2020年の『佐々木、イン、マイマイン』が若者から圧倒的な支持を得て、その年の新人賞を総ナメにした内山拓也監督の商業長編デビュー作『若き見知らぬ者たち』(公開中)。日本、フランス、韓国、香港の共同製作となる本作は、内山監督が自らのオリジナルシナリオを、主演に『月』(23)や『正欲』(23)などの磯村勇斗を迎えて映画化した、胸に突き刺さるヒューマン・ムービーだ。
【写真を見る】同い年でもある内山拓也監督と磯村勇斗。『若き見知らぬ者たち』に込めた想いとは?
磯村が演じた彩人は、難病の母親(霧島れいか)の介護をしながら、亡くなった父親(豊原功輔)の借金を返済するために昼は工事現場、夜は両親の開いたカラオケバーで働くヤングケアラー。同居している弟の壮平(福山翔大)も借金返済と介護を担いながら、父の背中を追って始めた総合格闘技の選手として日々の練習に明け暮れていた。息の詰まるような生活を送る彩人にとって、唯一の望みは恋人の日向(岸井ゆきの)とのささやかな幸せ。だが、親友の大和(染谷将太)の結婚を祝う夜に、思いもよらぬ暴力で彩人のささやかな日常はもろくも奪われてしまい…。
内山監督が実際の事件にインスパイアされて紡ぎ出した本作のヒリヒリする物語は、絵空事ではない、この世界と地続きのもの。彩人と同じような生き方を強いられている若者も世界中にいっぱいいるに違いない。そんなリアリティを感じさせる映画を産み落とした内山監督と、監督が彩人を託した磯村を直撃。2人はなにを願い、この作品になにを込めたのか?その想いと撮影の裏側を聞いた。
■「“こんなにも報われないことがあるんだ”と思って、腹が立ちました」(磯村)
――磯村さんは、本作の主人公・彩人役でオファーがあった時はまずどう思われました?
磯村「同い年の内山監督と一緒に映画を作っていくところに、最初はおもしろさを感じました。それと、僕は脚本を読んだ時に自分の感情が動くことがすごく大事だと思っているんですけど、内山監督が書かれた今回の脚本を読んだ時に“こんなにも報われないことがあるんだ”と思って、すごく腹も立ったんです。そんな僕が彩人役に挑戦したら、自分自身がどんなふうに変わっていくのか興味があったし、この作品を世に届ける手助けができたらいいなと思ったので、すぐに『やりたいです』って言いました」
――内山監督が磯村さんにオファーをされた決め手はどこだったんでしょう?
内山「自主映画の『ヴァニタス』を上映した直後からこの物語を考え始め、それが落とし込まれていくまでに7年ぐらいの期間があったのですが、磯村さんのその間の活動を見ていて、ほとんど喋ったことはないものの、『この人だったら彩人役を託すことができるんじゃないか?』と直感的に思ったんです。僕は作品をつくる時にきちんと想像することを大切にしているのですが、映画の余白を生み出せる想像力を持った磯村さんとなら、一緒に心中できると思ったのも大きかったですね。彩人は映画の中から姿を消すことになるけれど、その後も物語の中心にずっと居続けなければいけない。磯村さんなら、そんな彼を演じられると思ったんです」
――彩人を演じる磯村さんは、監督の目にはどんなふうに映りました?
内山「逞しかったですね。撮影中は彩人として、座組の真ん中にずっと居続けてくれましたから。その姿は『若き見知らぬ者たち』の核のようなものをスタッフ、キャストに伝播させていて、“常にわたしたちは見知らぬ者たち”であるということを全員が表現してくれているような現場になったので、とてもすばらしい時間でした」
■「僕は『前を向こうね』みたいなメッセージを作品に込めたくはありません」(内山)
――内山監督が長い年月をかけて着地させた今回の物語は、そもそもどんなところから湧き上がったのでしょう?
内山「作品というものは誰しもが作為的ではあるんです。考えた想いがキャラクターになり、物語になり、それを文字に落とし込んで企画書や脚本にして撮影していくわけですから。でも、ある種そこから解き放たれなければいけないという思いがありますし、自分にとってそのモチーフは切実でなければいけませんが、嘆くことや怒りみたいな、わかりやすいものを置くつもりは全然ありませんでした。それらを多角的にどう感じてもらえるのか?というところの豊かさが映画にはあると信じていますし、それは人生とも同じだと思います。僕たちも生きていくなかで、想定していなかったいろいろな感情に苛まれる瞬間はあると思うけれど、その一面の感情だけでは歩めないこともわかっている。だからと言って、僕は『前を向こうね』みたいなメッセージを作品に込めたくはありません。テーマが物語を追い越している作品が僕自身少し苦手ということもあるのですが、映画の中で“社会”を側から要素として紡いでいくのではなく、キャラクターが自ら動き出し“社会”と結びついていく、キャラクターを通して映画が物語る、そういったものが観たいと思っています」
――磯村さんは、複雑な感情を抱えた彩人をどのように作り上げていったんですか?
磯村「脚本を読んだ時に最初に“不自由さ”を感じ、衣食住が満たされていない環境作りが必要だと思ったので、そこから芝居のアプローチに入っていきました。次に難病を抱えた母親の介護をしながら、父親が残した借金返済などに明け暮れる彩人の心と身体のストレスを意識するようにしたんですけど、そこにばかり引きずられて型にハマった表現になってしまってはいけないので、あとは実際に現場で感じるようにして。それこそ母親役の霧島れいかさんは、お芝居や存在感が現場で最初にお会いした時からすごかったので、僕はただそれを受けるだけでよかったんです」
――彩人はどこにも逃げ場がないし、希望を感じる余裕すらない生活を送っていますが、それでも諦めていないですね。
磯村「諦められなかったんでしょうね。諦めていたら、とっくに自死していますよ。でも、僕は『やっぱり死ねない』という明確な感情を自分のなかに作っていました。内山監督が介護をされている方を取材した時に僕も同行させてもらったんですけど、その時に『自分が死にたくなった時もある』というお話はうかがっていたんです。でも、『じゃあ、なぜ死ななかったのか?』と尋ねたら、『この人がいたから。この人の存在があったから』という明確な答えが返ってきたんですよね。その言葉を聞いた時に、彩人にもそういう存在が絶対いたに違いないと思って。その光をどこに当てるのかは自分で考えたんですけど、彼はだから諦められなかったんだろうなって僕は思っていました」
■「磯村さんの身体表現のすべてが、これ以外はあり得ないと思うくらいすばらしかったです」(内山)
――内山監督は先ほど「磯村さんの想像力に託そうと思った」と言われましたが、磯村さんの想像力によってより豊かになったと思われるシーンやカットはありますか?
内山「そう言われてパッと浮かぶのは、カラオケバーの店先で彩人が弟の壮平と会話をするシーンです。家族や兄弟の物語でもあるのに、2人がこの作品でちゃんと対峙するのはあそこくらい。それだけに重要なシーンだったんです。しかも彩人がそこで残す言葉は、家族で連綿と続いている繋がりが感じられるような、父親が息子たちに言い続けていた『この世のあらゆる暴力から自分の範囲を守るんだよ』というもの。あらゆる意志や感情を感じる強いものでもあるので、脚本を書いている時から、撮影現場でも編集作業でもカットする可能性も視野に入れていたものでした。でも、あのシーンでそのセリフを口にした磯村さんの声色や目線、感情の置き方など身体表現のすべてが、これ以外はあり得ないと思うくらいすばらしいものでした。あれは、誰にでもできる表現ではないですよ。前作の『佐々木、イン、マイマイン』もそうですけど、ありがたいことに、日常的に『内山監督の作品はリアリティがありますね』って言っていただくことが多いんです。でも、登場人物が声に出すのは、言ってしまえばすべてセリフですよね。現場を見ながら考えたものや口伝えしたものもありますが、それはアドリブみたいなものとは違って。彩人の言葉を単なるセリフにしなかったのは、磯村さんがいまおっしゃった、彩人への真摯なアプローチがあったからだと思います」
――内山監督は『ヴァニタス』を上映した時に、観客に届いたと同時に届かない感情があることも知ったそうですが、主人公の途中での交代劇という設定のほかにも、演出や撮影で観客に届けるための工夫をしたところはありますか?
内山「いちばん違うのは、俳優と芝居で対峙する形で準備をするのをやめたことですね。『佐々木、イン、マイマイン』では、撮影の半年以上前からリハーサルやホン(脚本)読みを重ねて、自分の視界から見える奥の奥を見ようとしたのですが、自分の視界には視野外や背後があることを知りました。同時に、俳優の感性や感情を消耗させたくないという想いもあったので、今回は事前にリハーサルやホン読みといった形式的なものは一切やらなくて。現場でもテストはせず、最低限の共通認識だけでいきなり本番に入ることもありました。演出面ではそこが明確に違っていたかもしれません」
磯村「でも、その撮り方が非常に刺激的でおもしろかったんですよ。現場に入った時の役者陣の心情を大事にしながら、メンタル面でも寄り添ってくださっていたので、そういったトライは僕らもウェルカムでした」
内山「現場では『彩人が見ているものを想像できる表現はなんなのか?』『そのためのカメラのポジションはどこなのか?』といったことを考えながら、磯村さんにも『目に見えるものを大切にして』『いま見えるものを目に焼きつけて。視覚から心に結びつく感情がきっとあるはずだから』と話しましたし、本当に1回1回の、いましかない、磯村さんの表情に宿る彩人の精神を撮ることに集中していたような気がします」
■「ここまで細かいところまで準備して、調べて現場を動かしている監督に初めて出会いました」(磯村)
――劇中では現在と過去をワンカットのように繋ぐシークエンスが何度か出てきて、すばらしい効果を上げていましたが、あの見せ方も最初からねらっていたんですか?
内山「登場人物の動線を大切にしていて、脚本もそこを意識しながら書いています。自分のなかには明確な動線があるので、ロケハンでもそこから外れる場所は徹底的に排除しますし、イメージに合った場所を探し続けます。ただ、それは『現在と過去をワンカットで見せる』という手法優先で取り入れたものではないんです。本作では彩人や彼に付随する人たちの記憶みたいなものが作品の中心にあるので、記憶の曖昧さや、たゆたうわからなさや掴めなさみたいなものを映像で表現するにはどうしたらいいのか?といったことをロケーションを見ながら判断して、突き詰めていきました。その結果、あのシームレスの表現に行き着きました」
――磯村さんは、今回は初めてご一緒された内山監督の作家性や魅力をどのように感じられました?
磯村「内山監督は嘘がないですね。すべての言葉、シーンの組み立て方や伝えたい物語が構成も含めて丁寧に考えられていて無理がない。ここまで細かいところまで準備して、調べて現場を動かしている監督はちょっといないんじゃないか?って思ったし、少なくとも僕は初めて出会いました。現場でなにか気になることがあって聞いても、僕たちが望む以上の言葉で教えてくれるから、信頼も置ける。そこに揺るぎない作家性を感じるから、今回の『若き見知らぬ者たち』のような鮮烈な映画を作ることができるんだなと思ったし、内山監督に役者やスタッフが着いていきたくなる気持ちもわかりましたね」
――前作に続いて、本作でも作品全体に現代の社会を支配している閉塞感を強く感じました。実際の社会でも彩人と同じように苦悩したり、喘いだりしている人たちはいっぱいいると思いますが、お2人は閉塞感を感じることはありますか?
磯村「自分は動き方や生き方がオープンで、閉塞感をぶち破りながら生きている人ですけど、ニュースなどを見ても、息がしづらそうな人たちが多い社会になってしまったなという印象を受けます。このままじゃいけない。なにかを変えなきゃマズい!とも思っています。でも、なにをどうしたらいいのかわからないというのが僕のいまの現状ですね」
内山「いまの閉塞感はこの世界が時間をかけて形成してしまったものだと思います。社会は疲弊し、経済格差や寄る辺なき心の貧困を打破するための政策や施策を掲げることが精一杯になっていて、そこで終わってしまっている。その先が見えない。その機能不全が新たな貧困を生んでいるようにも思います。映画では、現代の社会がどのように存在し、動いているかという視点を確保しようとしました。それは、嘘の現実をフィクションで描くのではなく、別の現実を映画で立ち上げなければいけないと思いました」
取材・文/イソガイマサト
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