に使われていたそう。「そんな家が今の時代にあるのか」と衝撃で泣きそうでした。
地方の女子生徒が置かれている状況の一例ですが、そんな古いジェンダーステレオタイプがいまだ残る地方でこそ選択肢が広がってほしいと思っています。
■(右)江森百花(えもり・ももか)
2000年生まれ、静岡県出身。静岡県立静岡高校から1年の浪人を経て東京大学に進学。文学部人文学科社会心理学専修課程在籍。2024年、Forbes JAPAN「世界を救う希望」100人に選出
■(左)川崎莉音(かわさき・りおん)
2001年生まれ、兵庫県出身。小林聖心女子学院高校から東京大学法学部に進学。法と社会と人権ゼミ第30代学生代表幹事。2024年、Forbes JAPAN「世界を救う希望」100人に選出
■『なぜ地方女子は東大を目指さないのか』光文社新書946円(税込)
首都圏以外に暮らす女子高生は偏差値の高い大学への進学にメリットを感じにくい傾向にある。東京大学を拠点とした学生団体#YourChoiceProjectがそのような調査結果を2023年5月に公表し、大きな話題を呼んだ。調査で判明したのは、地方で暮らす女子高生の資格重視傾向、自己評価の低さ、そして浪人を避ける安全志向が強いことだった。データはもちろん、実際の声を集めたインタビュー、そして解決のための方策まで踏み込む一冊
『なぜ地方女子は東大を目指さないのか』 光文社新書946円(税込)
取材・文/新海渚沙撮影/佐々木里菜
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