10月18日(金) 17:00
1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、最新55巻が絶賛発売中!累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。つぎたてのビールを目の前にしてかかってくる電話。テーブルにこぼした酒はどうすべきか。
「今ちょっととりこみ中なんだ あとでかけ直すから あのバカなんつーときに…」
高級レストランや腕利きバーテンダーのいるバーに行かずとも極上の一杯を味わうことはできる。暑い夏、宗達は自宅でとことん旨いビールを飲むため、入念に下準備を進めている。冷蔵庫で瓶ビールとグラスをしっかり冷やし、事前に熱めのシャワーを浴びておく。汗を流してさっぱりしたら、浴衣か甚平か作務衣など、涼しくて身動きのとりやすい服装に着替えよう。次に欠かせないのがつまみの用意だ。枝豆を茹で、ソーセージを焼いて、冷やしたトマトをスライスして、と、凝ったものを作る必要はないが、ビールを美味しくしてくれるアテを揃えたい。ここでようやく瓶ビールとグラスを冷蔵庫から取り出す。いい音を立てながら勢いよく栓を抜き、瓶の中身を、何段階かに分けて注ぐ。グラスの淵から泡がこんもり盛り上がるように注げたら完璧。さあ、飲むぞ!
……というタイミングで携帯電話が鳴り、出てみると飲み仲間の斎藤だ。なんと間の悪い。すぐに電話を切った宗達は「あのバカ」と悪態をついているが、まあ、その気持ちもわからなくはない。電話の電源を切り、ようやくとことん旨いビールを一気に飲み干して至福の笑みを浮かべる宗達。一方その頃、斎藤と竹股はビアガーデンにいる。「ビアガーデン行こうぜ」と、宗達がふたりを誘っていたらしいのだ。約束の場になかなか現れない宗達を心配して斎藤がかけたのがさっきの電話だったというわけ。ちょっと、宗達ー!
「酒の一滴は血の一滴 もってのほかだよ酒をこぼすのは」
仕事の疲れを癒しに、宗達は同僚たちと居酒屋を訪ねる。座敷席でゆったり飲んでいると、隣のテーブルが少し騒々しい。ちらり見やると4人組のグループで、興が乗って少々飲み過ぎているのか、そのうちのひとりがグラスを倒して酒をこぼしてしまう。「ハハハやっちゃったぁ」と笑っているのを見て、「こぼした本人がヘラヘラしてるのがケシカランな」と苦言を呈す宗達たち。
「酒の一滴は血の一滴」とは、『酒のほそ道』シリーズを通じて宗達が何度も口にしている言葉である。酒を愛し、そのありがたみを心の底から知っている宗達は、大げさでなくそのように感じているのだろう。
隣のテーブルでは、また誰かが酒をこぼしている。それを眺める宗達は「ったくもう救いよーのないバカだよ」と、辛辣である。しかし、ここで困ったことが起きる。同僚の海老沢が手をすべらせ、つまみの銀杏が卓上に転がる。それをキャッチしようとした宗達の手元にあったおちょこが倒れ、大事な吟醸酒がこぼれてしまったのだ。お店の人を呼ぼうとする海老沢を「ちょっと待った」と制した宗達は「この場合はまた別の対処法があるんだ」と言うなり、やおらテーブルに顔を近づける。「ズズッズズズー!」と勢いよく酒を吸い込む擬音と、驚いた顔の同僚たちが描かれる。そんな宗達に呆れた視線を投げかける隣のテーブルの客たちは何を思っているのだろうか。
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次回「小さなシアワセの見つけかた『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:パリッコ)は10月25日(金)公開予定。
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