『有害な男性のふるまい: 進化で読み解くハラスメントの起源』(草思社)著者:デヴィッド・M・バス
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その他の書店昨今、毎日のように著名人のセクハラが報じられたり、身近においてもマッチングアプリのプロフィール詐欺や家庭内の不和の当事者になったりと、男女のあいだにおける対立は避けられないものであるかのようにすら感じられます。なぜ、私たちはこれほどまでに性的な対立を経験しなければならないのでしょうか。じつは、その謎は人間の進化を通して考えると分かるというのです。その画期的な見かたを教えてくれるのが本書『有害な男性のふるまい』。なぜ進化が有効なカギであるのかを説明した、序文を抜粋してお送りします。
◆進化が性心理の違いをつくった
本書の目的は、性的対立の隠れたルーツを明らかにすることだ。性的対立は、職場でのセクシャル・ハラスメントや、インターネット上の出会いにおけるウソなどのかたちをとって表れる。あるいは、恋人に対する暴力や、破局後のストーカー行為として表出する場合もある。そして、他人や知人、あるいは相手を愛していると言い張る人たちによる性的暴行というかたちをとることもある。このようにさまざまな表れ方をする性的対立の根底には、あるダイナミクス(相互作用)が存在し、男女それぞれにとっての最適な配偶戦略が繰り返し食い違う(男性にとっては都合がいい状況が、女性の視点からは都合が悪いときなど)場合に、そのダイナミクスが表出することがわかっている。男女の配偶戦略の違いは、共進化的な軍拡競争も引き起こす。性的対立の大部分は、進化の結果形成された根本的な性心理の男女差に由来しており、そのような対立の原因を解明することが、解決策の発見につながるはずだ。私の希望は、この探求から得られる知見が、性的対立に苦しんできた人びとや、被害者を思いやるすべての人びとの助けとなること、ひいては、この世界から性的対立が減り、人びとの傷が癒やされていくことである。
「男対女の戦い」について考えるとき、私たちは男性グループ対女性グループという枠組みで性的対立を考えがちだ。だが、このような枠組みは誤解につながりやすい。その理由は、進化の視点から見ると明らかだ。性的対立は、インターネットでの出会いにおけるウソから職場でのセクハラ、そして見知らぬ他人やデート相手、パートナーによる性的強要にいたるまで、主に“個々”の男性と“個々”の女性の干渉において起きるものだからだ。
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妊娠のコストと性心理
この本では、性差と、男性同士、女性同士の個体差に焦点を当てている。そのため、 「性差」や「個体差」といった用語について明確にしておく必要があるだろう。生物学においては、性別は配偶子の大きさによって定義される。小さい配偶子(精子)を持つのが男性で、大きい配偶子(卵子)を持つのが女性だ。そしてこの定義は、 「ジェンダー」という用語が持つ多種多様な意味合いとは異なっている。ジェンダーという語は、男性や女性に関するさまざまな文化的な意味、社会的構成概念、心理的アイデンティティなどの意味も含むためだ。だが、あくまで繁殖メカニズムにおける人間の男女間の違いとして重要なのは、受精が女性の体内で起こり、男性の体内では起こらない、という点だ。妊娠に関する代謝的なコストを負うのは女性であり、男性ではない。授乳が可能な乳房を持つのも、女性だ。そして男性は単に性行為を行うだけで子どもを作ることができ、それ以上の投資は必要とされない一方で、女性は子どもを産むために、多大な犠牲を伴う妊娠期間を9カ月間も必要とするのである。
繁殖メカニズムにおける男女間のこのような違いが選択圧となり、性心理の性差が生まれた。その度合いは、身長、体重、上半身の筋肉量、体脂肪分布、テストステロン値、エストロゲンの産生をはじめとするほかの性差に匹敵するものだ。このような心理的な性差は、性的衝動や、性的バラエティーへの欲求(訳注:多くの異なる相手とのセックスを求める欲求)といった配偶に関するさまざまな動機にも表れるし、性的対象に感じる魅力や情熱、興奮、嫌悪、嫉妬、愛といった感情にも表れる。また、性的妄想をいだいたり、相手が自分に性的な興味を持っているかどうかを判断しようとしたりする際の思考プロセスにも表れる。つまり、人間の性的な戦略には、進化によって形成された性差が存在し、その性差こそが男女間の対立の主要な原因の1つとなっているのである。
とはいえ当然、男性にも女性にも大きな個体差が存在する。後腐れなしのカジュアル・セックスを強く求める男性や女性がいる一方で、1人の人と添い遂げるモノガミー(単婚)の関係を望む人もいる。恋愛ゲームで相手を欺く人もいれば、正直な関係を望む人もいる。決まった相手としかセックスをしない人もいれば、機会さえあればいつでも浮気をする人もいる。同僚に対して性的な嫌がらせをする人もいれば、そのような行為に憤慨する人もいる。このような大きな個体差は、男性にも女性にも存在するため、本書において性差について述べる際には、「平均的に」という修飾語が常に必要になる。読者にはこの点をご理解いただき、論理的には正確だが冗長なこの修飾語を繰り返し挿入する必要がないように、本書全体を通して「平均的に」という修飾語を適宜推測して補っていただければ幸いである。
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進化から見ることで予防策を練る
進化の視点を持つことで、性的暴行が多く発生しやすい、あるいは発生しにくい社会的状況とはどのようなものか、特定しやすくなる。また、ナルシシズム、サイコパシー、マキャベリズムの三つからなる「ダーク・トライアド」の特性を持つ男性など、有害な性心理が強く活性化している男性の特定のタイプを見分けるうえでも役に立つ。性的対立に影響を与える社会的状況としては、性を取り締まる法律とその施行、許容される性的行為と許容されない性的行為に関する文化的規範、多重婚を禁じる婚姻制度、個人の「ボディーガード」としての役目を果たすことができる親族や友人との連携、集団内の各個人が採用するさまざまな配偶戦略、被害者になりうる人たちが利用できる護身のための戦略、パートナーの候補者プール内における男女の比率など、多くの状況が考えられる。本書の目的の1つは、被害を防止し、男女間の衝突をできるだけ低減していくために、性的対立を軽減または増幅するような社会的・個人的状況とはどのようなものかを紐解いていくことだ。そのための方法はほかにも存在するが、進化的視点を持つことで、重要かつ新しいツールを得ることができると私は信じている。
[書き手]デヴィッド・M・バス
心理学者。進化心理学の第一人者で、配偶者選択に関連したヒトの性差の進化心理学的研究でよく知られている。著作に、『女と男のだましあい:ヒトの性行動の進化』(草思社)、『「殺してやる」:止められない本能』(柏書房)、『一度なら許してしまう女一度でも許せない男:嫉妬と性行動の進化論』(PHP研究所)などがある。
【書誌情報】
有害な男性のふるまい: 進化で読み解くハラスメントの起源著者:デヴィッド・M・バス
翻訳:加藤 智子
出版社:草思社
装丁:単行本(448ページ)
発売日:2024-07-30
ISBN-10:4794227205
ISBN-13:978-4794227201