店主の高齢化で地域住民に愛されてきた店の閉店が相次いでいる
コロナが収束したものの客足の回復が遅れ、物価高騰による費用の圧迫、人手不足や賃金上昇などで飲食店の廃業や倒産が増えている。
しかし、それらの要因もあるが、経営の継続に於いて本質的な問題を個人飲食店は抱えているのも実情だ。それは飲食店の店主の高齢化と後継者不在である。
地域住民には絶対的な存在である昔ながらのお店の店主が、年齢には勝てず、体力・気力の低下から病気がちになってくるのは仕方ない。週に1日の休みが2日に増え、営業時間も短くなり、ついには「体調不良の為にしばらく休みます」の案内を店頭に貼られる店をよく見かける。
後継者不在の店が多く、店を継続させるのに苦労しているのが実情だ。昔は圧倒的に多かった親族内承継が、少子化や継ぎたくないという子供の意思を尊重するために少なくなり、従業員承継など親族外承継と拮抗している。
最近は、第三者承継も注目されて増えており、何とか店を存続させたい店主の思いと、存続させてほしいという地域の願いの声が多いようだ。
M&Aの負のイメージも払拭され事業承継にも活用されている
第三者承継とは、親族や役員・従業員以外の第三者が引き継ぐことで、最近はM&A(今回は個人飲食店の場合に最も多い事業譲渡で説明する)が多い。
M&Aと聞けば、昔は乗っ取りなど悪いイメージが定着していたが、今はその市場も発達し、取引が活発になっている。そして、この市場により飲食店を売却したり買収したりするケースが増えている。
M&Aは経済合理性もある。廃業するならやりたい人に譲渡した方がいいはずだ。開業したい人も時間とコストの節約になり、リスクが低い案件も多い。だから、経済産業省も、事業承継対策としてのM&Aも推奨している。
M&Aの売り手、買い手の事情は?
売り側の理由として、
①店主が高齢化する中、後継者が不在で店の存続が困難
②多角経営で飲食店も経営していたが、本業に経営資源を集中し撤退するため
などの理由が多い。一方で買い手の事情として、定年退職者や若手開業希望者が存在感を増している。定年退職し、趣味だったグルメ歩きから習得した知見を、収益事業として展開するパターンと、若者が独自性あるお店(カフェなど)の開業するパターンが人気だ。
予算があまりなく、費用対効果の面から、居抜き物件や売り物件を安く活用する開業希望者も増えている。また、成長企業がより事業規模を拡大する為に飲食事業に参入するケースや、経営不振の企業が本業を補完する為に参入するケースも多い。
飲食店経営は簡単そうに見えるが継続させるのは難しい
飲食店経営は簡単そうに見えるから、開業希望者が多いが、1年で3割、2年でその5割が廃業し、10年で1割しか残らないというのが現実だ。
倒産理由はもちろん運転資金がなくなることだ。だから、営業赤字が続いても資金的余裕がある店なら、営業を続けることができる。通常、飲食店を個人で開業する際、実績がなければ取引先に信用取引をしてもらえず、食材など購入時には先払いが必要だ。
それら仕入れたものを販売し売上にできたとしても、最近はキャッシュレス化が進展し、お客さんの現金払いが少なくなっているので、資金繰りが難しいこともある。
ディナー帯は単価が高いからクレジット払いが多い。売上入金が遅ければ、店が黒字でも倒産する恐れがある。したがって、回転差資金を考慮した資金繰りが必要だ。
また、当然ながら損益分岐点を把握し、収益管理の徹底が必要だ。固定費・目標利益・変動費用を把握し、それを達成する為にはいくらの客単価と客数が必要で、客数の来店頻度から何人の固定客が必要かといった顧客管理も重要だ。
しかし、料理は得意でもこういった管理が苦手なオーナーシェフなどがこのマネジメントができずよく失敗する。そのためにも初期コストを低減させ、運転資金に回すことは大切なのだ。低コストな開業を実現するため、出来上がっている店を買収する方が、コストもリスクも低い場合が多い。
飲食店のM&A市場が活発化している
先述の通り、一から店をつくる時間やコストを考えたら、M&Aの方が早く開業できる。一般的に新規開業する際、いくら精度の高い売上予測をしても、店は開けてみないとわからないものだ。業態と地域ニーズの不合致性は話にならないが、よく起きるミスでもある。
その点、既に実績がある店を購入できたら楽だ。
以前は、賃借物件で飲食店を経営する店主は、経営不振で店を閉めたいが、賃借契約の条件の中に原状回復返還義務があり、スケルトンにする費用がないために、赤字なのに閉められなかった例が多い。
今は多くの売り物件や購入希望者を紹介する飲食店専用のM&Aサイトが多数ある。昔と違い、ネックだった高額の手数料も安くなっており、M&A市場はますます進化している。
もちろん、売り手から中古品を買い受けるのだからそれ相当のリスクはある。でも、こういった市場や仕組みがあることで容易に撤退と参入できることになり、飲食店市場は活性化される。
開業したい人でやる気はあるがお金がない人にはチャンスである。そういう人達のマッチングの機会にもなっているのは社会経済資源の有効活用策としてもいいことだ。
店を買収する際には注意点も
店を賃借で経営している場合、売り手はスケルトン返しの場合が多く、撤収費用(解体工事)が必要のため、それが省けるのなら、無償で譲渡してもいいというケースは少なくない。
筆者も、業績悪化と体調不良で店を撤退したいが、スケルトン費用がないため困っていた店をほぼ無償で引き継いだ経験がある。
5年で店を利益が出る店に磨き上げ、顧客基盤も盤石化させ、大手外食企業に売却した。店を買収する際、造作物そのものが譲渡対象の中心となる。
しかし、売り手の中には、高額の譲渡金額を提示する人もいるので要注意だ。比較的、新しい造作物や厨房機器などは「高額で買い取って欲しい」と当然のように言ってくるケースが多い。
そこで売り手と買い手が協議し、内装、厨房設備、什器備品などの売買交渉をして妥協点を見い出し「造作物譲渡契約」にて締結する。その際、売り手と買い手の交渉力にもなるが、買い手の買いたいという意欲が強ければ、価額が上がるのは当然。
だが、売手は造作物だけでなく営業権もその中に組み入れ強気で交渉してくるものだ。例えば「譲渡しますが、せめて3年分の営業利益も譲渡金額に含めて下さい」と年買法で価値算定し、営業権の対価を加えるのである。
これが、3年~5年に間のどこに決まるかは、買い手の価値判断である。その店の将来価値があると認めれば、高く評価し、高い価額になるだろう。
M&Aのメリットとデメリット
売り手は今まで雇用してきた従業員の雇用も継続してもらえる、引き渡し直前まで営業ができる、というメリットもある。
中小事業者が一番気にかけるのは、共に働いてくれた従業員とその家族のことを気にするものだ。売却できたから自分だけがラッキーという問題ではない。
賃借物件の場合、次に入る賃借人まで自ら紹介するのだから差し入れ保証金も、そのまま返してもらえるケースもある。賃借物件の貸主としても、空室期間がなく賃料収入が途切れないことが最大のメリットだ。
ただ、M&Aで入手した物件は中古が多いから、買い手も品質保証にも限度があることを理解することが必要だ。筆者が経験したケースでは、譲渡され半年後に冷蔵庫とエアコンが故障し修理不能だったケースもあった。
それからは、基本合意契約後の資産調査を実施しする際、厨房機器メーカーにチェックしてもらうようにしている。基本合意契約は法的拘束力がないから、調査などで問題があればやめといた方がいいケースも多い。
飲食店の開業希望者はM&Aも視野に入れるべし
経済社会の成熟化に伴い、消費者のニーズは多様化・個性化・高度化・複雑化している。また、飲食店に対して消費者は、品質に対する厳しい目を持ち飽きやすく惚れやすいといった移り気の早い特性があり、業態の陳腐化サイクルが早い。
飲食店を開業したい方は、資金的に余裕があれば別だが、初期コストとランニングコストの抑制を考えるため、店舗買収ということも考えてはいかがだろうか。
筆者は、現在、飲食店を買いたいという、ある外国人社長のアドバイザーをしている。日本で飲食店をやりたいという外国人社長が増える中、手っ取り早く買収したいとM&A案件を探索しており、高条件の物件は奪い合いの様相を呈している。
日本の開業希望者も負けておられないのではなかろうか。
【中村清志】
飲食店支援専門の中小企業診断士・行政書士。自らも調理師免許を有し、過去には飲食店を経営。現在は中村コンサルタント事務所代表として後継者問題など、事業承継対策にも力を入れている。X(旧ツイッター):@kaisyasindan
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