刺し子が人気だ。一針ひと針刺し進めるうちに模様が浮かびあがる楽しさと、すべて刺し終えた時の達成感、伝統柄の日本らしい美しさに多くの人が魅せられている。布の色や図案も多様化した現代、刺しゅう同様、さまざまな小物を仕立てて楽しむ人が増えた。
そんな針仕事好きが興奮する旅先の一つが、飛騨高山。町中の店にある刺し子糸や作品の多様性は、一般的な手芸店ではお目にかかれない幅広さ。周辺の散策ももちろん楽しい。江戸時代は幕府の直轄領として栄え、当時の町の姿を味わえる歴史的建造物がずらりと並ぶ。ニッポンの伝統に浸りに、岐阜県高山市を訪ねた。
案外知られていないが、高山市は日本で一番面積が広い市で、2180キロ平方メートルとほぼ東京都の大きさに匹敵する。3千メートル級の奥穂高岳を持つ山岳都市でもある。2016年に新しくなった現在の駅舎は、天井や壁が飛騨産のヒノキでできており、駅の改札を出るとすでに飛騨の木のぬくもりに包まれる。古い町並みが保存されている通りまで、駅から歩いて15分ほどだ。
この地域の刺し子専門店「飛騨さしこ」は、その一角の静かな通りにある。古民家を改装した店舗で、刺し子に興味がなくてもつい入ってみたくなる魅力的な店構えだ。刺し子好きは店に足を踏み入れる前にまず、手前にある刺し子糸の陳列棚に心をもっていかれる。他の手芸店の刺し子商品の棚では見ることのできない、多種類の刺し子専用糸が並ぶ。単色が40、グラデーションを楽しめる段染めが6色。使う予定がなくても買いたくなる、カラーセラピーばりのそろいだ。製糸会社と提携して作っている、針目がきれいに表現されるオリジナルの糸たちだ。
店内には、コースターやランチョンマット、テーブルセンターやバッグ、衣類やのれんなど、さまざまな刺し子の作品が販売されている。もちろんすべて手作り。刺し子に“工場ライン”という概念はない。「ここでデザインを企画して、地元の約20人の刺し子職人が一つ一つ丁寧に刺しています。年々職人の数は減ってきていますが」と飛騨さしこの従業員。最高齢の職人は80歳を越えているという。
飛騨刺し子の歴史は長い。山深く、織物も簡単には手に入らない地域で、自給自足していた着物に簡単な模様を縫い付けていたのが始まりだ。材木を川に流して運んだ川出し人夫の足袋は、刺し子のおかげで滑りにくく、部屋の中で使うこたつの下掛けは、やはり刺し子がしてあると滑らず、ふとんの焦げに耐えたのだそうだ。飾るというより実用が先立っていたのは、東北のこぎん刺しや庄内刺し子などと同じだ。江戸時代に始まったこの日本の伝統手芸は今や海外でも人気で、欧米でも刺し子を紹介する本や、刺し子好きが集まるSNSのグループなども多く、「飛騨さしこ」の店にも海外から数多くの観光客が立ち寄っている。日本らしい作品はもとより、「自分で作ることができるキットが人気ですね」と店員。話している間にも数人が店に掲げてある刺し子の英文の説明を読んだり、作品を手に取っていた。
text by coco.g
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