パリ2024パラリンピックで男子日本代表が金メダルを獲得した
ゴールボール
。6位だった女子日本代表の試合とともにNHKでテレビ中継された。解説を務めた
浦田理恵
さんは、全盲の元日本代表選手。試合の状況をスタジオでどのように理解し、視聴者に伝えたのか。放送の裏話や、“全盲アスリート解説者”の今後の可能性を聞いた。
音を聞けばボールが体のどの部分に当たったかわかる
――パリ大会のテレビ中継での解説の仕事は、いつごろ決まりましたか?
浦田 理恵(以下、浦田):
NHKからのオファーは今年の初めにいただきました。自分自身がゴールボールを始めたきっかけが、2004年のアテネパラリンピック(編集注:女子日本代表は銅メダルを獲得)をテレビで見て、「うわ、すごい、自分も世界に挑戦してみよう!」と思ったことなので、感動を伝える側に自分も関わることができるのは、とても光栄でした。ただ、解説は東京のスタジオで行うことになっていて、スケジュールが一部合いませんでした。というのも私はゴールボールの決勝をパリで現地観戦する計画を立てていたからです。そこで予選だけの解説ということで、話を進めてもらいました。実際に解説したのは女子の初戦である韓国戦と、男子の予選・ウクライナ戦です。弱視の永野陽希選手と一緒に務めました。
――解説は今回が初めてとのことですが、不安などはありませんでしたか?
浦田:
「どうやればいいの?」といった疑問や不安は、私の中では後からついてくるものなので、それよりも嬉しい気持ちが先にきて「ぜひ!」という気持ちが強かったですね。実際の進め方については、アナウンサーの髙木優吾さんも交えた形で、番組の制作担当の方たちと話し合いました。髙木さんは何年も前からゴールボールに興味を持たれていて、休日に国内大会の運営スタッフとして携わるなどしていただいています。髙木さんからは「どういった声かけをしたら、浦田さんはその画像のイメージがよりクリアになりますか?」といったことを確認してもらったり、実際にヘッドホンをつけて「試合中はこういうふうに聞こえますよ」とシミュレーションをしていただいたりしたので、イメージもつかめました。私が何をしゃべるかについても、「そういった視点があるんだなというのをテレビを通じて伝えることができるから、会話をしながら始めましょう」と言っていただけたので、すごく気持ちが楽になりましたね。
バウンドしたボールを止める女子日本代表
――会話をベースとした解説だったんですね。見えない中で、コートの状況はどのように把握されたんですか?
浦田:
髙木さんの実況で選手の動きや状況を把握して、私のほうでもコートの中での選手たちの声やボールの音を拾っていきました。
――音だけでもわかることってあるんですか?
浦田:
たとえば、攻撃側が投げたボールが、攻撃側のチームエリアで一度もバウンドしないと「ハイボール」という反則になります。「浮いた音」というか、投げてから相手選手に当たるまでの音を聞けば、「ハイボールだな」ということがわかるんです。あとは音によって、腕に当たったのか、足に当たったのか、手足の先のほうに当たったのか、弾いたボールがどう転がっているか、といったことは、私が選手としてもずっと気をつけながら聞いていたので、「今の惜しい!」「ギリギリで危なかった!」といったこともわかります。
スピーディーに攻撃する男子日本代表
残された能力をフルに使って100%に近づける
――現在は講演会やゴールボールの競技体験会などで「伝える」という活動をされています。今回の解説の経験が今後の活動にも活かされそうですか?
浦田:
そうですね。よく「選手たちは見えないのにどうしてあんなに動けるの?」と聞かれることがありますが、今回の解説で皆さんが持つ疑問について、また突き詰めて考える機会になりました。たとえば見えない中で、自分の一歩の歩幅というのを気にする機会はそんなにありません。でもゴールボールという競技の中で、コートの中で反則にならないように、かつギリギリまで攻め込むために、歩幅や足を出す角度を細かく考えます。仲間との声がけもあります。それがないと安心と安全が確保できないのですが、これは私たちが生きていくためにも本当に必要なことなんですね。
小さな動きを意識すること、それを積み重ねていくことの大切さを、多くの人に伝えられたらなと思います。歩幅にたとえましたが、コミュニケーションもこれと同じで、言葉一つひとつを選んで相手に伝えることも大切だと思います。ただ、これってとても難しいことなんだな、まだまだ学ぶことばかりだなと、解説の仕事を通じて実感しましたね。
――スポーツ中継の解説者をやってみて、浦田さん自身は、全盲のアスリートによる解説にどんな意義があると思いますか?
浦田:
「見るっていうのは、目で見るだけじゃないよ」ということを伝えられるんじゃないかなと思います。私は2004年のアテネ大会をテレビで「見た」と言いましたが、そのときにはもう視力を失っていて、音として入ってくる情報で観戦していました。普段の生活でも、言葉、音、気配、触れるもの、自分が持っているものすべてを使っていろいろな情報を得ています。人間が得ている情報は、視覚として入ってくるものが約83%を占めているといわれています。これを「残り17%しかない」と思うか、「17%を最大限に生かそう」と思うかで大きく変わってきます。今回の解説も、番組を作り上げる方たちの協力を得ながら、100%に近づけられる可能性を示せたんじゃないかと思います。「うまくできるかな」「変なことを言ってしまわないかな」といった不安はありましたが、まずはチャレンジする機会をもらえたということに、とても感謝しています。
女子日本代表は4年後にまたメダルを目指す
――パリ大会の放送後に、どこかで新しいゴールボールプレーヤーが生まれたかもしれませんね。
浦田:
私自身もゴールボールに出会って自分の人生が大きく変わって、すごく笑えるようになりました。目が見えないというたった一つのことだけでものすごい落ち込んで、いろいろなことをあきらめかけたこともありましたが、「めちゃくちゃ頑張るってかっこいいんだな」ということを教えてもらいました。そしてそれがまた楽しいんですね。頑張ることの楽しさを、子どもたちや、世の中を支える大人たちにたくさん伝えていきたいですね。そうすることで少しでも希望の持てる社会になればと思います。
浦田 理恵(うらた・りえ)|ゴールボール
1977年熊本県生まれ。20歳で急激に視力が低下し、網膜色素変性症と診断される。26歳でゴールボールを始め、パラリンピックに4大会出場。2012年のロンドンパラリンピックでは、守備の要として日本チーム初の金メダル獲得に貢献した。銅メダルを獲得した東京パラリンピック後の2021年12月に代表を引退。現在は、日本ゴールボール協会の強化スタッフとして活動しながら、国内チーム(九州なでしこ)でプレー。講演活動や競技普及活動も精力的に行う。
写真は東京2020パラリンピックphoto by Jun Tsukidatext by TEAM Aphoto by Hiroyuki Nakamura
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