パリパラリンピック、ベテランフォトグラファーの沈んだ気持ちを吹き飛ばした試合とは

パリパラリンピック、ベテランフォトグラファーの沈んだ気持ちを吹き飛ばした試合とは

10月16日(水) 7:30

2012年ロンドン大会以来、12年ぶりにヨーロッパで行われたパリ2024パラリンピック。お祭りムードの各会場を駆け回ったパラサポWEB取材班のひとり、三船貴光氏にとっては不運の連続だったが、車いすテニスのある試合が沈んだ気持ちを吹き飛ばした。いろいろなことがあったパリを記録にとどめておきたい。
その日に限って
忘れもしない、パラリンピックの撮影も残すところあと4日となった9月5日のことでした。最終日のマラソンはどこで撮影しようか……そんなことを考えながらいつものようにカメラバックを持ってホテルを出発しました。
この日は、柔道から撮影スタート。滞在先のホテルから、会場のシャン・ド・マルス・アリーナに向かって地下鉄で移動します。ちょうど朝の通勤ラッシュの時間帯で、電車は満員でした。
これまでの経験から、ヨーロッパではフランス、イタリア、イギリスでスリや盗難が多いことはわかっていました。約1ヵ月前、パリオリンピックも撮影に来ていて、ある通信社の人がスマートフォンをスられた体験談も聞いていました。だからこそ、スリ対策は万全にしていたつもりです。この日は雨が降っていたため右手に傘、左手に機材の入ったカメラバックを持ち、スマートフォンはズボンのジッパーつきポケットに入れました。さらに周りの人をチェックしながら、いざ、満員電車へ乗り込みます。
でも、ジッパーは閉めなければ意味がありません……。
後から振り返ると、何となくポケットが涼しくなったような瞬間があったのです。でも、そのときは、雨の水滴がポケットに入ったのかな、くらいにしか思いませんでした。しばらくして会場に着き、入り口にある手荷物検査場でスマートフォンを出そうとポケットに手を入れると……。

「あれ?ない。どこにもない……もしかしてあのとき!」
そこで初めて盗られたことに気づきました。
大会後半、日本勢はメダルラッシュ。スマートフォンを失ったまま移動したシャン・ド・マルス・アリーナでもメダルが生まれた(写真は柔道で銀メダルの半谷静香)スマートフォンは、単なる連絡手段ではありません。会場に移動するバスの時刻表を見るにも、日本選手の勝ち上がり状況を調べるにも、スマートフォンが頼りなのです。絶望的な気分になったことは言うまでもありません。
海外では対策が必要
残念なことですが、海外の大会では、盗難はよくあること。今回も私と同じように、電車に乗っていたら、ポケットに手を入れられた、数人に囲まれた、など、電車内での盗難や盗難未遂に遭った話をよく聞きました。パラサポWEB取材班のメンバーもそういう場面に遭い、すぐに電車を降りたそうです。
警察署の端末で入力したスリ被害の書類。メールで控えが送られてくるシステムだったメディア関係者が作業を行う「プレスセンター」で盗難に遭うことも珍しくありません。近くに飲み物を取りに行ったわずかな隙にパソコンが盗まれた、足元に置いていたカメラレンズがいつの間にかなくなっていた、といった話も聞いたことがあります。
パリから電車で約2時間のシャトー・ルーでもいろいろあったが、現地の人に助けられた。悪い人ばかりではない鍵がかかっているホテルの部屋も、油断は禁物です。私はアジアで行われた大会で、部屋に置いていた現金がなくなった経験があります。今回は大会組織委員会が確保したメディア用のホテルに宿泊したのですが、それでも用心するに越したことはないため、ペットや子どもなどのモニター用小型監視カメラを購入し持参。部屋に置いて、留守中はカメラが左右に動くように設定しました。そのおかげか、部屋に置いていた私物はなくなりませんでした。しかし、同じホテルに泊まっていたライターさんは、大会最終日、セーフティーボックスに入れていた現金を盗まれたようです。私が持参した小型監視カメラは800円程度のものでしたが、少なからず効果はあったのかもしれません。
笑顔が救いに
スマートフォンで行っていた業務連絡や調べものはパソコンでできましたが、やはりスマートフォンの手軽さにはかないません。ただでさえタイトなスケジュールの中、スマートフォンを盗まれたことで、盗難届を出しに警察署に行ったり、保険の手続きをしたりと余計な仕事が増えたのは痛恨でした。しかも、実はそれ以前にもホテルがダブルブッキングされていたり、往路の飛行機が一方的にキャンセルされたりと、不運が続いていたんです。そのため、スマートフォンの一件でなんだか心が折れて、ガクッと力が抜けてしまいました。
でも、そんな折れた心を救ってくれた試合がありました。車いすテニス小田凱人選手の男子シングルス決勝です。
photo by TEAM A小田選手がパラリンピック行きを決めた「杭州2022アジアパラ競技大会」でも撮影しましたが、アジアと世界では比べものにならないほどレベルが違っていて驚きました。一番心が震えたのは、対戦相手がマッチポイントを取れば負ける窮地の場面。なんと、小田選手は笑顔を見せたのです。私も長いことスポーツ選手の写真を撮っていますが、そんな選手はなかなかいません。レンズ越しに観ているこちらにまでワクワクが伝染しました。
いやー、小田選手の戦いぶりは、それまでの私の不運を忘れさせてくれるほどすごかった。最終日まで頑張れたのは、小田選手のおかげです!
車いすテニス・小田の戦いぶりは見るものを魅了した三船 貴光(フォトグラファー)1971年、北海道生まれ。東京写真専門学校(現:東京ビジュアルアーツ)卒業後、スポーツフォトエージェンシーであるフォート・キシモトに入社し、FIFAワールドカップ、世界陸上など国内外のスポーツシーンを撮影。オリンピックは1994年リレハンメルから2024年のパリ大会まで16大会を撮影している。パラリンピックは1996年アトランタ大会などを撮影。今大会で印象に残ったパラアスリートは、笑顔でプレーしていたボッチャ遠藤裕美選手。
text by TEAM Aphoto by Takamitsu Mifune

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