10月7日(月) 11:30
朝井リョウ氏、すごいとこまで来たなあ。
読み始めてすぐに、そう思ってしまったのである。鳴物入りで発売されたこの本に、もちろん大いに期待していた。勝手に上げまくった傲慢な読者ハードルみたいなものを、この小説は超えるとかじゃなくて軽やかに無視。関係ないよとばかりに、手に届かないところまでポーンと飛んで行かれて唖然。読後の私は、そんな状態である。
ここまで目を通してくださり、そこまで言うならよくわからんけど読んでみようかなと思ってくださった方はぜひそのまま書店に向かってほしい。できるだけ先入観のない状態で読んでいただきたいので、私の感想などは読まない方がいいんじゃないかと思う。しかし書かないわけにはいかないので、少し内容にも触れさせていただく。
小説の主人公の名は尚成という。語り手によると彼は「巨大なマットを皆で運ぶ」時に「全く腕に力を入れない」タイプの「個体」らしい。「幼体」の時にはそんなことはなかったのだけれど、「成体」になってからそうなったらしい。でも、「それっぽく振る舞う能力」は身についているので、周囲にはバレていないんだとか......。
巨大マット?成体?幼体?いったいなんの話を話をしているのか?1ページ目から読者を混乱させてくるが、決してややこしいことが起きているわけではないことは、数ページ読めばわかる。尚成は、家電メーカーに勤める入社十年目の社員である。会社の健康診断で人生最高の体重を叩き出してしまった尚成が、自分と同じく独身寮に住んでいる同僚の大輔と一緒に、家電量販店で体組成計を買おうとするという日常的な場面から小説は始まっている。家電ひとつ購入するにしても、尚成は優柔不断で主体的に動こうとせず、つきあってくれている大輔の方が真剣だ。人当たりも良く、希望した会社に就職する能力もある尚成だが、職場では周囲とぼんやり話を合わせて、決して頑張らず、さまざまなことを受け流している。「巨大マットを一生懸命運んでいるふりをする」とはそういう意味だ。
どうして尚成がそういう生き方を選択するに至ったのか、どんな日常を送っているのかが、語り手によって軽快な文体で説明されていく。違和感のある表現を繰り出して読者を混乱させ、尚成のことを詳しい経歴から内面まで知り尽くしているらしいこの語り手は何者なのか。割とすぐにその正体はわかるので、気になる方はとりあえず店頭でこの本を手に取り、ご自身で確かめていただくのが良いだろう。
語り手の正体を知った後は、きっとその先も読まずには居られないはずだ。読みながら、自身の辿ってきた道や生き方を、そして自分が生きている社会を、語り手の視点で振り返らずにはいられなくなるだろう。読み終わった今、自分が抗ってきたこと、苦労してきたこと、誰もが大切にするべきだと信じてきたこと、人に押し付けてきたこと。いろいろな「当たり前」や「そうすべき」に疑問符がつきまくっている。日々、自分を突き動かしているものはいったいなんなのか。思いつきもしなかった視点で考えている。滅多にできるものではない読書体験を、たくさんの方にしていただきたい。まずはぜひ、店頭で手に取ってみてほしいと思う。
(高頭佐和子)