オペラというと、オペラ歌手が舞台に静々と登場したっぷりの声量で迫力ある歌を朗々と披露するイメージ。しかしこのたび上演される『ローエングリン』は、そんな既存のイメージにとらわれない異色作。本作を手がけた作曲家のサルヴァトーレ・シャリーノが、唯一の登場人物・エルザ役に指名したのは歌手ではなく俳優。しかもエルザのスコアには、いわゆる“歌”のような音階や旋律はほとんど書かれず、ため息や言葉にならない“音”も配置される。
観た方の解釈を引き出すような表現を目指したい。
「新しいことや慣れていないことって、どうしても恐怖心を抱くものですが、私はそういうお仕事こそ引き受けると決めています。だから今回のお話も絶対にやるべきだと思いました。それが今の自分を突き破る何かになると信じられたので」
迷いのないまっすぐな口調でそう答えたのは橋本愛さん。「プレッシャーに押しつぶされそうなときもありますが、それ以上に稽古が面白くて、挑戦してよかったと思うことばかりです」と笑顔を向ける。
「メロディらしい歌もほぼなく、発するのは言葉というより音とか声というもの。それが動物の鳴き声のように聞こえたり、吐息だったり、なかには人間の体で出せるのかなと思うような音だったり。今は、自分の体を楽器のように使って、いろんな音を出す稽古をしています。自分の肉体のこの器官を使うとこんな音が出るんだっていう発見の連続です」
今は、演出として参加する、声のアーティスト・山崎阿弥さんと共に声を作っている段階なのだとか。
「私だから出せる声、私の体で出せる音というのを一緒に探しています。最初は、部屋の窓の外の遠くの遠くで鳴っている音を聞く訓練から始めたのですが、ただ座って10分とか20分遠くの音に耳を澄ませているだけなのに、熱くなったり頭に血が上ったり、体がすごく反応するんです。私の認識では、エルザは自己と外界との境界線がほとんど失われて、自然だったり周りのすべてのもの…鳥や虫の声、風や植物の音と自分という存在が一体化して、幻のようになっているのかなと感じています。言葉は概念に輪郭を持たせるもので、どうしても感情や状態が矮小化される部分が出てきてしまう。でも、声や音を出していると、すごく自由でいられるんです。これをもうちょっと拡大していけたら、一体化できるのかなと思っています」
もうひとりの演出はダンサーの吉開菜央さん。橋本さんは以前から吉開さんにダンスを習っていたそう。
「体の表現に以前から興味を持っていました。演じていても、心は役と繋がっているのに体がついてきていないと感じることがあって。自分の体をもっと操れたらと思っていました。ダンス経験は皆無でしたが、自分の体でどこまで踊れるのかを突き詰めたコンテンポラリーダンスの表現を知ったとき、自分にも踊れるかもしれないと思って始めたんです」
橋本さんが目指すのは、エルザを演じることではなく、エルザとして、オーケストラの奏でる音や男声合唱、観客のざわめきなどの劇場空間すべてと体と声が溶け合うこと。
「今回の作品ではあまり写実的な表現をしたくないなと思っています。花も鳥もいろんなふうに見えていいし、エルザも、エルザだけれどエルザじゃないかもしれない。観た方それぞれの解釈を引き出すような表現が私は好きだし、観客としてもそのほうが面白いと思っているので」
俳優として、自分の関わった作品が社会にどんな影響を与えるのかをきちんと考えていきたい、とも。
「大人になって知識も以前よりは蓄えられてきたからこそ、自分の大事にしている信念に則した作品に携わっていきたいと思っています」
神奈川県民ホール開館50周年記念 オペラシリーズVol.2 サルヴァトーレ・シャリーノ作曲『ローエングリン』10月5日(土)・6日(日)神奈川県民ホール 大ホール原作/ジュール・ラフォルグ音楽・台本/サルヴァトーレ・シャリーノ修辞/大崎清夏演出・美術/吉開菜央、山崎阿弥指揮/杉山洋一出演/橋本愛演奏/特別編成アンサンブル全席指定SS席1万円S席8000円A席6500円ほかチケットかながわ TEL:0570・015・415(10時~18時)ワーグナーのオペラ『ローエングリン』をもとにフランスの詩人が書いた短編小説を、作曲家のサルヴァトーレ・シャリーノがオペラ化。エルザは、正気と狂気を彷徨う存在として描かれる。
はしもと・あい1996年1月12日生まれ、熊本県出身。近作に映画『劇場版 アナウンサーたちの戦争』、ドラマ『新宿野戦病院』。来年放送の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』への出演も決まっている。
チュールドレス¥57,000(Chika Kisadainfo@chikakisada.com)
※『anan』2024年10月2日号より。写真・小笠原真紀スタイリスト・清水奈緒美ヘア&メイク・石川ひろ子インタビュー、文・望月リサ
(by anan編集部)
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