男性は外へ出て仕事に没頭し、女性は家事をして家庭を守る。昔はそんな構図が一般的でしたが、最近では夫婦のカタチも変わりつつあります。
もはや、男女の区別や差もなくなりつつあるのではないでしょうか。今回取材した男性は、忙しい仕事を理由に家庭を顧みなかったことでおおいに後悔したそうです。
典型的な仕事人間だった
「会社に入った頃は、ちょうどバブルの絶頂期でクルマも飛ぶように売れましたね。もともとお酒も好きだったので接待なども苦にならず、帰りはいつも午前様でした。その後、昇進も果たし定年まで本当にあっという間でした」
そう語るのは、カーディーラーで営業一筋の
中村さん(仮名・60歳)
。真面目だけが取りえで、休日返上で働き、32歳でマイホームも購入しサラリーマン一筋で人生を駆け抜けてきました。家族は、妻の
美咲さん(仮名・55歳)
と愛犬1匹です。
「美咲はもともと翻訳の仕事をしていたので、結婚後も自宅で続けていました。でも、よく考えると同じ屋根の下に住んでいるというだけで、美咲とゆっくり時間を過ごしたことはなかったように思います。だから、定年後はそういう時間を作りたいと思っていました」
定年の日に起きた信じられない出来事
定年を迎えたその日。同僚たちが盛大な”お疲れ様会”を開いてくれました。後輩社員はもとより、今まで中村さんからクルマを購入した客も集まるなど、思い出深い日になったようです。
ただ、その日の帰宅後に信じられないことが起きました。
「飲んで帰った時は、たいてい美咲は先に寝ていてリビングの明かりは消えているのですが、その日は明々とついていたんです。まだ起きているのかと思いながらリビングに入ると、テーブルの上に白い封筒が置いてありました。少し酔っていましたが、なんとなくただ事ではない嫌な予感がしたことを覚えています」
嫌な予感は的中することになります。中に入っていたのは、離婚届と一枚の便箋でした。さっきまでのほろ酔い気分が一気に覚め、その便箋に目をやりました。そこにはーー。
「定年ご苦労さま。めでたい時にすみませんが、最近体調が思わしくなく病院へ行くと、膵臓癌のステージ4と診断されました。もう長くはないそうです。だから、離婚して、あなたは第二の人生を歩んでください。私にはもう希望も未来もありませんので」
タクシーに乗り真夜中の東名で妻の元へ
美咲さんからの手紙を読んだ中村さんは、しばらく床に平伏し嗚咽したといいます。その後、美咲さんの所在を探しました。
「今更遅いのですが、仕事にかこつけて家庭を顧みなかった自分が情けなくてしょうがありませんでした。美咲のことを気にかけていれば、体調の悪化も見抜けたでしょうし、一緒に病院にも行けたと思います」
中村さんは、とにかく美咲さんに会いたい一心で居場所を突き止めようといろいろ考えました。実は以前も一度だけ派手な夫婦げんかをした時に、何も告げずに実家のある静岡県の沼津に帰っていたので、中村さんは今回もそうだろうと確信。酒が入っていたのですぐにタクシーを呼び、真夜中の東名で沼津に向かいました。
退職金のすべてを妻の治療に充てると決意
明け方に美咲さんの実家に到着した中村さんは、妻の実家のチャイムを鳴らしました。
「中から美咲の姉が出てきました。姉は事情を知っているのか、私の顔を見ても驚く気配は見せず、美咲が入院している病院を書いたメモを渡してくれました。明け方に行っても迷惑なので仮眠をとらせてもらい、9時ごろに家を出ました」
中村さんは、美咲さんの実家から30分ほどの大学病院まで急ぎました。あっという間に病院に到着した中村さんですが、ちょうど主治医の回診などがあり、しばらく待合室で待つことになりました。
「もう、早く会いたくてたまりませんでした。しばらくして、担当の看護師さんが呼びにきてくれ、私は急足で美咲が入院している4人部屋に入りました。ゆっくりとカーテンを開けると、なんだか寂しそうな美咲が横になっていました。私は無言で手を握り、声を殺して涙を流しました」
美咲さんの治療は始まったばかりで、まだこの先の状況はわかりませんが、中村さんは、退職金の全てを積極的な治療にあてたいことを美咲さんに伝えたといいます。
「何かが解決したわけではありませんが、美咲の病気に対して、一緒に立ち向かってよいかと尋ねると、静かにうなずいてくれました。私はうれしくてしょうがありませんでした。この先、美咲の余命がどの程度なのかは分かりませんが、今までの人生で一番濃い時間をともに過ごしたいと思います」
<TEXT/ベルクちゃん>
【ベルクちゃん】
愛犬ベルクちゃんと暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営
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