小島秀夫「“オキシトシン”よりも大切なものをいただきました」 マッサージ店での出会い

小島秀夫「“オキシトシン”よりも大切なものをいただきました」 マッサージ店での出会い

10月12日(土) 20:00

提供:
小島秀夫の右脳が大好きなこと=を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き」。第18回目のテーマは「オキシトシンな出逢い」です。
群生動物である“ヒト”にとって、インターネットがどれだけ普及しようとも、個と個が触れ合うことで生まれる“オキシトシン”は大切な存在だ。“オキシトシン”とは、握手、ハグ、キス、触れ合いなど、人の肌が接触することで分泌される“幸せホルモン”のひとつ。これらは“メタバース”では決して得られない“治癒効果”を与えてくれる。ゲーム『DEATH STRANDING』では、配達人サムが、この“オキシトシン”を孤立した人々に届けるエピソードがある。寓話のような“オキシトシン”の重要さは、その後に起こったコロナ禍で、広く世間に知られることとなる。

30代を超える頃、マッサージを受けるのが癖になった。見ず知らずの人に、個室で身体を触られるのに抵抗がないわけではない。ただ過酷なゲーム制作でのストレスを解消するひとつの拠り所にもなっていた。マッサージは日常に組み込まれていたのだが、あのコロナが世界を一変させた。マッサージも、ジムもコロナで辞めてしまった。しかし、しばらくして、マッサージへ通い始めることを決意した。それは、普通の生活に戻るための第一歩としての布石だった。マッサージからでも以前の生活を取り戻そう、そう思って、コジプロのある品川のとある店に飛び込んだ。当時は、まだコロナ禍の真っ只中。リラックスというよりは、緊張感の中でのマッサージだった。それから、1年以上、指名はせず、同じ店に通い続けた。

ある日、小柄なコケティッシュな感じの施術師にあたった。マスクをしていて、顔はわからない。僕もマスクをしたまま施術を受ける。彼女は自ら名乗ることもなく、僕も誰何しなかった。僕は、施術中には世間話はしない。仕事や悩みから解放されたいからだ。

気がつくと、久しぶりに眠ってしまっていた。僕は、彼女の丁寧な施術と魅力的な声、やわらかで明るい雰囲気に惹かれた。彼女をまた指名したくなった。でも、名前も顔も知らない。帰宅後、レシートを見ると、そこには担当者の名前があった。

しかも、本名かどうかはわからないが、キュートな名前だった。仮に“Mo”さんと呼ぶ。徐々にコロナが緩和され、僕の方は、途中からマスクを取っての施術を許された。しかし、施術側の彼女はマスクをつけたまま。彼女とは、約2年もの間、ほとんど話はしなかった。挨拶と天気の話があるくらい。会話はないものの、全くの知らない人とは違う、気持ちのいい距離感。職業や仕事、個人的なことは何も交わさないサイレントな信頼関係。コナミ時代に通っていた六本木の店とかでは、「お客さん、何してる人?」と毎回、執拗に聞いてくるのが常だったのに。

国内にいる時は、週一くらいで訪れるのが習慣になった。ところが、コロナが収束し始めると、お店が混みだした。“Mo”さんは、お店でも人気らしく、予約できないことが増えていった。僕のスケジュールは流動的で、事前に予約ができないことが多い。予約が取れない時は、別の人の施術を受けた。今年の春くらいだったろうか。予約が取れず、指名なしで、空いている人の施術を受けた。そこで“Mo”さんとはまた違う、別の意味でのうまい施術者に出逢った。もともと指圧や台湾式足ツボが好きな僕には相性がいい“力のある”施術だった。その人を“Mi”さんと呼ぼう。“Mo”さんにも逢いたいものの、僕は“Mi”さんを優先した。たまに壁の向こうで“Mo”さんの声を何度か聴いたこともあった。罪悪感のようなものを感じながらも、僕は“Mi”さんを指名し続けた。

猛暑が続く7月のある日。施術後、着替えて帰ろうとすると、“Mi”さんから、呼び止められた。「“Mo”さんが、小島さんに直接挨拶をしたがっている」と。入口に向かうと、そこにマスクをした“Mo”さんが立っていた。この店を辞めるので、お別れの挨拶が言いたかった、と“Mo”さんは伝えてくれた。僕には、マスクの下の“Mo”さんの表情が初めて見えた気がした。あの時、僕は面食らってしまい、うまくお礼を伝えることができなかった。そのことで、今も後悔している。

“Mo”さんへ。ほとんど話もできませんでしたが、あのコロナ禍を乗り切れたのは、あなたのおかげです。ありがとうございました。何処かで出逢ったとしても、顔を知らないので、挨拶はできませんが、あなたのこれからの幸せをずっと祈っています。僕は“オキシトシン”よりも大切なものをいただきました。

今月のCulture Favorite

ホロライブ所属の人気VTuber・兎田ぺこらさんがコジプロを訪問。

ストップモーション・アニメーション映画『オオカミの家』のホアキン・コシーニャ監督とのツーショット。

小島監督の誕生日祝いに訪れた星野源さんと。

こじま・ひでお1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。’87年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。
「The Game Awards 2023」にて発表した、最新作『OD』の公式ティザートレーラーが、KOJIMA PRODUCTIONSの公式YouTubeチャンネルで公開中。

先日行われた、東京ゲームショウ2024でのイベント映像のアーカイブが公開中です。

先日、完全新作オリジナルIP『PHYSINT(Working Title)』の制作を発表。

次回は、2420号(2024年10月30日発売)です。

※『anan』2024年10月9日号より。写真・内田紘倫(The VOICE)

(by anan編集部)

【関連記事】
小島秀夫「おばちゃんが指先だけで親の仇の様に攻めてくる!」 本場の「韓国式エステ」を体験
小島秀夫「SNSは“推し”と“推し”が繋がることができる最強のツール」 自らの体験を明かす
小島秀夫「“編集”とは僕にとってのタイムマシンであり、人生を物語ることでもある」
ananWEB

生活 新着ニュース

合わせて読みたい記事

編集部のおすすめ記事

エンタメ アクセスランキング

急上昇ランキング

注目トピックス

Ameba News

注目の芸能人ブログ