故イ・ソンギュンが映画人から愛された理由とは?「In Memory of Lee Sun-kyun」で涙を見せた俳優たち

多くの観客が詰めかけた『最後まで行く』GV/[c]BIFF

故イ・ソンギュンが映画人から愛された理由とは?「In Memory of Lee Sun-kyun」で涙を見せた俳優たち

10月20日(日) 15:46

10月2日より開催された、第29回釜山国際映画祭(以下BIFF)。華やかなゲストの登壇や興味深い撮影ビハインドなど、にぎやかな時間が過ぎていくなかで、ただ厳粛な空気に包まれるひとときがあった。今年設けられたセクション「Special Program in Focus」の1つ、昨年急逝した故イ・ソンギュンを追慕する企画「In Memory of Lee Sun-kyun」だ。『ソニはご機嫌ななめ』(13)、『最後まで行く』(14)、ドラマ「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜」第5話、『パラサイト 半地下の家族』(19)、『幸せの国(原題)』が上映されると共に、監督と共演者らが一堂に会した観客との対話が行なわれた。
最後は涙を溢れさせたチョ・ジョンソク

■チョ・ジョンソクが涙…明かされた『幸せの国』の撮影秘話

『幸せの国』は、1979年10月26日に実際に起きた朴正煕大統領暗殺をベースに、上官だった主犯の命令で事件に巻き込まれた秘書官パク・テジュと、彼の弁護を担当したチョン・イヌの苦闘を描いている。イ・ソンギュン扮するパク・テジュは、暗殺事件の後に実権を掌握したチョン・サンドゥの企てによる不当な裁判で極刑に科されようとしていた。
【写真を見る】極刑を静かに待とうとしていたパク・テジュ


『ソウルの春』(23)にも繋がる近現代史の闇に光りを当てる本作は、それだけ俳優陣の重い決意と演技への悩みが尽きなかった。イ・ソンギュン演じるパク・テジュも本作では高潔な人間として描かれてはいるが、別の視点で見れば民主化運動の市民を痛めつけることもあったはずで、イ・ソンギュンの苦悩も想像に難くない。チュ・チャンミン監督は、剛直なキャラクターを離れた素の柔和さが印象的だったそうだ。

「撮影に臨む時は誰よりも集中していて情熱的な方ですが、スタッフたちがセッティングしている合間に雑談で気持ちをほぐしてくれたりしました。撮影中、テジュは刑務所に閉じ込められている状況で複雑な考えが内在しているはずなのに、よくそういうことができたと不思議でした」。

ユ・ジェミョンも「撮影現場こそが『幸せの国』だったというほど、心強くて楽しかったです。まるでいたずらっ子のようなおじさんたちが集まって、表現についての悩みや心配を共有しお互いに頼っていたことが記憶に残っています」と、イ・ソンギュンとの思い出を振り返った。
撮影現場の雰囲気の良さを振り返ったユ・ジェミョン


チョ・ジョンソクは、一番印象深かった共演シーンでを聞かれると、取調室でテジュと面会する場面をあげながら、「その場面すべてとても楽しくておもしろくて、時にはもどかしくて、色んな感情を感じました。たくさん会話をし、笑って撮影する時もありましたが、 切実な気持ちでした。特に最終弁論シーンでは、映画の結末を知っている私としては、最後までこの人の命だけは守ろうとするのでとても辛くて、没頭するあまり感情があふれ出て大変でした」と答えた。
「すべて今も忘れられない」という刑務所でのシーン


本作は図らずも、イ・ソンギュンの遺作の1つとなった。そのことについてチョ・ジョンソクは、「(イ・ソンギュンが亡くなったとき)最初はとても悲しかったです。 今はなかなか会えずにいるだけで、どこかで生きているような…そんな気がします」と、涙声で言葉を途切れさせながらつらい心境を口にした。
最後は涙を溢れさせたチョ・ジョンソク


彼の言葉にもらい泣きしかけつつユ・ジェミョンは、「あるラジオのオープニングで、映画は懐かしければもう一度見れるが、人は懐かしくても二度と見ることができないと言っていました。 私はプレゼントをもらったと思います。イ・ソンギュンが見たければ、私たちの映画を見ればいいからです。 そのプレゼントのおかげで、いい作業を同僚たちとできたのではないでしょうか」とコメントした。

■感極まるチョ・ジヌン「どうか忘れないでほしい」日本でもリメイクされた傑作サスペンス『最後まで行く』

『最後まで行く』でイ・ソンギュンは、汚職に手を染めた殺人課の刑事ゴンスを演じた。質の高い脚本とスピーディーな演出、そしてイ・ソンギュンとチョ・ジヌンという二大俳優の力強い演技力で物語が疾駆する痛快なサスペンスだった。
ひき逃げを隠蔽するため前代未聞の手段に出るゴンスだったが…


登壇したのはキム・ソンフン監督と、ゴンスをつけ狙う悪徳刑事パク・ジャンミンを演じたチョ・ジヌン。キム・ソンフン監督は「初めて話したとき、イ・ソンギュンさんの質問が『なぜ私なんですか?』でした。自分がゴンスに合わないのでは?と思ったようです 」と、キャスティング秘話を打ち明けた。また、「『最後まで行く』という心理状況を捉えるため、ゴンスの不安な目つきをクローズアップで撮影しようとしましたが、言い過ぎでもなくとてもハンサムだと思いました。役割を無限大に提示できるようなインスピレーションを授けてくれる方でした。俳優としても、人としても笑うのが本当にきれいでした」と、彼が感じたイ・ソンギュンの印象について語った。

チョ・ジヌンは、「お酒を飲んだ勢いで振り返る暇もなくそのまま走ったような映画でした」と、エキセントリックで暴力的なジャンミンに扮した苦労を語った後、過激なアクションが続く本作でのイ・ソンギュンとの撮影秘話を懐かしく振り返った。
むせび泣きとなったチョ・ジヌン


またチョ・ジヌんは、「人間イ・ソンギュンは、人の心のうちに触れるような表情がある方。自分に兄はいないが、兄ができたと思いました。現場に入り2人で着替えるとき、前日のあざが治らないまま当日も新しいあざができていました。互いに鏡を見ながら『今日は何だか仕事した気分だな』と言うような名誉の負傷でした。でも私がバスタブで馬乗りになるシーンで兄さんが悲鳴を上げたので『そんなに?』と思っていたら、腰にひびが入っていたんです」と今だから話せるエピソードを披露した。
激しいアクションゆえに怪我が絶えなかった『最後まで行く』


明るい表情でトークを始めたチョ・ジヌンだったが、最後にキム・ソンフン監督からの「10年前、この映画を作る一番の原動力がイ・ソンギュンという俳優でした。 私にプレゼントのような存在として現れてくれて、撮影をすることがこんなに楽しいことなんだと思わせてくれました」という一言を聞くや、堪えていた涙で言葉が出なくなった。疑惑が明るみに出たとき、イ・ソンギュンはキャスティングされていたいくつかの作品を自主降板したが、その1つ「NO WAY OUT:ザ・ルーレット」で彼は代役を引き受けた。並々ならぬ絆を結んでいた友への思いで「ずっと(イ・ソンギュンを)忘れないでください…」と口にするのが精いっぱいだった。

■「本当の兄弟のようだった」監督と共演者が思い出を語る「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜」

追悼企画を締めくくったのは、ドラマ「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜」だった。キム・ウォンソク監督、イ・ソンギュン扮するドンフンと兄弟を演じた長男サンフン役のパク・ホサン、次男ギフン役のソン・セビョクがステージに登場した。
〝良い大人とは何か〟をテーマにした名作「マイ・ディア・ミスター」


「別れた実感がないです。どこかで安らかに休んでいると信じています」と口を切ったソン・セビョクは、印象的な撮影の思い出を聞かれると「1つに絞るのが難しい」としつつも、「ドンフンが殴られて顔が傷だらけだったとき、兄弟たちで『誰がやったんだ!?』と飛び出していく場面です。ギフンとドンフンの特別な兄弟愛を見た思いがしました」と語った。

一方パク・ホサンは、第5話にある「どんなに貧しくても、いつ死んでもいいようにパンツは高いものを履きたい」というギフンのセリフを受け、酔って倒れたドンフンが「今日は安いパンツだから死ねない」というシーンが印象的だったと明かし、さらに「イ・ソンギュンはドンフンのように内に抱える性格。そして恥ずかしいのが嫌だとたくさん話していました。君を信じている。恥ずかしくない!」とドラマの名ゼリフを引用し無念さを表した。
「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜」のキム・ウォンソク監督、長男サンフン役のパク・ホサン、次男ギフン役のソン・セビョク


いまでこそ根強い人気を誇る「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜」だが、当初は若い女性と既婚男性が恋に落ちる、モラルのないドラマだと早合点された。キム・ウォンソク監督によると、当時の撮影現場でイ・ソンギュンは、批判に苦しんでいたという。そうした人柄を知るキム・ウォンソク監督は、「イ・ソンギュンさんを追悼する行事の始まりが、BIFFであることがありがたいです。そして続かないといけません。イ・ソンギュンさんがなぜ亡くなったのか?イ・ソンギュンさんがどんな人だったのか?今回はそういうことを記憶する試みが反映された、多様な企画がたくさんあると思っています」とし、さらに踏み込んだ。

「ドンフンという役が彼の負担になったようで、本当につらいです。大衆から攻撃される人がどれほど大変か、メディア時代の強者は皆さんだということはよくご存知なのではないでしょうか。俳優たちは本当に弱い立場。皆さんの支持と声援がなければ存在できない。犯罪者と断じる前に、もう少し機会を与えていただきたいんです。犯罪を犯しても機会を与えられてほしいと私は思いますが、(彼の場合は)犯罪でもなく、証拠もない状況でした。何の関係もない方々にこんなことを言って申し訳ないんですが…もう少し慎重になっていただきたいです。とんでもない記事を出した人たちや虚偽の捜査内容を流出した人々は罰されなければならないのではないでしょうか」。
「全部なんてことない。幸せに生きられる」の名ゼリフを残したドンフン


キム・ウォンソク監督の発言を「やり過ぎだ」と批判するネットユーザーや一部韓国メディアもあるが、彼がここまで言及したのには理由がある。イ・ソンギュンが昨年10月に警察庁の取り調べを受けたとき、麻薬の検査結果は陰性だった。そんな証拠が出揃わない時点でも、騒動はセンセーショナルに報道された。イ・ソンギュンの死後、ポン・ジュノ監督ら映画人有志は、捜査情報の不当な流出と、そのことで起きた過剰報道を批判し徹底した真相究明を求める声明を提出した。のちに捜査情報を流出した疑いが持たれている警察官が緊急逮捕され、現在国会では捜査における被疑者の人権保護法、別名“イ・ソンギュン法”が発議されている。

疑惑の段階で捜査状況を無分別に明らかにしたことや、疑惑と関係ないプライベートを書き立てたことは果たしてフェアなのだろうか。キム・ウォンソク監督が最後にイ・ソンギュンへ語りかけた一言は、確実にあの場にいた観客の心に響いただろう。

「ソンギュン!俺は君を知っている。だから君がなにをしたとしても、俺は君を信じている!」

取材・文/荒井 南


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