アレックス・ガーランド監督と高橋ヨシキ氏
全国公開中の映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、内戦が勃発した近未来のアメリカを描き、全米2週連続ナンバーワン大ヒットとなった超話題作! 来日した同作のアレックス・ガーランド監督に本誌『週刊プレイボーイ』の映画コラムでおなじみ、高橋ヨシキ氏が直撃インタビュー! 【高橋ヨシキのニュー・シネマ・インフェルノ特別編】
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■アメリカに潜む「内戦」への恐怖
高橋ヨシキ(以下、ヨシキ)
『シビル・ウォー アメリカ最後の日(以下、シビル・ウォー)』が非常に興味深いのは、「アメリカ本土が戦場になること」へのアメリカ人固有の恐怖を見事に反映しているところだと思います。
最初の「シビル・ウォー」、すなわち南北戦争以来、アメリカ本土が戦場になったことはありません。彼らはメディアを通じて海外でのアメリカの軍事行動を毎日のように目にしつつ、そのような事態が自国に持ち込まれることを極端に恐れているわけです。
アレックス・ガーランド監督(以下、アレックス)
うん、本質的にそういうことは言える。ただぼくは、アメリカ人の問題は本土が戦場となった経験の有無よりも、彼らの「例外主義」にあると考えている。
自分たち以外の世界中に彼らが押しつけているルールは、アメリカには適用されないと考えているんだ。それゆえアメリカには他国のような紛争が起きないと思っているわけだが、これは幻想に過ぎない。アメリカは決して衰亡せず、世界最強の「帝国」であり続けるに違いないという幻想だ。
そういう考えがある一方、アメリカはまさに衰亡しつつあり、崩壊しつつあると考える人も多くいる。まったく相反する考えによってアメリカは二分化しており、だからこそ「MAGA(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン)」というスローガンがあれほどのインパクトを持ちえたわけだ。
このような矛盾を抱えているのはアメリカだけではない。イギリスもそうだし、中近東にも、アジアにも、南アメリカにもそれはある。そのような概念の不一致から来る緊張がポピュリズムや過激主義を生み、それが人々を惹(ひ)きつけるようになる。
■保守とリベラルの共闘はなぜ起きた?
ヨシキ
劇中の大統領は憲法をないがしろにし、ファシスト的な政権運営を行なっていることが示唆されます。この政権に対し、テキサス州とカリフォルニア州が「西部勢力(ウエスタンフォース)」として共闘している。
テキサス州はかつて独立した共和国で、「ローン・スター・ステート」とも呼ばれる、非常に自立性を重んじる州です。一方のカリフォルニアは非常にリベラルな州。この設定は観客を二分化させたくないという考えからでしょうか。
アレックス
それもある。そもそも右派と左派はどちらも対話に失敗しているところがある。例えば自分を左派だと規定した瞬間に、その人は右派を疎外するようになる。逆もまたしかりだ。(観客が)そうならないようにしたいという気持ちは当然あった。
でも、テキサス州とカリフォルニア州が組むという設定が興味深いと思ったのは、「ファシストに対抗するためなら共和党と民主党が合意できるんじゃないか」と思ったからだ。合衆国憲法を解体し、法による支配をないがしろにし、自国民を攻撃する......そのようなファシストの存在は右派・左派の政治思想の不一致よりもずっと深刻で、共闘して立ち向かう必要がある。
問題はこの設定をなぜ人々が受け入れ難く感じるのかだ。右派と左派のいさかいのほうがファシズムへの抵抗よりも重要だと言っているのに等しい。そんな考えはファシズムがどのようなものか多少でも知っていたら、バカバカしいだけでなく、クレイジーで危険だとわかるはずだ。
法の支配よりも自分の政治信条を優先するような政治家は完全におかしい、ということを観客には考えてもらいたかったんだけど、そこに至る手がかりは極力少なくした。そうすることで「いったいなんでテキサス州とカリフォルニア州が手を組んでるんだ?」という疑問を観客に抱かせることができる。
でも、これは日本のメディアのインタビューだから話せることであって、アメリカでこんなことを言ったらすぐに打ち切られてしまう。イギリス人のぼくがこのような映画を作ること自体が議論を呼ぶということもあって、アメリカで『シビル・ウォー』について語るのはマジで難しいんだよ。
■人種差別に基づく戦慄の処刑シーン
ヨシキ
この映画を見た人はみんな、"あの場面"にぞっとすると思いますが......。
アレックス
ジェシーの場面だね(場面写真①)。
【場面写真①】人種差別主義者の兵士主人公4人が遭遇する、ジェシー・プレモンスが演じる兵士。この後、高橋ヨシキ氏も「とてつもない恐怖」を感じた、戦慄の処刑シーンが幕を開ける
ヨシキ
そうです。人種差別と外国人嫌悪が最悪の形で表出する恐ろしい場面でした。アメリカは移民の国で、というか(先住民以外の)アメリカ人は全員移民です。その中で、ジェシー・プレモンスの演じたキャラクターは肌の色に基づいて他人を裁く。
ぼくはアジア人として、あの場面にとてつもない恐怖を感じたし、シーン自体も非常にリアルなものに感じました。
アレックス
(公開後に)興味深いことに気づいたんだが、この場面は一種のテストとして機能するんだ。ジェシーが演じるキャラクターは東アジア系の人たちを処刑するんだけど、それが人種に基づくものだと気づかない人たちもいる。このことには興味をそそられたよ。
映画に対する彼らの反応は、彼ら自身の経験や意見に基づいて引き出されたものだ。これは映画がロールシャッハテスト(*)のような役割を果たしているということで、ぼくはそういう映画を作りたいと思ってやってきた。
(*スイスの精神医学者ヘルマン・ロールシャッハによって考案された心理検査。イン
クの染みで作られた曖昧な模様に対する被験者の反応から、性格や精神状態を分析する)
ヨシキ
この場面の直前、サミー(演:スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン)は......(場面写真②)。
【場面写真②】4人のジャーナリストたちニューヨークからワシントンD.C.までを旅する4人。スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン演じるサミー(左)はメンバー唯一の黒人である
アレックス
うん、彼は何が起きているかわかっているよね。映画作家としてとても面白く感じるのは、同じ場面について、いろんな人が異なる解釈を考えてくれるときだ。人々がそうやってさまざまな解釈をする中においては、ぼくの(監督としての)決断はほとんど無関係だ。
しかし、ぼくの「バージョン」では、サミーは黒人であるがゆえにジェシーたちの集団がレイシストだと理解している。彼らに近づくことは「死」そのものだと気づいているんだ。だから警告する。ところが、サミー以外のキャラクターはその徴候に気づけず、のこのこ近づいていってしまう。アメリカ人にとって最も身近なはずの「人種差別」が不可視化されてしまっていたからだ。
ぼくがこの場面を作った理由はドナルド・トランプ前大統領だ。新型コロナウイルスのパンデミックが起きたとき、トランプは中国を標的として人々の中にある人種差別のスイッチを押し、選挙運動に利用した。トランプはわざと「チャイナ!」と吐き捨てるような発音をするので、ジェシーにも同じように発音してくれるように頼んだよ。
■映画は未来への警告であり、懸念
ヨシキ
意図されたものかどうかわかりませんが、サミーは「この先には死が待ち受けている」と言います。
あなたの映画には、そういった終末・破滅の予感がよく描かれています。脚本で参加した『28日後...』や『サンシャイン2057』、原作を務めた『ザ・ビーチ』や監督・脚本作の『エクス・マキナ』もそうです。個人的なものか世界的なものかを問わず、何か悪いこと、黙示録的な終末がやって来るという感覚がある。
アレックス
そうかもしれないなあ(笑)。実存主義哲学では「人間存在の基本的な状態は不安である」というけど、それはおそらく正しい。
ぼくの場合はそれが「何か悪いことがやって来る感覚」になるんだと思う。ぼくの映画の多くは近未来の世界を描いたもので、来たるべき政治状況やテクノロジーを反映しているが、そこには危険もある。映画はそれに対する警告であり懸念でもあるんだ。
ヨシキ
未来といえば、今回のアメリカ大統領選はどう考えていますか?
アレックス
トランプが負けてほしいね。そのほうがアメリカにとっても世界にとっても良いことだと思う。トランプはレイシストでレイピストで、嘘つきでもある。そんな人間が大統領になるべきではない。もっと言おうか?(笑)
ヨシキ
ありがとうございます(笑)。最後に、本作の特殊効果についてですが、どこまでが実写でどこからがVFXなのかほとんど判別不可能でした。
アレックス
こういう題材の映画だから、特殊効果がマーベル映画みたいではうまくいかない。もっとドキュメンタリー的な感覚を持った作品だからね。特殊効果のスタッフもそれをわかっていて、極限までリアルな映像にするべく頑張ってくれた。
ヨシキ
そのために、特殊な小型カメラ(DJI Ronin 4D-6K)を活用されたそうですね。
アレックス
うん、独自の安定化機構を備えた非常に面白いカメラで、次の映画でも使おうと思っているよ。
ヨシキ
次作も楽しみにしています!
アレックス
ありがとう!
●『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
全国公開中監督・脚本:アレックス・ガーランド
出演:キルステン・ダンスト、ワグネル・モウラ、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニーほか
上映時間:109分
【STORY】
アメリカでは、テキサスとカリフォルニアの同盟からなる「西部勢力」と政府軍の間で内戦が勃発し、各地で激しい武力衝突が繰り広げられていた。ワシントンD.C.の陥落が目前に迫る中、4人のジャーナリストは、14ヵ月一度も取材を受けていない大統領に単独インタビューを行なうため、ニューヨークからホワイトハウスへと向かう。そして、戦場と化したアメリカ合衆国で、内戦の恐怖と狂気にのみ込まれていく――
●アレックス・ガーランド
1970年生まれ、英ロンドン出身。小説家としてキャリアをスタートし、脚本家に転身。ダニー・ボイル監督の『28日後...』(2002年)でデビュー。2015年、監督デビュー作『エクス・マキナ』(14年)で、米アカデミー賞脚本賞のほか、英アカデミー賞優秀英国映画賞、および優秀英国新人賞にノミネートされた。脚本・監督作品に『MEN 同じ顔の男たち』(22年)など。脚本を執筆した作品に『わたしを離さないで』(10年、マーク・ロマネク監督)などがある。次作である長編映画監督5作目『Warfare(原題)』の撮影が進行中
●高橋ヨシキ
デザイナー、映画ライター、サタニスト。長編初監督作品『激怒 RAGEAHOLIC』のBlu-ray&DVDが発売中。
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撮影/村上宗一郎(c)2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.
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